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2006年3月

2006/03/31

子供編、子供編、子供編!!

鋼の錬金術師 PREMIUM COLLECTION 見ました~。
見る前にお気に入りサイトをぐるっと周っていたのだけど。そそそ、そんなに詰まらなかったですか??
え?え? 怒るほど? いや???  え?? あ、あれ?
私は結構気に入ったんだけど。子供編。何度も繰り返し見てその度にうるっとしてますが。

実写編はまあ、なんつうか、あーいるいるこういうの作る奴って感じ?
高校とか大学の映研の特撮オタクが作ってそうだよねぇとか。
石神井公園のボートってなんなんだよそのベタな設定~(ゲラゲラ)とか思いながらみてたけど。
まあ2度は見ないけど。

宴会編は、ホントに裏鋼に絵がついただけだったし。
ロイアルネタが無かったのが残念だけど、グラちゃんやラストの設定もまんまだったし。
アルのめちゃ黒い処とかウケた、ウケた。
っていうか、小栗くん引っ張って来れなかったのを上手くごまかしたなぁ、って感じ?
これで引くくらいなら元々、TV版DVDの裏鋼で引いてるんじゃない?
まあ何度も繰り返し見やしないけど。

というわけで子供編です。
アル似のお子様の「アルじいちゃんがね~」の言葉が嬉しかったんですよ。
以下、語り入ってます(笑)。

前にも書いたけど、何もかも捨ててアルがこちらの世界に来た時、思ったのは。
なんて馬鹿な子なんだろう? だったから。
なんつうか、エドアル・アルエドなエド視点で物事を見ちゃってるんですよ!!
一緒にいられることがすごく嬉しいんだけど、嬉しくて泣けてくるくらい嬉しいのに、でもその反面、何考えてんだよこの馬鹿が、という悔しさに泣いてました。
兄弟だからってずっと一緒にいられるわけがない。お互い別々の道を行く時がきっとくる(一応マジなのでホモ設定は横に置いてね)。
それは喧嘩が原因かもしれないし、仕事の都合かもしれないし、どちらかの結婚かもしれないし、死別かもしれない。
兄さんと一緒にいたくてただそれだけで全てを捨てたアルが、その時になってこの世界に来た事を後悔するような事にならないか? その1点がすごく気がかりだったから。
兄さんの為だけにこの世界に来たのに、その兄さんと一緒にいられなくなった時、アルはこちらの世界に自分がいるその存在意義を失ってしまうんじゃないのか? それがすごく怖かった。

だからその時までに、アルはこちらの世界の人と関わって生きていける基盤を作って欲しいと願っていた。

そして、アルが不憫でたまらなかった。
4年間エドのせいで鎧に閉じ込められ、元の身体に戻れば今度はその3年間を兄さんを探す事に費やされ、今度は兄さんの為に世界を捨て。
常にエドの存在にアルはがんじがらめにされている。もしエドがいなかったらアルはもっと自由に生きられたはず。
でもそれはアルの意思であり、そうやって全てを捧げられる事がエドは嬉しいから手放せないんだよね。
いつか自分の都合で手放す事になるかもしれないくせに。

だから、せめて、アルには幸せになって欲しい。
エドの台詞のように「おまえは、生きて、生きて、幸せになれ」と。そうであって欲しいと願う。
鎧のままだったら生きていられたのに、生身の身体に戻ったせいで死ぬなんて事、あってはならない。
「なんのために、この子は元の身体に戻ったっていうの? この子の辛かった4年間は何だったの?」そう思わせるような未来は嫌だった。

だから。
アルが99歳(身体は94歳?)まで生きていて、エド以外にも愛してくれる家族がいるらしい。
尚且つ、エドとの交流は断たれていない。
それは、私がアルに望んだ未来そのものなのっ。それがね、すっごーく嬉しかったんですよ。

ちなみにアルじいちゃんからのプレゼントって何だと思います?(笑)
きっとあの子供達だよね。
そして、子供達はエドひいひいおじいちゃんを部屋から連れ出して、アルたち家族の処に連れてってくれるのっ。
「まったく。兄さんはこうでもしないと、ボクらに会いたがらないんだから」とか言って。
エドは一人身かな。別にそれが寂しいという人ではないから。
アルさえ幸せであれば、エドは幸せになれる人だから。
ウィンリィに似てるって理由だけで、ウィンリィ似の子と結婚するよりいい。
何せ前科がありますからね、この人は。

あの写真の身長差に食らいついた人が多いようだけど(笑)、いや勿論それも美味しかったけど。
TV版のアバーンの最後の写真の2人が暗い顔をしているのは触れられなくて少し離れているから、って監督が言ってたから、ぴったり側に立って笑っている2人の写真、っていうのが嬉しかった。
荒川さんの描くマフィア兄弟みたいは若者らしい不遜さはないけれど、2人の幸せそうな温かい笑顔にこちらも笑顔になってしまいました。

2人の未来は見る側が勝手に想像すればいいのであって、製作者側に手出しされるのは嫌だけれど。
あくまでも上手い具合に想像の余地は残してくれている。
だから、想像の余地を奪われてしまったとも思わないし、固定されてしまったとも思わない。

ということで。私は嬉しかったよ。

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