« 龍川和トスペシャルセット | トップページ | 劇場版 鋼の錬金術師 ネタバレ感想2 »

劇場版 鋼の錬金術師 ネタバレ感想1

エドとアル

もともと自分が期待して観に行ったのか、期待していなかったのか。
すでに自分の中であやしい。

萩尾望都の『11人いる!』の続編『東の地平西の永遠』が嫌いだった。
『11人~』のメインキャラ(つたって11人全員だよな・笑)の1人が『東の地平~』で劇的に死ぬから。そんな続編なら読むんじゃなかった、そう思った。
北条司の『シティハンター』の続編『エンジェル・ハート』は香の死から話が始まり、冗談じゃない、と思った。
栗本薫の『猫目石』もそう。続編『怒りを込めて振り返れ』の薫は別物としか思えなかった。
続編で、前の作品で生きていた人が死んだり、その人の信念が変わったりすると、作品に裏切られた、という思いがどうしても前に出るのだと思う。

だから自分の中では、アルとエドは最後に別れる話であっても、エドが鋼世界に戻りめでたしめでたしなご都合主義であったとしても、誰かが死んでも、何があってもニュートラルに判断出来るようその辺りには期待をかけずに観に行った。
とりあえずアルとエドが再会出来る事だけは前情報で分かっていたのでその部分が堪能できる作りになっていればいいや、と。

そして、いい意味で裏切られてきた。

一度目はアルの魂だけが現実世界に行き鎧アルとエドの再会、二度目の再会はエドが鋼世界へ戻って来る事で果たし。
そしてやはりエドは現実世界に戻らざるを得ない事態になり……。

やっぱりそうなるのか? たまらなくなって涙が出た。
アルの「ウィンリィをどうするんだよ」という台詞。あれはアルにとって切り札だったのだと思う。
大切な幼馴染(え、強調すな?・笑)の泣き顔を見たくないというのは、二人の共通認識だったはずだから。
それすらも「これ(機械鎧を見せて)、ありがとうなって」そう言ってしまうエド。
バックにブラーチャが流れ、ウィンリィの「もう待たせてくれないんだね」の台詞に視聴者はシンクロするしかなかった。
テレビ版の最終回でいつかきっと二人はまた会える、そう信じたからこそあれをハッピーエンドだと認めていた。なのに。

こんな結末を見るために自分は映画を見に来たのか?

でも何もかも放り投げて鋼世界に留まるのならそれはもうエドじゃない。
それが分かるから悔しくて悲しくてしょうがないけれどエドの選択を認めるしかなくて。

現実世界に戻ってきたエドに「どうして帰ってきたの?」と告げるノーアの台詞は、単なる疑問への吐露であったのだろうけれど、エドへの非難もあったのだと思っている。
戻って来るくらいなら自分と変わってくれれば良かったのに、という意味と、
アルフォンスが死してまでエドを鋼世界に帰そうとしていた気持ちを何故無駄にしたのだ、という意味と。
それが分かるから「どうしてかな」としか答えられなかったエド。
色んな人を犠牲にしてまで鋼世界に一度は戻ったのに、それを無碍にしてしまった事への非難は受けとめる覚悟。
それを持った時点でもうエドは、この世界の人と関わろうとしている、その第一歩だったのだと思った。

そして「門を壊すんだろ、兄さん」と鎧から聞こえてきた台詞。
「短時間なら魂の一部を切り離し物に定着する事が出来るようになってしまった」という今回の劇場版アルの突飛な設定を知った時。そんなの錬金術ですらない、と物笑いの種でしか無かったのに、今それが嬉しかった。
最後の最後に、宝物ような言葉をアルから貰えて、エドはどんなに嬉しかっただろう。

その言葉だけであんたはこの世界で生きていけるよね、そうエドの背中を押したくなった。ところが。
転がる鎧の頭から出てきたアルに歓喜した。
「一緒にいたかったんだ。兄さんと。兄さんと同じものを見て、同じように成長したい」

どうしようもない馬鹿な子だと思って泣いた。涙が止まらなかった。

兄弟なんて血は一生繋がっていても、ずっとそばにいることなんてありえない。
違う道を選ぶようになったり、互いに家族を持ったりと、離れていく事は絶対ある。
そんな未来すら想像せずにこの子は来たのか?
いや、そうは思えなかった。
アルは「成長したい」としか言わなかったのだ。
鎧だったころのように「ずっと一緒だよ」とは。言わなかった。

「なんとかなるよ二人なら」それは一番最後に、門を壊す事に対して言ったアルの台詞だけれど。
二人ならなんだって出来る。たとえ未来になにがあっても、別れたとしても、たとえどちらかが先に死んだとしても。
一緒に過ごし、成長した記憶さえあれば、どんな世界でだって生きていける。
生きる為の糧に出来る。
そういう意味だったのだと思えた。
兄が自分の隣りで少しずつ成長していく中、自分は背を伸ばすことさえ叶わなかった4年間。
そして兄が隣りにいないまま成長した3年間。
その7年間を取り戻させて欲しいと。

鳥が飛び立つようになるまでのわずかな時間、巣の中で兄弟がぴったり寄り添い合うように、側にいさせて欲しいと。

ふと、テレビ版の鋼のキャッチコピーを思いだした。
「取り戻せ、すべてを」
そうだ、今こそその願いは叶うのだ。
今、その夢をはじめてかなえることが出来るのだと。
そういえばアルは言っていたじゃないか。
「信じてた。兄さんはどこかに生きてるって。きっと取り戻すって」
取り戻せなかったものはふたつ。時の流れとエドの存在。
ふたつとも取り戻したいのなら。
自分がエドの世界に飛び込めばいい。
そして、二人の7年間を取り戻せばいい。

大切なのはどういう世界に自分がいるかじゃない。
今自分のいる世界でどう世界と、人と、関わっていくかだ。

台詞の端々で全面に出していたこの話の中で(正直、それは暗に言えよ、と思うくらいかなりしつこく出していたのに)、その事に触れなかったこのシーンこそが、
本当にそれを伝えたかったシーンだったのだろう。

鋼世界にいた頃、鎧だったアルは世界から否定された存在だった。
鎧に魂を定着したあらざるもの。人として認められない存在。
それでもエドがそばにいてくれたから、アルは人であり続ける事ができた。
人として、世界と関わり続けられた。
ならばそれは現実世界であっても変わらない。
たとえ、別世界の人間を化け物呼ばわりするエッカルトのような人がいたとしても。
自分を否定する世界であったとしても、アルはこの世界を否定しない。
エドさえいればどこでだって生きていける。
人として、世界とか関わり続けられる。
例え二人離れたととしても、二人はどこでだって生きていける。

ここまで書いて「Link」の歌詞を再読し、上に書いた内容が深読みではないのだろうなと思えてきた。
この詞の後半はハイデリヒ→エドかと思っていたのただけれど、
これもまたアル→エドなのだろう。
アルが現実世界へと、4年間の記憶と等価になるほどの全てを
振り切ってエドの隣りに立った事を歌った歌なのだなと思えた。
「たとえ」この先「離ればなれになっても」、
エドに「出会えた事だけでもう何も怖くはない」のだろう、と。

« 龍川和トスペシャルセット | トップページ | 劇場版 鋼の錬金術師 ネタバレ感想2 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 劇場版 鋼の錬金術師 ネタバレ感想1:

» シャンバラからドロップアウト! <鋼の錬金術師> [MOMO'n Ji ーもも ん 字ー]
凄いものを見てしまった。 実写版「鋼の錬金術師」。 日本製ではありません。 コリ [続きを読む]

« 龍川和トスペシャルセット | トップページ | 劇場版 鋼の錬金術師 ネタバレ感想2 »