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まあたまには。

公表するか迷っていたんですけど。
テレビ版最終話のAパートからBパートまでの間のアルを補完したくて、最終話を見終わった直後に浮かんだ話です。
映画公開ぎりぎり手前になんとか書き上げて、数少ないハガレンファンの友人1人に見せてそれでおしまい、となっていたシロモノです。
なので映画との齟齬ありまくりです。

それが、映画の内容が内容だったもので思わずこんなブログ立ちあげちゃったしっていうのと、今回原作に出てたエルリックテレパシーが大うけでねぇ(笑)。まさか原作でそれをやるとは思わなかったで。
実はこんな話書いてたんだよ。って気持ちもあって載せる気になりました。
同人誌なんてトルーパーが最後の人間なので、文章へたれなのはご勘弁を。

タイトルは、劇団ショーマの「ある日、ぼくらは夢の中で出会う」(高橋いさを・脚本)から。
(そういえばこの話も、登場人物と良く似た人間(同じ役者なんだからあたりまえだけど)がわんさか出てくる話だったなぁ)
冒頭のモノローグも同じく、「ある日、ぼくらは夢の中で出会う」の台詞からです。
もともと、これを使いたくて書いたようなものです(笑)。
ではでは。ご賞味いただければいいのですが……。

          ************************
 
ある日、ボクらは夢の中で出会う
 
その日ぼくは、とても新鮮な気持ちでひとつの門の前に立っていました。新しいものに触れる時、人は誰でも新鮮な気持ちをかみしめるものなのでしょう。
何か言っても自分の言った言葉が白々しく響き、何がホンモノで何がニセモノなのかわからないような時代ですが、ぼくは元気です。
もうすぐ冬がきます。冬だからと言って「おからだを大切に」と話しかけることは、いささかオリジナリティに欠けることかもしれませんが、これが一番いいと思うのでやはりぼくはそう呼びかけます。
おからだを大切に。
ぼくは元気です。

          ****

春の陽差しのような光だった。
錬成陣の中央で静かに立ち上る熱は、やがてやわらかな風を起こし天上へと突き抜ける。
脱ぎ捨てられた上着はその風にあおられるままに上昇し、そして。

          ****

十歳
温もりを感じさせるものは他に何も無かった。
身体の下にはひんやりとした硬い感触。
ぴかぴかに磨かれた床の埃りっぽい匂い。
寒くて、冷たくて、無意識にその上着をたぐり寄せていた。
また二人して、父さんの書斎で眠っちゃったんだっけ?
さらにずりずりと上着を首まで引き上げると、ほっこりと温かくて、でも代わりにお腹と足がちょっと寒くって。
どうも毛布がわりにするには少し丈が短いらしかった。
仕方がないので赤ちゃんみたいに身体を丸めてみる。
鼻の頭をこすりつけると襟が汗くさくて、でも頬に当たると今さっきまで誰かが着ていたのかな、と思える温もりにほんのちょっとロ元がほころんだ。
兄さんの匂いだ。いつだって兄さんはお日様の匂いがするからすぐ分る。
ずるいな。いつのまにこんな上着買って貰ったんだろ?
母さんが起こしにきたら言わなくちゃ。ボクも兄さんとお揃いのが欲しいって。いっこ大きいサイズをねって。ちゃんとつけ加えて。
……あれ?
ボクは上着から顔を出した。
違う。母さんならもう半年も前からお墓の下だ。
ぶるぶると頭を振ってみる。
ああダメだ。なんだかまだうまく頭が回っていないや。

ボクらは昨日、修行から帰ってきたばかりだったけど、その足で錬成に必要な材料を買いに行った。
それから。
ちゃんと吟味しないとダメだ、なんて兄さんは高いものばっかり選ぶからちょっとケンカになって。
買ったものから、ばっちゃんにばれるとまずいって、ウィンリィの家の前を素通りして。
シチューのいい匂いがして二人してお腹がぐーって鳴って。
兄さんの顔を覗き込んだら、まるで犬が耳をペたんと垂れるみたいにすっごい情けない顔をしていて。
「なんだよ」てロを尖らせてたけど、食べたかったんだろうなって思って。
それでもボクらはやめる気なんて、さらさらなくて。
買ってきたパンでお腹をなだめ、兄さんは錬成陣を床に刷きはじめた。

ひとつの間違いもないよう真剣に、でもどこかウキウキとかワクワクとかそんな嬉しそうな表情を浮かべて錬成陣を書く兄さんを、ボクも多分きっと、兄さんと同じような顔をしてみつめていたと思う。
光を放った錬成陣の、その確かな感触にボクらのワクワクはピークに達した。そして。

そして?

「……兄さん?」
――そうだ。ボクたちは。
身体を起こすと、見憶えのない黒い上着は肩からするりとすべり落ちた。
そう、ボクたちは。
母さんを錬成し損じたんだ。

「兄さん。 答えてっ。兄さん!」
どうして気づかなかった? 見覚えのない。ここは………どこ?
身体の芯が何かにぎゅっと締め付けられたような気がした。
呼吸が、できない。苦し。
――どうした? アル。
兄さん、お願い。そう言って。
――はーん。寝ぼけたんだろ。
言って、笑って。ボク振りかえって言うから。
――あのねっ兄さん。
呆れられたりしないよう。
心配させ過ぎたりしないよう。
でも、少しだけ心配してね。
そんな風に細心の注意を払って言うから。

「あのね。兄さん」
恐い夢を見たんだよ。
兄さんと離れ離れになってしまう夢なんだ。
何かわけの分からないものにボクはひっぱられていた。
兄さんはボクの名前を叫んでボクを引き戻そうとしてくれたよ。
ボクも一所懸命手を伸ばした。でも、ボクの手は兄さんに届かなくて。
すごく悲しくて怖くて心臓が痛かったよ。
――ア~ル~ぅ。兄ちゃんはここにいるだろぅ?
「アル」ではなく「アルぅ」と。
ボクが悲しい時、兄さんはほんの少し間伸びさせてボクの名を呼ぶ。
兄さん特有の母さんとはまた違うどこか甘い柔らかな響きで。
怖い夢を見た時。風邪で心細くなった時。猫を拾って母さんに怒られた時。
いつだって兄さんはぎゅっとボクを抱きしめてそう呼んでくれた。
そして額にキスをひとつ。
――次はいい夢が見れるおまじないな。
言って。
いつもみたいにニカっと笑って(ボクはその顔がすごく好きなのだ)…。
いつもみたいに。いつもみたいに。ねぇ、いつもみたいに……。

……ねぇ。「兄さん」
なのにどうして返事がないのだろう。
「兄さん。隠れてないで。出てきてよ」
返事が聞こえないと心細いよ。返事してよ。
ねぇ、怖い夢を見たんだよ。兄さんがボクの前からいなくなる夢なんだ。
だから。ボクの側に来て。隣りに座って。ボクに笑いかけて。ボクにキスして。
「そんなの夢だよ」って言って。笑って。
お願いだから。
兄さん。

「それでは、工ドは………………のね」
白いドレスの女性の声にボクは振りかえった。
村では見たことのない褐色の肌の女の人。こんな人、知らない。
勝手に兄さんの名前を呼び捨てにしないでっ。
何言ってるの?
全然分んないよっ。
心の中でわめいたのかロに出して言ったのか、もう自分でも分らなかった。
それでも何故かその言葉は、パズルの最後の一片のように力チリとボクの胸の中で収まった。
『それでは、工ドは門の向こうに行ってしまったのね』

誰かが遠くで悲鳴をあげた。そう思った。

          ****

十四歳
遮るものが何も無い川ベりは、タ陽を浴びてすっかりオレンジ色に染まっていた。
川も、地面も、兄さんの上着も、何もかもがオレンジ色だった。
「どうしてあそこに居るって分かったの?」
前を歩く背中をみつめながらボクはそう尋ねた。
「進歩ないからな」
「え?」
「お前っ。いつもケンカしたあとは川辺でずっといじけてただろ」
バカ兄っ。いじけてた、は余計だよ。
そんな突っ込みさえ出来なかった。
なんで? なんでこの人は、こういう事をまるで当たり前のようにさらっと言えてしまうのだろう。
自覚ある? 分ってる?
お前のことは昔から何でも知ってるよって。
何も変わってない。お前は間違いなくアルフォンス・工ルリックだよって、まるでそう言ってるように聞こえるよ?
あなたがそう言ってくれるからボクがアルでいられるってこと、あなたは分ってるの?

「そっか」
――手を。繋ぎたいな。
意味もなくそう思った。
そんなことしたって何も感じないって分ってる。分ってるけど。
どれだけボクが感謝してるか、どれだけボクが嬉しいか、どうやったら伝えられるのかが分らない。

抱きしめたいな。
手を繋ぎたい。
兄さんに触れたい。
「だからさっ、アル」
振り返った兄さんの大きく揺れた金色の髪は、タ暮れのオレンジを乱反射してその毛先の1本1本までも輝かせていた。
そしてボクの目の前に左手がゆっくり差しだされる。
(ほら、兄さんはボクのことなら何でも分かってくれている)
ボクらは神様なんて信じていない。
けれど。多分こういうのを『神々しい』というんだ。
兄さんの顔は、夕闇で良く見えなかったけれど、どんな顔をしているのか、何を言おうとしているか。
ボクもすっかり分っていた。

          ****

十一歳
「……っ」
ずっと。ずっと長い夢を見ていたような気がする。
肌に感じる空気の冷たさが、今が冬だってことを教えてくれた。
季節はいつのまにか変わっていた。
ボクはゆっくり体を起こす。

ひとつきりのベッド。ひとつきりの机。
ボクの家とは違うその間取り。ドアに叩きつけられた何かの残骸。散らかり放題の部屋。
かすれた声(喉が痛い)。
朝日を浴びることさえすごく久しぶりだと感じた。カーテンの隙間から細く差しこむ光すら眩しくて手をかざす。
青白くて細い指はなんだか自分の手じゃないみたいで気持ちが悪い。
指先から易々とすり抜けてくる光が目に痛かった。
――アル。眩し。カーテン。
隣りのベッドからそんな声が聞こえた気がした。
ボクはベッドを飛び降りる。
たったそれだけのことなのに、足に伝わる振動にちょっと身体がよろけた。
筋肉の落ちた足が、身体を支えられなくなっているんだ。
また鍛え直さなくちゃ。そんなことを考える。
素足のままぺたぺたと窓辺へ歩いていく。
冬の朝は寒くて床板は氷の上を歩いているみたいに冷たかった。
冷気が背中を這い上って頭まですっきりさせてくれる。
ああもー、ホントに体力落ちまくてるなぁ。
ボクは窓辺にたどり着くとカーテンにしがみつくようにして身体を支えた。
――アル! バ力やめっ
兄さんの声。
強く、強く布を握りしめ呼吸を整える。
本当にこれでいいのか? 後悔しないのか? 誰かの声が聞こえてくる。
後悔なんてしないもんか。
いつだってこれが最良だと思うのに、いつだってボクは間違えるんだ。
母さんを錬成しようと兄さんが言いだしたとき、どうしてボクは止めなかったんだろう。
「兄さんさえそばにいてくれれば何もいらない」たった一言そう言えば良かったんだ。

「そうすれば、こんなことにはならなかったっ」
思いっきり大きく力ーテンを開き振りかえったボクの目に、兄さんの顔が小さく歪んで見えた。
「お早う、兄さん。いい朝だよ」
笑いかけると、兄さんの大きな金色の目からは今にも涙がこぼれ落ちそうだった。
「兄さっ」
力ーテンが。風にあおられ大きくはためき、窓から差し込む朝日が、部屋をくっきり映しだした。
兄さんの囗が何かを言おうと動いたけれど、ボクの耳にはもう届かない。
――おれがきらいになったの?
兄さんの唇の動きはそう読めた。ボクはゆっくり首を振る。

「大好きだよ。兄さん」

あなたのいない現実が認められなかったくらい大好きだよ。
例えそれがボクの心が生み出した幻だったのだとしても。
分かっていても手放せなかったくらい大好きだよ。

光が部屋全体に注ぎこむその中に、もう兄さんの姿は見えなくなっていた。

ふいに。ドアロで桶の転がる音が聞こえボクは振りかえった。
「おはよう。ウィンリィ」
にっこり微笑むボクに。
「…ば………」
「ば?」
「……」
小さな沈黙のなか。ウィンリィの喉を鳴らす音だけが小さく聞こえた。そしてかすれた声が耳を打つ。
「ばっちゃん……ばっちゃん。ばっちゃん! アルが。アルがっ」
ドアの向こうへ転げるように飛び出したウィンリィは、何かにつまずきでもしたのか、すっごい音が聞こえてきた。
大丈夫かな?
しばらく様子を伺い耳をすましていると、すぐにまた足音は復活し、ボクはほっと胸を撫で下ろした。
ボクは窓のフチにひょいっと腰かけ、朝の日差しをめいっぱい背中に受けた。
ひとつきりのベッド。ひとつきりの机。ボクの家とは違うその間取り。
もう。
認めなくちゃいけない。
兄さんに「おはよう」が言えなくなったこと。
兄さんに触れられなくなったとこと。
兄さんがいなくなったということ。

ボクはク口ーゼットの奥深くにしまいこんでいた上着を引っ張り出してみた。
やっぱりこれだ。
夢の中であの人はこれを着ていた。

ずっと長い夢を見ていたような気がする。
まどろんで。どこまでも優しい羊水のような空間をボクは漂っていた。
引っ張りだしてくれたのは兄さんの手。
差し出された手の平。金色の三つ編み。結ばれた結い紐の赤。
「約束だからなっ」ただ一言そう聞こえた。
ボクの知らないボクの兄さんは、ボクの言葉に本当に嬉しそうに笑い、確かにそう言ったのだ。
ボクは何を約束したのだろう。
その「約束」を果たせば、兄さんはボクにもあんな風に笑いかけてくれるんだろうか。

ウィンリィとばっちゃんの、2つの足音が近づいてくるのを待ちながら、ボクはあの人のその上着にそっと手を通した。

あんたはもうダメだと思ってた。
後日、ウィンリィはそう言って笶った。

          ****

十三歳
「ウィンリィ。もういいってば」
「だめっ。薬は入れたわよね。えーとあとは……」
「これ以上増えたらボクの腕が抜けちゃうよ。みんな待ってるし。何かあったらどっかで買うし」
あっちに行ったり、こっちに行ったりを繰り返すウィンリィを目だけで追いながら、ボクは盛大なため息を吐き出した。
ボクってそんなに頼りなく見えるんだろうか。
別に秘境の地に行くわけじゃない。
そんなことウィンリィだって分ってるはずなのに。
これ以上荷物を増やされてはたまらない。
トランクにカギをかけ、とっとと上着をはおって準備完了にしてしまう。
肩の合わせをちょっと引き上げ、ためしにトランクを持ち上げてみると。
――重力を体感させてくれる重みだった。
腕が抜けるなんていうのがけっして比喩でもなんでもなかったことを実感してしまった。さすがにこれ以上は無理。絶対無理っ。
「あっ、お金は? お金」
「持った」
トランクの上に腰掛ける。
「汽車のチケットは」
「持ちました」
と。今度はどうにも座り心地が悪い。
「八ン力チは?」
「入ってる」
嫌な予感がして立ち上がった。
角をひとつ軽く蹴ると力タンカタン力タンと小刻みに揺れた。
良く見るとトランクの表面がやや盛り上がりゆるいカーブを描いていた。
ため息はさらに重くなった。
「時計は?」
「持った」
「お弁当は?」
「入れた」
「エドの服?」
「持っ…………え??」
振り返ると、ウィンリィがいつのまにか足を止め、ボクの上着を指差しながら懐かしそうに目を細めた。
「着ていくの?」
「…………変?」
腕を広げて自分を見下ろす。
トランクに残された兄さんの私物は、時々妙にごついのがあったりでボクの趣味に合わないものも多い。でもこれはそんな悪くない方だと思うのだけど。
「変……じゃないけど。……エドの服がアルには大きいっていうのが、変、かな」
「そっか」
ボクは苦笑して肩の合せをもう一度ずり上げた。
確かに写真で見るボクは、兄さんよりうんと大きかったっけ。
「あーあ。そんなことしたってだめ。ほら貸してっ」
ウィンリィはボクの腕をぐいっと引っ張り袖先を整えだす。
「ねえ。アル。セントラルで見つけ出されたとき、あんた自分が何て言ったか憶えてる?」
「?」
「工ドが上着をかけてくれたんだから、工ドは必ず生きてるって」
ああ、そのことか。
錬金術の原則は等価交換だ。
もし、本当に師匠やロゼさんが言うように、ボクの身体と引き換えに兄さんが自分の身体を代価にしたなら。一瞬でも、元の身体に戻ったボクの姿を兄さんは見ることが出来なかったはずだ。
ならばこの上着がボクにかけられていた以上、逆説的にそれは成り立たない理屈になる、と思う。
あの時、本当にそこまで考えて言ったのか、よく憶えていないのだけど。
兄さんの上着は確かにまだ温かかった。
本当に今さっきまでそこにいたと思えるような温かさだったから。その場に死体がない以上、兄さんの死なんて信じられるはずがなかった。
「あたしはっ、錬金術のことなんて分らないから、アルが否定するならそれを信じる。だから、約束して、2人で、必ず…………」
言葉は途中から消え入りそうなほど小さくなり聞こえなかった。
それでも、ウィンリィは丁寧に袖のシワを伸ばすばかりで、だからボクも意味もなくウィンリィの頭のてっペんを眺めるしかなかった。

もし。もしボクが普通に成長していたなら。
ウィンリィの背をとっくに追い抜いて、こんな風にこの幼馴染みを見降ろせるくらい背も高くなっていたんだろか。
そしたら、こんな風に心配させるばかりでなく、ボクらの帰りを楽しみに待つくらいの余裕を与えてあげられたのだろうか。
絶対何が何でも2人で帰ってくるって、そう信じて貰えたんだろうか。

ボクは天井を見上げ大きく息を吸い込んだ。
「ねえ。ウィンリィ。兄さんに会ったら、ボク決めてる事があるんだ」
かすかに動く気配を感じ取り視線を戻すと、ウィンリィは何かひどく特異なことを言われたかのように、不思議そうに顔をあげていた。
OK。
ボクは内緒話をするようにちょっと声を潜めて言葉を続けた。
「兄さんにあったらね。まず怒る」
「え?」
「だって。色んな人の話を総合すると、結論から言って折角のボクの行為を無駄にしたって事でしょ? だったらボクには怒る権利があると思うんだ」
「ふうん?」
予想外の返事だったのかウィンリィは目をきょとんとさせていた。

だって。

悔しいんだ、ウィンリィ。
この4年間の兄さんについては、ボクよりみんなの方が詳しいんだ。
その4年間ずっとエドのそばにいたのはおまえだよと言われても、ボクには思い出がひとつもない。
悔しくて、悔しくてたまらないよ。
だから。

「ひっぱたいて、ぶん殴って、蹴っ飛ばして」
呆然と聞いているウィンリィを尻目に、指折り1つ1つ上げていく。
「あ、大丈夫。ウィンリィの分もちゃんと殴っておいてあげるからね」
ウィンリィを悲しませた分。
その言葉に、今まで泣きそうだったウィンリィの表情が少しほころんだように見えた。
「それって、あたし、ありがとうって言うベきところなわけ?」
「さあ?」
好きなようにとっていいよ?
おどけて大仰に肩をすくめるとウィンリィィはくすくすと笑った。
ボクはほっとため息をつく。
「ねえ、それから?」
「『それから?』?」
「それからどうしたいの? アルは。怒って、ひっぱたいて、ぶん殴って、蹴っ飛ばして、ふんじばって、エルボ食らわせて……」
なんか、さりげなく増えてるんだけど。ボクは否定も肯定も訂正もせずただ曖昧に笑った。
「そのあと。どうしたいの?」
そう言われてふと、あることが浮かんだ。

多分、ウィンリィが聞きたかったのは、兄さんを連れて帰ってきてから、2人で上の学校に行くとか、錬金術を生業としていくとか、そういうことだったんだと思う。けれど。
「きっと……」
「きっと?」
「……ううん? なんでもないっ」

きっと、抱きしめたいと思うかもしれない。
ボクの頭を過ぎったのはそんな言葉だった。
手を繋ぐのでもなんでもいい。
兄さんに触れてそこにちゃんといることを確かめたい。
そんな風に思ったのだ。

「長話しちゃった。もう行かなきゃ。駅まで見送ってくれるんだよね?」

          ****

十四歳
遮るものが何も無い川ベりは、タ陽を浴びて全てオレンジ色に染めていた。
川も、地面も、兄さんも、何もかもがオレンジ色だ。
「どうしてあそこに居るって分かったの?」
前を歩く背中をみつめながらボクはそう尋ねた。
「進歩ないからな」
「え?」
「お前っ。いつもケンカしたあとは川辺でずっといじけてただろ」
「そっか」
「だからさっ、アル」
振り返った兄さんの、大きく揺れた金色の髪は、タ暮れのオレンジを乱反射して、その毛先の1本1本までも輝かせていた。
そしてボクの目の前に左手がゆっくり差しだされた。
「もし俺が迷子になったら。お前が探せよな」
「えー」
ひょいっと右手を掴まれた。
「なんだよ。お前は兄ちゃんが行方不明になっても捜さねえ気か?」
繋いだ右手をぶんぶんふり回される。
あのね。子供じゃないんだから。
「兄さん。迷子になった時の第一原則って知ってる?」
「?」
思い切りわざとらしく、ため息を吐き出す真似をして見せた。
「絶対その場から動かないっ。兄さんじっとしないから」
それじゃ捜せるものも捜し出せないよ。
「ばーか。そこは愛だろ、愛。テレパシーでも何でも飛ばしてキリキリ捜せ」
「えーっ」
そんな無茶な。
「あーもー。うるせえなぁ。分かったよ。アル君は、探さねぇってんだな。へえへえ分かりました」
「ちょっと、何決め付けてるのさっ。探すよ。探すに決まってるだろ? 兄さんがすねてたって、いじけてたって絶対、地の果てまで探して連れ戻すんだから。それで……」
ボクの言葉に兄さんは本当に嬉しそうに笑いかけ、ボクは続ける言葉さえ失った。

「よし言ったな。アル。ぜってぇ、約束だからなっ」

ボクはきっとその笑顔と共に約束を忘れない。

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