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2005年8月

2005/08/31

劇場版 鋼の錬金術師 ネタバレ感想8

書いても、書いても、すすまない~。
際限なくなってきてますけど。
はい。続きです。

萌え抜き
●エッカルトの呪文
誰かドイツ語の分かる方いないでしょうか。
うーん、かろうじて、シュタイン(石)とかヴァイス(白)とか
聞き取れるんだけど。合ってる保障はないけどっ。
すごーく気になる。

●リオールのドリンクバーのおじさん
シナリオブックだと「結構なデザインで」だけど
実際には「結構なお手前で」でしたね。
このセンス好きです。

●錬成陣(広場)
広場にいきなり光が走って錬成陣を描くシーン。
おお、カッコイイと思いつつ。
「これが、イデの発動か」……と思ってしまったのは
やっぱり世代の問題でしょうか(笑)。

●ファルマン登場
軍人が到着した、ということで
ある程度時間が経過しているってことらしいので。
(シナリオブック参照)
アルの鎧から死体を引き出せるタイミングは
ここのみという事になるんだと思います。うん。
んでもそれやると、アルが中に死体があることを知ってしまうってことになるんだよなぁ。

●ロゼの子供
アルがロゼの子供に渡したあれは、なんだったんだろう???

●門
「アルあなたまで消えちゃう」とアルを引っ張り落としたロゼが好きです。
「あなたまで」という処がね。
まだあんな小さな我が子がいるのに、それすら放り出して、
もしかしたら死ぬかもしれないような真似。
ちょっとすごい。
やっぱり、エドを見殺しにしてしまった(と思っている?)
ことに罪悪感があるのかなぁ?
そのロゼの必死さにアルも手を離してしまったんだろうなぁ。
決して他人の犠牲に出来る子じゃないんだよ。本当に。

●錬成陣(手袋)
ロゼがアルを引っ張り落とした時、
アルの手袋の錬成陣が光っているの見えてますか?
ちゃんと再会への伏線は引いてあるんだよん♪
(でも最初は、本当にそのまま門をくぐろうとしたんだろうなぁ)
ちなみに。
手パン錬成してないじゃん、という突っ込みは無用。
同じく手袋で錬成をするロイだって手パンしてないです。
手パンは手で円を描くことでそれが錬成陣の代わりになるんでしょ?
なので本来は必要ないんです。
手パンはあくまでもエドの真似っこ。んー、可愛いっ。
(はっ、こっちは萌え抜き、萌え抜きっ)

●「ドイツはまだまだ戦う力があった。それなのに~」
あるサイトさんのBBSで延々と、ハイデくんは愛国主義か否かみたいな
事をおしゃべりしていまして(その切はありがとうございましたっ、天水さま)。
わたしは愛国主義じゃないと思っていたんですけれど。
このシーンだけは、認めざるを得ないかなー、と言えるシーン。
「現政府を倒して~取り戻そうとしている人」たちが、
「この間の戦いで~屈辱的なヴェルサイユ条約を受け入れてしまった。」
と思っているとと思っていいたのだけど。
「この間の戦いで~屈辱的なヴェルサイユ条約を受け入れてしまった。」まではハイデくんの感想で、だから「現政府を倒し~取り戻そうとしている人は多い」と言っているともとれる。
でもその直後に、冷めたように「僕はロケットを飛ばしたいだけだ」とか言うし。
愛国とか、憂国とか、敗戦への怒りとか。
ハイデくんにももしかしたら色々胸の内にはあったのかもしれない。
けど。
あの身体ではドイツの輝かしい未来を自分が見ることは出来ないと思っていたから、自分はそんなこと関係ないよ、って態度でいたのは彼のプライド。
代わりに、自分にしか出来ないこと。
ロケットに情熱の全てを傾けることで自分をセーブしていたのかなぁ。
そんな風にもとれる。

(以下まだまだ続ける予定)

萌え

●水筒の最後の一滴
やっぱこれでしょう。
口からちょっと舌が覗いているのがもうめちゃエロい。
ついこうあらぬ妄想が色々と……。
ちょっと陵辱系はいってません?(爆)
ホント劇場版はエロリック兄弟だよな~。
ちょっといやらしすぎ。悩殺ものっ。
しかもまた、その後の笑顔にくらくら~。

●アルが2体の鎧に魂を移すシーン
予告で初めてみた時
すぐにアルだと分かった事が自慢です(笑)。
いやもう、めちゃくちゃ攻め様で腹黒そうで。
いいよな~。
そのあとの、ロゼとアームストロングの前での礼儀正しいギャップがまた。
あの、ぱっと笑った顔とか、も大好きっ。

●「なんだかぼくの魂って……離れやすいんです」
微妙に苦笑まじりな表情が可愛い~。萌え~。

●エド、ハウスフォーハー別荘進入
きゃー、花のかんばせに傷がぁ。
と叫んだわけじゃないですけど。
こんなんまで色っぽい~。

●練成陣書き書き
書きあがった瞬間の笑顔が子供の頃みたいで可愛いの。
すぐ次の瞬間には嘲笑に代わってしまうのがせつないの。
んで、左手で顔を覆うのが色っぽいの。
あー、エドの描写に一喜一憂してますよ。

●銀の鎖
このハウスホーファーの別荘あたりでだいぶはっきり見えるように書いていますね。
右のポケットから見える銀の鎖。
昔、銀時計を持っていた時と同じように揺れてるのが。
プロトタイプくらいだったら、それのエピソードがあるかなぁと思ったんですけど。
何もなかったですね。残念。
でも想像しちゃうんだよなぁ。
お店のウィンドウに飾られていた銀時計につい目がいって買ってしまって。
(どこかで懐中時計は当時の紳士のステイタスというのを読んだ事があるから値段的には結構値の張るものだったはずっ)
国家錬金術師の銀時計と同じように表に細工しようとしたら上手くいかなくて、ハイデリヒが見かねて手伝って仕上げてくれたりとか。
そして、蓋の裏側には「Don't forget」の文字。
うー、萌えっ。

●処女を悪魔に捧げたり
ベタとはお思いでしょうがやっぱり言いたい。
処女は捧げなかったけど、処女の血を捧げたら門が開いたのね。ふーん。

(以下まだまだ続ける予定)

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2005/08/29

21回目

土曜日はSUMMER EXPOでナンパした(されたのか? ん?)したお姉さんと食事した後、新宿ピカ4の最終を立ち見しました。栄えある20回目が立ち見とはなぁ。
44席な上、整理券はお昼ですでに配布終了。画面は1.1M×1.8Mと豆サイズ。こんな小さい映画館初めてだよ。
劇場を出がてら聞こえた声に一言。
ハイデくんが結核だと断言していたお嬢さん。結核なら普通隔離されてますから(笑)。

日曜はグッコミの後八王子まで観に行ってました。これが21回。
やっと最近、泣かずに観れるようになったよなぁ、と思っていたのにやっぱり気を抜くと泣いてるし(笑)。
最後が毎回泣けるのはしょうがないにしても、他の部分での泣き処は毎回違ったりします。
ともかく、キャラクタひとりひとりが全然違う思惑で動いているから、ひとつのシーンに対して誰を視点にして見るかによってこっちの感情の起伏も変わってきます。感想もその度に色々ぶれる。
うん、だから何度観ても観飽きないのかもね。
そして、ノーアってその実、かなりしたたかなんじゃないの? という結論に辿り着きそうな今日この頃。
彼女は悲劇の少女な自分を見せることで、どう動いたら男が喜ぶか(いや、そういう意味じゃなくてね)熟知した上で動いてたように思う。
生きていくために必死になれる、ジプシーらしい強さがあると思うのよ、うん。

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2005/08/26

劇場版 鋼の錬金術師 ネタバレ感想7

映画館によっては今日が最終日ですよね。あっというまのお祭りだったなぁ~。
あと1週間見れる範囲で見に行きますけどね。
出来ることなら本当の最終日9/2は、会社休んで朝から晩まで入り浸りたいです。ホント。

さて。ここまで感想をずっと書いてきてましたけど。
なんでこう、よそ様みたいに、「あれいいよね」「これかっこいいよね」みたいなことが自分にゃ書けないのか、すんごく不思議だったんですが。
これって感想っつうより考察じゃんか。という事にいまさら気づきました(遅いよ)。
なので。ちょっと思い付くままに好きな場面を。
まずは萌え抜きで。

●プロローグ(エド登場)
「機械鎧、貴様が」
ペキっ(ドリルを折る音)
「鋼の錬金術師!!!」
この見得きりみたいなベタさがねっ。
思わず、この直後に
ズン、チャチャ ズン、チャチャ
デケデケデケデケ
きみのっ手で~♪ って流れそうな盛り上がり方でね。
テレビ版第1話を彷彿させてて、すごくらしくて好き。

●プロローグ(アクション)
エドがフレームアウトしたと思ったら、別方向からアルが走り抜けて。
このあたり上手いなぁと思った。
おかしいよなぁ。
錬金術世界だとどんなに高いところ飛び降りあたり、めちゃくちゃなアクションしてても違和感感じないもん。

●プロローグ(爆発)
公式にも出ましたね。
あのいたずら書きの顔はやっぱりロイかよ。
エド絵心ないよなぁ(笑)。

●プロローグ(予告編)
初期の予告編にこの部分を使った事に拍手。
パラレルワードどころか時間軸まで越えるのか?
とあせったものね。
しかもエドが「ここが俺達の世界だ!!」とか叫んでるし。
(本編と全然言い方違うじゃんか・笑)
いやー見事騙されました。

●壊れた車
あれのせいで、インフレ時になんちゅう贅沢なことを。
なんて書いてるサイトさんも見かけたけれど。
一応ふたりとも、ロケット工学学んでるんだし。
車の修理くらい出来るでしょ?
現に、エド複葉機も修理して飛ばしてたし。
とりあえず時間がないから
(しかもあんな壊れたもん誰も持っていかないだろ?)
ってことで、乗り捨てただけで、
あとから、ちゃんと修理したと思うよ。

●OP冒頭の練成陣
ちょうど時計を逆回しするみたいに見えて過去を遡るイメージなんだよね。
そこのバックに二人が人体練成をするカットが入ってて。
初めて見たときは、「お、カッコいい」だったんだけど。
映画のラストを知った上で見ると、因果はここから始まったんだな、と思ってしまい感慨深い。
さらに、いろんな「鋼」が練成陣の上に集まる事で、ぱっと「鋼の錬金術師」の文字が
練成される、っていうのも好き。

●OP
さりげに、スカーとラストを登場させて、映画しか知らない人にも、二人がテレビ版のキャラクターだったんだよ、とラストシーンへの伏線にしてるのが周到。
じゃあ、グリードは? ってのは置いといて(笑)。

●OP
ぼくはかーけて行く~♪
の部分のヒューズが殺されるシーンなんだけど、
ここの画面の切り替えが最高にかっこよくて好きです。

●「久しぶりだぜ」
手パン錬成すると見せかけるシーン。
初めて見に来た人がいると大抵無意識なんだろうけど、「え?」とか「あれ?」とか声があがります。
あはは、騙されてる、騙されてる。

●「とうとう僕達の工場が持てるんだ」
アルとハイデリヒの違いを一番感じたのが実はこの台詞。
アルはと言うか理恵ちゃんは、こういう嬉しいことを話す時、かならず語尾を跳ね上げる。
「♪」でも付きそうな感じにね。
「違う、アルはそんな言い方しないっ。あ、そうだ。彼はアルじゃなかったんだっけ」
一瞬、エドの気持ちをトレースしたかと思った。

●「ウィンリィ、ウィンリィ。アルがさ」
次に続く言葉はなんだったのか、を考えると切なくなります。
例えば、「元の身体に戻ったんだぜ」
何にせよ、まるでアルのことを自慢するような口調がたまらない。
本当にこの子は、アルのことが心配でたまらないんだよね。

●義手・義足装着シーン
「親父が作ったんでよくわからない」と言っていたけれど、実は信じてません。
だってあの時代にこんな義手ありえないでしょ? 知らない、と言った方が得策。
義手をしょっちゅう壊しても平気でいるのは、ストックを自分でも作れるからじゃない?
もし、本当にホーエンハイムしか作り方を知らないのに、ストックが切れたらどうする?
それならもっと大事に扱うはずだよねぇ。
さらにこの後、ノーアがエドの記憶から読み取った内容を告げるし。
これって、まるで、自分はエドが別世界から来たと分かっているからそんな風に警戒しないで、と言っているように聞こえない?

●「何が悪い!」
ここのカメラワークが好きなのっ。
親父の視線に沿った動きなんだよね。
ばっと、エドからノーアに移ってまたばっと戻る。
この勢いがたまらないです。

●「また、なにか見えたか?」
弱ってるくせに、こういう処でめちゃくちゃ強い。
平気だよって、怖くないよって、手を伸ばせるエドが好きです。

●「あなたの夢を、私が見るの」
この言葉が実に暗示的。
物理的にエドと額を合わせる事で読み取っていたという以外に、「あなたが帰りたいと望んだ夢を、私のものにする」そうもとれます。

●炊き出し
ノーアに渡す時、うっかり、左にスプーンを置いた状態で渡してるのがせつない。
機械鎧になってから、エドは左利きになってしまったから、ノーアの分もうっかり左にして渡してしまったんだよね。
アルは食べなかったし。
エドヒモ説が流れてるけど。それって嘘だと思う。
誰かと一緒にご飯を食べ慣れてるならこんな風にならない。
ハイデリヒと一緒にご飯を食べてるシーンなんて一度もなかったもの。
外食か炊き出し。
転がり込んだと言ってるけど、きっちりシェアしていたんだと思う。

●「『人間』って意味」
ここでどうしてもアルが浮かんでしまうのっ。
自分は本当に人間じゃなくて、エドに作られたものじゃないのか。
そう疑っていたアルを思い出すの。
「わたしは人間です」そう言い続けるロマと自分が人間じゃないのではと疑い続けたアルが重なるのっ。
そう思うと、エドの表情もどこか遠く見えて、エドもアルの事を思い出したんじゃないのかな、と思ってあの笑顔が痛い。

●「では、お願いできるかな。彼が起きるまで」
どうやって先回りしたのか、とかあの石をどうやって置いたのかとかはさておき。
ここのアップからロングに切り替わるカメラワークも好きっ。
ちょっとにやっとしてしまう。

●いやそうに拳銃を手にするエド
ちょうど「ガンガン」で拳銃を手にするのを躊躇するシーンが登場しただけに、スタッフさんも運が悪かったよなぁとちょっと同情。
でも、映画のエドだって、喜んで手にしていたわけじゃないんだから、ねぇ。
しかしこの拳銃、実はずっと隠し持っていたってこと?(笑)

(以下まだまだ続ける予定)

んで萌え部分

●プロローグ(エド登場)
いきなりガバっと起き上がって
「穴あいちゃったじゃないか」とかわゆく責めるアルの声に萌え。
「あー、悪い悪い」ってエド全然悪かったと思ってないし。
兄さん、もし血印に穴があいたらどうしてくれるの!

●プロローグ(アクション)
なんの打ち合わせもなくいきなり陽動作戦をはじめてしまえるのがね。
うん、二人ならではでしょ。

●プロローグ(いかだ)
兜を取り上げたエドに伸ばした両手っ。
今にもエドを抱きしめそうに動いた瞬間、画面は空へ。
くぅぅぅぅ、その先を見せろー、見せやがれー。

●乗り合いバス(乗る時)
さりげなくエスコートしてるハイデと、それをなんとも思わず普通に答えてるエド。
あんたら常日頃からそうなのかい?

●乗り合いバス
ノーアがエドの肩に触れたのがよほど気に入らなかったのか
「見えたよカーニバルだ」
とみんなの目線が前にいった瞬間、さりげなく、ハイデくんの手はエドの肩へ。
彼は本当に白ですか天使ですか?
騙されてない?(笑)

●「見ていってくれないんですかぁ?」
だから、ハイデくん。
あんたはもう、なんでそんな甘えた口調でいうかな?(笑)

●荷台にて
ノーアがロケットを覆っていた布に隠れた時、
エドがおやって感じで顔を傾けるあの顔に萌えっ。
色っぽい~。

●「仕方ないよ」
どう聞いても本っ当ーに、仕方なさそうに聞こえるんですが。
そんなにエドとの愛の巣(笑)を邪魔されるのがいやなのかしら? と疑ったわよ。

●「ウィンリィ、ウィンリィ。アルがさ」
エドウィンとみせかけて、実はアルエド!

●義手・義足の装着シーン
髪をおろしたしどけなさに萌え。
なんなの? その色気は!

●アルとノーア
二人の後ろ姿、同見ても、二人とも女の子にしか見えなくて。
百合カップルのようで萌え~(え?)

●「おはよ おまわりさん」
ヒューズに「さん」付け、「さん」付け、「さん」付け……。
か、可愛い~。
そりゃ、ヒューズも抱きしめたくなるよね。うん。

●「アルフォンスにも言ってないんだ」
ごめんなさい。やっぱり私はアルエドスキーです。
大切なアルのことはそうそう他人になんか語れないのよねっ。

●「お詫びする」
この表情もまたエドの色気がむんむんと。
「それじゃあ」とか言われて、
お詫びにと、ラングに食われたどうするのっ。

●ドアを開けて外に出た瞬間
ちょうどドアを押した状態で腕が上がっているせいか、まるで女の子が走っているかのような腕の位置に。
うっ、か、可愛いっ。

(以下まだまだ続ける予定)

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ティーチ・イン れぽ

よそ様の掲示板に書いたものをそのままあげてます。

まず大川さんがこの三人でならぶと一番やせて見える。とかました挨拶からはじまり。
この映画はすごく気に入っていて、初号試写で一番最初に監督に握手を求めた。とのこと。

會川さんは、大佐が気球に乗るシーンで音がかかりリザが振り返るシーンに繋がるのだけれど。
まるでリザは音楽が聞こえて振り返り大佐の下へ駆け寄ったように見えてしまった、というようなことを。

水島監督は何言ったっけ?(笑)

お題は「ハガレンと映画」

會川さんは、はじめての映画が新宿ピカデリーにかかってピカ1かピカ2かと思ったらピカ3だった。
隅の方ででんと座っていると周りの人が寄ってこないので見やすい。
3人とも映画がすごく好きで場を設けて一度話しをしようかと言っていたらこういう場所が設けられた。
最近の人は「「オズ」と言ったらマジレンジャーが浮かぶんじゃない?」と會川さんがうっかり特撮好きを暴露。
(普通、映画でオズと言ったら、小津安二郎の事ですが、確かに知らないでしょうね。私も名前しか知らない・笑)

劇場版製作中、ゴッドファーザーがマイブームで、ここから学ぶことが多かったとは水島監督。
ちなみにゴッドファーザーは、去年安価でDVDボックスが発売された。
「監督いまさらですか?」とスタッフに突っ込まれたらしい。
映画は普通、俯瞰など全景撮りを多様するものだけど、ゴッドファーザーはバストアップが多く表情で見せる。
それでもちゃんと映画らしくなっている。
ハガレン劇場版も表情で見せる事にこだわりバストアップを多様した。
全景などは作業に時間がかかるのでその意味でも効果的だった。

ゴッドファーザーの2作目は特に、過去と現在が交互にカットバックされているのだけれど、
そこに整合性も繋がりも意味もないのに、
なんとなく納得してしまえる強さが映画にはある。

吹き替えは英語以外だと難しいという大川さんの話から、
どこの国の作品か忘れたけれど「キプール」という映画で、
泥の中を這いずり回る兵士二人の吹き替えを
藤原さんと松本さんがやっていたのだけれど、
英語以外だと台詞なのか(悲鳴や呻きなどなのか)
区別が付かないのでやりづらかった、という話へ。

ロマの歌は、最初依頼をした時、
(多分ロマを扱うということで)すごく喜ばれたのだけれど
上手く意思の疎通が出来ず、
ウェットな曲ばかりがあがってきて
最終的に「ケラス」にたどり着くまで大変だった。

以下Q&A
大川さんへの脚本を読んだ最初の感想
とにかくすぐに演りたいと思った。
自分の出番は少ないけれど、映画の内容そのものに魅れた。

會川さんこの時代を選んだ理由。
時間的な制約があったため、資料を集めなくてもすぐにかける
自分自身興味のある得意分野ということで、あの時代になった。
また今の時代と色々リンクするものがあると思い、面白いのではないかと思った。

大川さんへ映画の一番好きなシーン
雪だるまのシーン。アフレコの時にまだ絵がなく
どんな風になるのか分からずにやっていたのだけれど、
絵がついたのを見て驚いた。

水島監督へ一番苦労したシーン
「見えたよカーニバルだ」の後。
見る側はなんで? と思うようなシーンだろうけれど。
乗り合いバスからカーニバルがグンとクレーンで引くように見せたくて
試行錯誤したあげく、やっぱり無理だから、と他の見せ方を考えて
色々やったあげく、
最終的に「なんだできたじゃん」という感じで一番最初の案に戻った。

ああ、そうそう。
大川さんが、丸の内にも行っていた人、と言ったら。
結構大勢手を挙げてましたよ。
ほらやっぱり、って風にお三方とも笑ってました(苦笑いって感じじゃなくて)。
なんか賭けでもしてたんでしょうかね、って感じ(笑)。

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2005/08/24

劇場版 鋼の錬金術師 ネタバレ感想6

ラースの行動

実はこれすごーく分けわかんなくて理解に困った。
アルに門を開かせる為に地下都市に来たのは分かるのだけど、何故いきなりグラトニー戦いだしてるわけ?
放っといてさっさと練成させればいいのに。
そもそも、ラースがアルの手助けをする理由が良く分からない。そこまで仲良かったか?

ちょっと記憶が定かではないのだけど、ホムンクルスは賢者の石なしに永遠の命はない。
と言うようなことを言っていた記憶はあるのだけど、日々生きていく為にも賢者の石を食べる必要があったんだっけ?
もしそうだとしたら、これで納得がいく。

ウィンリィと再会した時、機械鎧が壊れていた理由。
ラースはグラトニーと戦い、グラトニーの血から作られる賢者の石を手に入れない事には生きていけない。
グラトニーがラースのみを襲う理由もこれと同様。
グリードやラストが死に際に賢者の石を吐き出した処から想像すると、
ホムンクルスを殺せば賢者の石をグラトニーも手に入れる事が出来る。
他のホムンクルスが死に絶えた今となっては、二人のホムンクルスはずっとそうやって一種共食いのような状態で
生きながらえてきたのではないだろうか。
食欲のみの意識しかないグラトニーに、それなら死ぬ方がマシと思えるような精神はなくなっている。

ではラースは?

イズミが憎くて憎くて殺したくて、でも愛して欲しくて、でも憎くて。
その気持ちだけがラースをこの世に留めていたのだと思う。
そのイズミが死に、戦い続けボロボロになりながらそれでも、
生きていくことが、もう辛かったのではないだろうか。
「ママに会いたい」と言った。自分だけのママに。
だから賢者の石を食らい、ホムンクルスとしての力を最大限にして、
アルに門を練成させた。
例え会う事=死、であってもイズミに会いたかった。
イズミに会いたい自分と、エドに会いたいアルとの
等価交換として、自分の身体を使うことを望んだ。
そこまでは分かる。けれど。

「二人が互いの為に命を投げ出す姿はもう二度と見たくない」(うろ覚え)と言った。
その真意が分からない。
二人のために命を投げ出せるほどこの3年間でアルとラースは仲良くなっていない。
シナリオブックでは、アルは、もしエドにラースが何かしたら許さないと言うような事を言っている。

そんな風に思える相手がいることが羨ましかったのだろうか。
そして、そう思ってくれていたかもしれないイズミが死に、
もう自分を愛してくれる人はいない。
なのに、目の前でアルが大切な人の為に命を投げ出そうとしている。
そんな様子を見せつけられるのが辛かったのだろうか。
どうも納得しづらい。
シナリオブックにあった、イズミを通して兄弟のような気持ちがあった
というのもどうもうまく納得がいかない。

「そんな事をして、残されたものがどれだけ辛いか。
それをお前達は分かっていない」
この考えが一番腑に落ちた。
アルがエドを練成し、エドがアルを練成する。
その行為により、
イズミやウィンリィが
エドの不在をどれだけ嘆き悲しんだか。
アルの身体が10歳まで戻り記憶喪失になったことにどれだけ胸を痛めたか。
それをお前達は分かっていない。
自分に好意を持って接してくれた人たちが、
悲しむ様を自分はもう見たくない。
イズミが悲しまないように、イズミに喜んで貰う為に。
イズミが自分を暖かく迎えいれてくれる為に。
もしかしたら、そんなことを思ったのじゃないだろうか。

そして。
二人が無事でいることで、もうイズミは兄弟の心配などせず、
自分の事だけを見てくれるかもしれない。と、
まるで母親に甘える子供のような、
そんな気持ちもあったのかもしれない。

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劇場版 鋼の錬金術師 ネタバレ感想5

ウィンリィとエド

彼女は本当に不幸だったのか。
あるインタビュー記事で釘宮さんが、共演した女性声優さんが「わたしめっちゃ不幸だよ」と言っていた。と語っていた。
それが誰なのかは特に書かれていなかったのだけど。
多分豊川さんだろうな、というのはその口調で検討がついた。
役者さん本人は不幸だと思っているらしいです。

あまり腐女子的な意味に取られ過ぎても困るのだけれど
「もしかしたらエドはもう死んでしまったのかもしれない」
そう思ってしまった時点で、ウィンリィはアルに負けたのだろうな、と思った。

アルは信じていると、シグさんに言われた時、彼女は微笑ましく受け止めるでもなく、
アルの意見に同意するでもなく、ただ悲しそうに目を伏せた。
アルに哀れを感じたのか、信じられる強さが羨ましく思ったのか。
そのどちらともとれるものだったけれど、ウィンリィがアルと同じ気持ちではなかった事だけは
確かだと思う。

アルは、夢を見ることでエドが生きている事を確信していた、という強みはあったかもしれない。
けれど、例えそうであったとしても。

ウィンリィはもうアルのように
ただただ、まっすぐにエドを信じ待ち続けられない程度に、ウィンリィは大人になっていたし、
努力は全て報われる。信じてさえいれば望みは叶うと、信じられような年ではもうなくなっていた。
もう、アルのように、あんなに幸せそうにエドの名を寝言でも言えないだろう。

期待が報われなかった時、絶望し悲嘆にくれ立ち上がれなくなったりしないように、
自分に対して嘘をついたかもしれない。
もう、エドは生きていないのかもしれない。自分はそう思っていると。
そう思っていれば必要以上に傷つかなくてすむから。

テレビの最終話でエドの為に機械鎧をラースにあげてしまった事も、
エドが帰って来ると信じきれていなかったからともとれる。
自分は本当にただただエドの為だけに作っているという状態を
作るのが怖かったから。
修行を積んでエドの為に最高級の機械鎧を作る。
その気持ちは変わらない。けれどそれはきかっけであって、
そう思う事で、多くの人に最高の機械鎧を作ってあげられるから。
そう置き換えていたのではないか。
修行の最中とはいえ、機械鎧1つに2年もかかったというのは、
そういうことではないのだろうか?

たとえもし、エドの切り離した翼にウィンリィがいたとしても、
彼女は、アルのようにそこを飛び越えることなど出来なかっただろう。
ウィンリィはきっと現実世界が捨てられない。
危ない旅などやめてこのまま機械鎧のままでもいいじゃないと
全て自分が背負うと、言ったウィンリィは、きっともういない。

エドのいなかった3年間。
それの不在の寂しさを紛らわせるためのものなのか、
エドがいつ戻ってきてもいいようにだったのかは分からないが、
彼女はあまりにも世界にかかわりまっとうに生き過ぎたのだろう。
修行をすることで、いろんな人と関わった事で、多分この世界に大切なものを作り過ぎた。
エドに「待っていてくれ」と言われれば、どんなに待つことだって出来たかもしれない。
けれど「一緒に来てくれ」と言われたならきっとウィンリィは動けない。

エドの今の身長にぴたりとあった機械鎧を作成し、
墜落したロケットに乗っていたのがエドだと誰より先に気づいた。
門へ向かう機体を見てあれはエドだと分かってしまった。
それはまるで、どんな格好をしていても我が子の事なら分かる母親のように思えた。
彼女は抱きついても照れさえ見せなかった。

エドの生存を闇雲に信じてエドを追い求める事も出来ず、
代わりに、エドのいなかった時間をしっかり人と向き合い
生きてきた彼女の恋は、もうその時点で昇華されてしまったのだと思った。

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2005/08/20

劇場版 鋼の錬金術師 ネタバレ感想4

ロイとエド

冒頭のハボックとブレダがロイを訪ねるシーンに関してはあまりいい出来だったとは思えなかった。
笑いを取りたかったのであれば滑っていると思うし、ロイらしからぬ所作だったとしか思えない。
いくら伍長とは言え、二人への第一声があれでは厭味くさいではないか。
その直後に、にやりと笑うくらいの豪快さが欲しかった。

原作に比べ、テレビ版のロイが内面の弱さを強調されているとは思っているが。
それでも、テレビ版のあのロイであれば、部下の前だからこそ、自分は今も変わらず元気でやっていると、カラ元気の一つも見せ、こちらの女性は色白で美人が多いなどと、嘯いてみせたのではないだろうか。

彼が陽気であれば陽気であるほど逆に、ならばどうして中央に戻ろうとせず、錬金術を使わないのかと、その気持ちは引き立ったように思うのだが。

ハボックの煙草に火をつけようとするなど、わざと落ちぶれた様を部下に見せ付けているようで、逆に何か裏で虎視眈々と動こうとしているからこそ、あんな馬鹿な真似をしているのではないかと疑ったくらいだ。

もっと単純に暖炉に火を入れる時にさりげなくマッチを使うなどもう少しスマートな作りにはいくらでも出来たと思うのだが。
「(錬金術を)使おうとすると、私が愚かだったために命を落とした多くのものが見えてくる。こちらの目に」
この台詞がよかっただけに、もう少し彼らしいエピソードにして欲しかったと思うのはファンの欲目か。

そう。ここで重要なのはこの台詞だ。
「錬金術を使おうとすると」
雑誌の先行情報でロイは錬金術を使えなくなったとあったが、この台詞によりそれは否定された。
「使えない」のではなく、「使わない」のだ。
この台詞に安堵した。
錬金術は科学だ。知識の習得により会得が可能な技術のはずだ。
勿論素質は必要だが、ノーアの力のように非科学的なものではない。
どちらかと言えば、スポーツや芸術に近いだろう。
一流のスポーツ選手が怪我を負っても二流の選手より強いように、一度体得したものが使えなくなるようなことはないはずだ。

ロイは言う「私なりのやり方で国に尽くしているつもりだ」と。
「国に」と言った。「軍に」ではない。
彼のいう「国」とは、国益や新政府ではなく多分「国民」の意味だ。

錬金術の封印は、大方、国民の1人であるエドに対しての罪悪感からのものだろう。
エドの錬金術に目を奪われ、出世への駒として使える、ただそれだけの理由で。
家を捨てさせ、戦争に引きずりこみ、そのくせ、同士のように扱い、
エドがまだ年端のいかない、自分の半分ほどの年齢の子供であることをすっかり忘れてしまった。
まだ保護者が必要な子供であり、戦死すれば嘆く家族がいることも。
それなのに、エドの錬金術師としての強さや、人間としての強さばかりに目がくらみあげくの果てに殺してしまった(とロイは思ったのだろう)。
錬金術という魔物に踊らされた自分への戒めとして彼は錬金術を捨てたのだろう。

そして。
画面の暗さでしっかりとは把握出来ないのだが、どうも彼のホルスターに銃が見当たらないような気がするのだ。
さらに、歩哨兵とは、本来、前線を侵犯する敵を迎撃する為に置かれるもの。
ならば遠隔の敵に対するためライフル銃のように砲身の長いものを身につけるものではないのだろうか。
なのに持っているものは杖だ。
北の前線であるにもかかわらず?
かつて軍の命により、善人だったが故に射殺したロックベル夫妻への贖罪として銃を手放したのだろうか、そう思った。

自分が愚かだった為に命を失ったものたちの為への贖罪として、錬金術を封印し、銃を手にしない。

では何故、軍には留まる意味がある?
錬金術を使いません、銃は持ちたくありません。
なのに降格しようが軍から離れません。
そんな人間、軍にとっては無能以下だ。せいぜい盾にしかならない。

そう考えると、降格してでも軍にしがみついていたのは何らかの理由があり、あの無様な姿も実は仮の姿だったのではないか? という考えが浮上する。

と、まあ。
ここでそれらしい何か伏線でもエピソードでも見つかれば良かったのだが。
生憎とそんなもの見当たらない。

つまり。
ロイの中でも揺れていたのではないだろうか?

エドと再会した時、彼は「生きていると思ったよ」と言った。
生きていると思って「いた」わけではないらしい。
エドがいなくなってもう3年になる。
いくらなんでも長すぎるもう、生きていないだろう、そう思っても仕方が無い。
けれど。
そう思う反面で「もしかしたら」という気持ちも捨てきれずにいたのではないだろうか。
自分が救われるためにも。
シナリオブックでは、アルはまだエドが生きている事を信じているとウィンリィから聞かされ「それは辛い」と答えた。
信じ続けることは辛い。だから。
信じることに疲れたらやはり死んだのかもしれないとあきらめ。
それでももしかしたらと思える日もあり。
そんな風に、どっちつかず、と言えば聞こえは悪いが、そんな状態だったのではないだろうか?

それが。異変が起きアルが動いた事を知り、エドが関わっている、エドは生きているに違いない、そう信じられた。
だから即座にエドの為に動いた。
こんな騒動を起こすのは鋼のに決まっている。
そう思ったからこそ出てきた台詞なのだと思った。

殺してしまった人たちの為に銃は手にしない。
けれど。まだ生死の定まっていないエドに対しては。
エドがここに戻ってこない限り錬金術は使わない。
けれど。もしエドが生きて帰ってこれたなら、今度こそ彼の為に自分が出来る全てのことを。
それが彼なりの贖罪だったのではないだろうか。

ならば軍を捨てることは得策ではない。
必要であればその権力を行使する。
その権利だけは手放さない。

考えてみればいい。
あんな田舎にいて、何故すぐさまリオールや中央の情報が入ってきた?
あんな北方に飛ばされた人間がいきなり仕事を放り出して何故中央に飛んで来れたのか?
下手すれば敵前逃亡罪で死刑だ。
それなのに何故来れた?
決まってる。国家錬金術師は少佐相当の待遇が保障されている。
たとえ階級が伍長であろうとも。

エドが死んだのなら錬金術に封印を。
エドが生きているのならエドの為に出来るすべてを。
「私はその為に来た」ロイは確かにそう言った。

かつて自分の野望のために苦しめてしまった子供へ、今度は彼の望むものを与えるために。

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2005/08/05

劇場版 鋼の錬金術師 ネタバレ感想3

ここらで一度、小休止。

暑苦しい文章を読まれた方ご苦労様。

一端、ここで突っ込み処を(笑)。

● 機械鎧の時ですら左手で文字を書いていたのに、なぜ右手で錬成陣が書けるの? 兄さん。
● エドはいつからルーン文字(錬成陣にあった)まで解読できるようになったんだろう。
● 鎧アルでのエドとの再会時、中の死体はいったいどこで消えたんだろう。
● アルは手袋にひとつの練成陣しか持ってないのに、なんであんな色んな事に使えるんだろう。
● 兄さんあの短いチョークであれを全部書くのは無理です。
● 発火布って指パッチンする事で火が出るだけであって、大佐の練成そのものは手袋の練成陣で空気を調整することじゃなかったけ? なんで気球にいきなり火を吹き込んでんのよ。
● グラトニーの流した血があんな簡単に賢者の石になるなら、あちらの世界の門を壊すのにだって使えたんじゃないの?
● ハウスホーファーに門の固定をお願いしてたのに撃っちゃって、どうやって門を開きっぱなしにしてたんだろう?
● 兄弟練成がどうにも空飛ぶ絨毯にしか見えません。
● フラメンコに素人の手拍子(パルマ)は禁止です。
● パルマの絵がトロいっ。あれの半拍で打ってるってばっ。
● 踊る時に下を向いたまま回ると目が回ると思うんだけど。
● どう見てもフラメンコギターに見えないんだよなぁ。
● ロマの打楽器の基本ってカホーンじゃないの?(ジターノって映画知ってる?)
● ホーエンハイムの遺産で、定職を持たない成人と(ドイツは18歳が成人)未成年の二人、何年食っていけるんだろう。

とまあ。色々あることはあるんですが。

一番突っ込みたいのは演出どころ。
エッカルトの鋼世界を壊そうとする理由を「別世界から来るものが怖いから」って敵に向かって正面きって言うってのはどんなもんざんしょ。
あれは言葉にしないで、視聴者に気づかせる演出をすべき処なのでは?

エドや、ホーエンハイム、エンヴィーにある一定の距離以上絶対近づかないで、必ず誰かにやらせるとか。嫌悪感丸出しの様子を見せるとか。
アル鎧が動き出したシーンで一瞬我を忘れて、叫ぶなり、放心するなり、後ずさるなり、震えるなり、何かさせておくとか。
エドの書いた練成陣で鋼世界が見えた時に本来、嬉しそうだったり欲深そうだったりそんな顔を見せるべきところで、何故か憎々しげな顔をさせるとか。
せめてエドに「もしかして俺たちが怖いのか?」って言わせるとかさぁ。

驚きの新事実って形にしたかったにしても、伏線くらいは張っておこうよ。
ハウスホーファーを撃つまで、一切何の前振りも無かったってのは痛い。
(あ、一応あとの項で、これの反論はしておきますが)
あまりに唐突だったし、結局伏線がなかった分えらく説明台詞になっちゃって。
ちょっとあれはいただけない。
子供が見て理解出来るようにって、それすでに無理だから。
テレビ版を最後まで見てなかった人もついてこれてないと思うし。
あれだけ、あちらこちらを思わせぶりに書いてるんだから、それは徹底して良かったじゃないかなぁ。
同じように、エドの台詞もそう。
「俺たちひとりひとりが世界に関わらないことなんてありない」。
それ、すでにテレビ版でも言ってた台詞だし。
第49話「さようなら」の中の「軍属になってみたけど、戦争なんて誰かが~」
ってやつね。
あの回想を挟み込むことで、「あの時分かっていたはずなのにっ」とエドが思っている事を視聴者に伝えて。
今のエドにはあまり語らせないとか。
もう少しなんとかして欲しかった。
第51話のアルの長台詞「努力すれば望みがかなう」もそう。

言ってることは正しいんだろうけど。
どうしたって言葉にすると、教訓ぽいし、正直胡散臭い。
なら言葉にしないで、物語そのものに語らせないと。
それにこういうのって、視聴者が自分で気がついてこそ意味のある言葉だと思うんだけどなぁ。

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劇場版 鋼の錬金術師 ネタバレ感想2

エドとハイデリヒ

釘宮さん以外の人が声を当てると知った時点でハイデリヒへの期待は消失していた。
ところがこれに、思いもよらぬ効果があった。
エドの気持ちが如実に伝わってきたのだ。
どんなに鎧だったアルをなぞらえた台詞であっても、釘宮さんだったらこう表現するだろうという処から見事に外れた表現をしてくる。ともかく違和感があるのだ。
アルだったらこんな言い方をしない。アルならこういう台詞は絶対こう言う。
その歯がゆさは、まさにエドの心情のように思えた。

エドもきっとそんな風に思ったのではないだろうか。
そしてきっとその度に思い知る事になったのだろう。
彼は自分の弟アルではないのだと、イヤでも現実を目の前に突きつけられてくる。
それに耐えられず、エドはハイデリヒをファーストネームで呼んでいたのではないだろうか。
ハイデリヒをアルに重ねて見る。
これは現実じゃない。ハイデリヒは自分の弟アルが育った姿なのだと。
声を聞けば分かる。目を開ければ、髪の色だって、目の色だって違う。
面影以外似ている処なんて何もありはし無い。
それなのにその全てをエドは否定した。
ハイデリヒはアルではないという事実から、耳を塞ぎ、目を閉じた。

だからこそ、エドは、ハイデリヒに自分の世界の話などしていたのだと思えた。
普通に考えれば、別世界だなんてそんな突拍子もない話を、信じて貰えるわけがない。
ちょっといっちゃってるあやしい奴だと思われたら、ハイデリヒはエドから離れてしまうだろう。
そんな奴じゃないと見込んで話をしていたのか?
自分の世界は確かにあると、口にせずにはいられなかったのか?
言えば否定されるのに?
ハイデリヒはエドの作り話と笑い飛ばしていた。
エドも向きになって反論していた。
そんなことを2年間も不毛に繰り返していたのか?
どうも理解し難いこのエドの行動も、こんな風に想像すれば納得できないだろうか。

ハイデリヒは本当は自分と同じようにこの世界に来てしまったアルで、
元の身体に戻ったけれど記憶を失って自分達の旅のことを忘れてしまったのだと、
エドは思いこみたかったのではないか。
だからことあるごとに向こうの話をハイデリヒに吹き込んでいたのではないだろうか?

ホーエンハイムという、鋼世界が確かにあったと信じられる存在がそばにいたころは良かった。
ロケットさえ作れればなんとかなると思っていれば。
けれど、どんな事をしてもそれが不可能だと分かってしまった時。
そんな事が絶対ありえないと分かっていても、
アルが元の身体に戻れた事を信じたくて、
ハイデリヒ=アルと信じることで精神の均衡を保っていたのかもしれない。

「どこまで行ってもオレはここから逃げられない」
ロケットで宇宙の果てまで行っても、
事実から目を逸らして生きていようとも、
常に目の前に現実はある。受け入れがたい現実が。
自分の気持ちを誤魔化すことなんて出来ない。
こんなのは嘘だと、自分を騙しているだけだと分かっていても。

ここはアルが人の身体を取り戻して今自分のそばにいるのだと。
夢にまでみた世界なのだと。信じることで逃げたかった。

その結果。
エドはハイデリヒという人格をまったく見なくなっていた。

そこへ起きた事件により、今度はこの世界との乖離がエドの中で芽生えた。

アルは確かにアメストリスにいた。人の身体に戻って。
アルがいる。アルが自分を元の世界に戻してくれる。
もうロケットも関係ない。この世界は必要ない。
もう無理にハイデリヒにアルを重ねて見る必要もない。
それは逆に言えば、ハイデリヒをハイデリヒとして初めて見れた瞬間だったのではないだろうか。

これに対し。
自分ごしにアルを見ているからこそ、自分には心を開いてくれていたエド。
それが、アルとの再会により、自分は別世界の住人の烙印を押され、はじめてハイデリヒとして見てくれた。
ハイデリヒにしてみればひどい話だ。
いつも投げやりなエドが自分のロケット開発を必死に止めるのも、自分の為やこの世界の為などではないことなどすぐに分かってしまっただろう。
エドがこの世界の為に動くわけがない。
全ては、アルと、鋼世界の為にしかこの人は動きはしないのだと。
「ここはぼくの世界です。ぼくが生きていたという証を、残したいんですよ。あなたにはなにも言う資格はない」
あなたにとっては何の意味も持たないこの世界で、何かを残したいと思っている自分はさぞ滑稽に見えるでしょうけどね。そんな風に聞こえた。
ハイデリヒの苛立ちは分かる。
ひどい人だと、突き放した。そう思った。

なのに、何故ハイデリヒはそんなエドをロケットに乗せようと思ったのだろう。

「ぼくが行って欲しいんだ」
その表情はひどく穏やかで満足気だった。
エドを振り払ったあの苛立ちが嘘のように見えた。
自分はやりたいことをやる。あなたに指図される言われは無い。
そうまで言い放った相手に何故こんな事が出来るのだろう。
そんなに向こうの世界が大切なら送り返してやる、そんな売り言葉や買い言葉には見えない。
そこまで故郷を愛するエドへの哀れみにも思えなかった。
「『ぼくが』行って欲しいんだ」
その言葉に全ての答えがあるような気がした。
アルに会えた事で自分を不要のものにしてしまったエド。
アルが生きていた、アルに会えた、アルがいれば自分は元の世界に戻れるかもしれない。
そう嬉々として語ったエド。
エドにとって、こちらの世界のロケット工学など何の役にも立たなかった。
ハイデリヒはアルの代わりになど成れなかった。
結局現実世界はエドに何も与えない、無意味なもの、不必要なもの。
エドにそんな風に思われたくなかった。自分の存在を否定されたくなかった。
だから、現実世界で生きているアルフォンス・ハイデリヒが、エドを向こうの世界に帰したかったのだと。
エドに、不必要な存在だと、無意味なものだと思われたくなかった。
現実世界に住む自分がエドに何か与えられることを証明したかった。
エドを元の世界に戻すのは、エドの弟のアルじゃない。この現実世界にいるアルフォンスなのだと。

気づいただろうか。二人が互いの目を見て会話しているのはこのシーンだけなのだ。
エドがロケット開発に一番熱心だった2年前はありふれたものだっただろうはずなのに。
ロケットを飛ばしさえすれば願いは叶うと信じていた、あの頃。
二人の気持ちにきっとへだたりなどなかっただろう。

弟に会いたいんだろ? 元の世界に戻りたいんだろ?
この世界を拒絶してまで欲しいものなら、どうして手を伸ばさないのさ。
そういって叱咤したなら、その様子はきっとアルにそっくりだったかもしれない。
方法が目の前にあるのに敢て無視するなんて馬鹿だ。
まるでアルのようにそんな風に言ったかもしれない。

ハイデリヒはアルじゃない。
けれど、確かにもう1人のアルなのだ。
それをどうしてエドは認めてあげられなかったのだろう。
all or nothing。アル本人か、そうでない存在か。
そこまで頑なに切り分ける必要などなかったはずなのだ。
「ぼくはぼくだ。確かにここにいる。忘れないで」
アルなら例え鎧に魂を定着した身体であっても「ここにいる」と、その存在を肯定してあげられたのに。
何故アルフォンスの存在を同じように肯定してあげられなかったのだろう。
アルと同じ魂を持った存在なのに。

ハイデリヒにエドは言う。「オレが邪魔なのか?」
あれだけ人を拒絶しておいて言うのか? あなたは本当にひどい人だ。そう思っただろうか?
それとも。
少なからず自分を気にかけ、そばにいたいと意思表示してくれた事に、少しでも嬉しく思っただろうか。

ハイデリヒと向き合えたことで、エドは世界と向き合うことが出来るようになった。
ハイデリヒが残したものは、何もエドを鋼世界に戻してあげたことだけじゃなかったのだと。
そう思いたい。

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劇場版 鋼の錬金術師 ネタバレ感想1

エドとアル

もともと自分が期待して観に行ったのか、期待していなかったのか。
すでに自分の中であやしい。

萩尾望都の『11人いる!』の続編『東の地平西の永遠』が嫌いだった。
『11人~』のメインキャラ(つたって11人全員だよな・笑)の1人が『東の地平~』で劇的に死ぬから。そんな続編なら読むんじゃなかった、そう思った。
北条司の『シティハンター』の続編『エンジェル・ハート』は香の死から話が始まり、冗談じゃない、と思った。
栗本薫の『猫目石』もそう。続編『怒りを込めて振り返れ』の薫は別物としか思えなかった。
続編で、前の作品で生きていた人が死んだり、その人の信念が変わったりすると、作品に裏切られた、という思いがどうしても前に出るのだと思う。

だから自分の中では、アルとエドは最後に別れる話であっても、エドが鋼世界に戻りめでたしめでたしなご都合主義であったとしても、誰かが死んでも、何があってもニュートラルに判断出来るようその辺りには期待をかけずに観に行った。
とりあえずアルとエドが再会出来る事だけは前情報で分かっていたのでその部分が堪能できる作りになっていればいいや、と。

そして、いい意味で裏切られてきた。

一度目はアルの魂だけが現実世界に行き鎧アルとエドの再会、二度目の再会はエドが鋼世界へ戻って来る事で果たし。
そしてやはりエドは現実世界に戻らざるを得ない事態になり……。

やっぱりそうなるのか? たまらなくなって涙が出た。
アルの「ウィンリィをどうするんだよ」という台詞。あれはアルにとって切り札だったのだと思う。
大切な幼馴染(え、強調すな?・笑)の泣き顔を見たくないというのは、二人の共通認識だったはずだから。
それすらも「これ(機械鎧を見せて)、ありがとうなって」そう言ってしまうエド。
バックにブラーチャが流れ、ウィンリィの「もう待たせてくれないんだね」の台詞に視聴者はシンクロするしかなかった。
テレビ版の最終回でいつかきっと二人はまた会える、そう信じたからこそあれをハッピーエンドだと認めていた。なのに。

こんな結末を見るために自分は映画を見に来たのか?

でも何もかも放り投げて鋼世界に留まるのならそれはもうエドじゃない。
それが分かるから悔しくて悲しくてしょうがないけれどエドの選択を認めるしかなくて。

現実世界に戻ってきたエドに「どうして帰ってきたの?」と告げるノーアの台詞は、単なる疑問への吐露であったのだろうけれど、エドへの非難もあったのだと思っている。
戻って来るくらいなら自分と変わってくれれば良かったのに、という意味と、
アルフォンスが死してまでエドを鋼世界に帰そうとしていた気持ちを何故無駄にしたのだ、という意味と。
それが分かるから「どうしてかな」としか答えられなかったエド。
色んな人を犠牲にしてまで鋼世界に一度は戻ったのに、それを無碍にしてしまった事への非難は受けとめる覚悟。
それを持った時点でもうエドは、この世界の人と関わろうとしている、その第一歩だったのだと思った。

そして「門を壊すんだろ、兄さん」と鎧から聞こえてきた台詞。
「短時間なら魂の一部を切り離し物に定着する事が出来るようになってしまった」という今回の劇場版アルの突飛な設定を知った時。そんなの錬金術ですらない、と物笑いの種でしか無かったのに、今それが嬉しかった。
最後の最後に、宝物ような言葉をアルから貰えて、エドはどんなに嬉しかっただろう。

その言葉だけであんたはこの世界で生きていけるよね、そうエドの背中を押したくなった。ところが。
転がる鎧の頭から出てきたアルに歓喜した。
「一緒にいたかったんだ。兄さんと。兄さんと同じものを見て、同じように成長したい」

どうしようもない馬鹿な子だと思って泣いた。涙が止まらなかった。

兄弟なんて血は一生繋がっていても、ずっとそばにいることなんてありえない。
違う道を選ぶようになったり、互いに家族を持ったりと、離れていく事は絶対ある。
そんな未来すら想像せずにこの子は来たのか?
いや、そうは思えなかった。
アルは「成長したい」としか言わなかったのだ。
鎧だったころのように「ずっと一緒だよ」とは。言わなかった。

「なんとかなるよ二人なら」それは一番最後に、門を壊す事に対して言ったアルの台詞だけれど。
二人ならなんだって出来る。たとえ未来になにがあっても、別れたとしても、たとえどちらかが先に死んだとしても。
一緒に過ごし、成長した記憶さえあれば、どんな世界でだって生きていける。
生きる為の糧に出来る。
そういう意味だったのだと思えた。
兄が自分の隣りで少しずつ成長していく中、自分は背を伸ばすことさえ叶わなかった4年間。
そして兄が隣りにいないまま成長した3年間。
その7年間を取り戻させて欲しいと。

鳥が飛び立つようになるまでのわずかな時間、巣の中で兄弟がぴったり寄り添い合うように、側にいさせて欲しいと。

ふと、テレビ版の鋼のキャッチコピーを思いだした。
「取り戻せ、すべてを」
そうだ、今こそその願いは叶うのだ。
今、その夢をはじめてかなえることが出来るのだと。
そういえばアルは言っていたじゃないか。
「信じてた。兄さんはどこかに生きてるって。きっと取り戻すって」
取り戻せなかったものはふたつ。時の流れとエドの存在。
ふたつとも取り戻したいのなら。
自分がエドの世界に飛び込めばいい。
そして、二人の7年間を取り戻せばいい。

大切なのはどういう世界に自分がいるかじゃない。
今自分のいる世界でどう世界と、人と、関わっていくかだ。

台詞の端々で全面に出していたこの話の中で(正直、それは暗に言えよ、と思うくらいかなりしつこく出していたのに)、その事に触れなかったこのシーンこそが、
本当にそれを伝えたかったシーンだったのだろう。

鋼世界にいた頃、鎧だったアルは世界から否定された存在だった。
鎧に魂を定着したあらざるもの。人として認められない存在。
それでもエドがそばにいてくれたから、アルは人であり続ける事ができた。
人として、世界と関わり続けられた。
ならばそれは現実世界であっても変わらない。
たとえ、別世界の人間を化け物呼ばわりするエッカルトのような人がいたとしても。
自分を否定する世界であったとしても、アルはこの世界を否定しない。
エドさえいればどこでだって生きていける。
人として、世界とか関わり続けられる。
例え二人離れたととしても、二人はどこでだって生きていける。

ここまで書いて「Link」の歌詞を再読し、上に書いた内容が深読みではないのだろうなと思えてきた。
この詞の後半はハイデリヒ→エドかと思っていたのただけれど、
これもまたアル→エドなのだろう。
アルが現実世界へと、4年間の記憶と等価になるほどの全てを
振り切ってエドの隣りに立った事を歌った歌なのだなと思えた。
「たとえ」この先「離ればなれになっても」、
エドに「出会えた事だけでもう何も怖くはない」のだろう、と。

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