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「第61話 イシュヴァールの英雄」感想(ネタバレ)

今更ですが、ネタバレ感想です。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■キンブリーの思想
彼の思考回路は多分非常に単純なのだと思う。
いわば、錬金術オタクなのだろう。
自分の術が完璧なまでに上手く綺麗に決まれば、よしと拳を握りしめ、達成感を感じる。

変な対象にあげて申し訳ないが、同人誌を作る場合、多少なりとも犠牲にしているものはあるはず。
睡眠だったり食事だったりはまあ個人のレベルだけれど、友人との約束を反故にしたり、会社が忙しいと分かっていながら有給をとってしまったり。それでも本が出来上がって、感想なんか貰ったりすると、達成感、あるよねぇ。

キンブリーにとっちゃ、友人との約束を破るという事と、誰かを殺すという事が、同レベルなのだと思う。
となると賢者の石は、ユンケルか?(笑)とまあ、それはさておき。

60話の彼の「軍人としての覚悟が足りない」というご高説、「意思を貫く人間は好き」という人間らしい発想、61話での味方を自分の盾にし、破壊の限りを尽くす姿。
この矛盾に満ちた性格の根元がここにあると考えれば分かりやすくないか?

美しく錬金術を成功させる為には何をも犠牲に出来る。
その為なら人を殺す事も辞さない。その覚悟ならある。それが彼の誇り。
「意思を貫く人間は好き」。他意でも揶揄でもなく。
まさに自分がそうあろうとしているから出た言葉。
ただし、彼の場合はその上にこのカッコ書きが入るのだろう。
(例え誰をどのように犠牲にしようとも)意思を貫く人間が好き。

ということで。これって誰かに似てないか?
人の命を使った賢者の石を用いて元の身体に戻ろうとするならば。エドとアルの行き着く先は、キンブリーだ。

ただ、キンブリーとエドたちの違いははっきりしている。
そこに人がいるとわかっていながら殺せるキンブリーと、例え化け物であっても人の顔を見せられれば撃てないエド。

キンブリーの異常性はここにある。
ロイは軍人が戦う為の存在と知りながら、何故割り切れずにいたのか。
そこに人の顔があるからだ。
日本でも昔戦争があった頃、アメリカ兵を鬼畜米兵と言っていた。
相手を自分と同じ人間だと思ってしまったら殺せない。
だから、相手を化け物だと思わせる。
「相手は化け物だ、だから殺せる」そう言ったのは劇場版のエッカルトだ。
なのにキンブリーは違う。
人が人としてそこにいても簡単に殺せる。
「生きているうちに顔を拝んでおきたかった」
このセリフにゾクリとした。
分かり合えたかもしれないから、などという生易しい感情からではないだろう。
意思を貫き通す同志として会ってみたかったのだと思う。
そして相手を認めたその直後でさえ、キンブリーは容赦なく、虫けらのようにこの夫婦を殺せるのだ。

■錬金術
スカー兄がスカーに自分の腕を移植したのは人体錬成なのか?

マルコーが耕運機に挟まったおじさんの足を直したという話が8話にある。
切り落とされた足を付けたのか、骨や肉がぐちゃぐちゃな処を直したのかまでは分からないが。
とりあえず質量保存の法則さえ整っていれば、それは傷を治す行為であり、人体錬成ではないらしい。

さて。スカー兄の右手は破壊、左手は再構築である。
錬金術(右手)でスカーの腕を更にもう少し切り落とすなどして傷口を綺麗にする。
錬金術(右手)で兄の腕を切り落とす。
錬金術(左手)でその腕の太さや切り口をスカーの傷口に合わせる。
力技で引っ付ける。
という考えはいかがだろう?

実は、友人に、子供の頃耕運機だか脱穀機だかで指を切り落とされ奴がいる。
切り落とされた指を傷口にあて父親が病院に連れて行ったそうなのだが、縫うでもなくその指先をあてた状態で引っ付いてしまったらしい。
つまり術なんてなくても例え他人のものであっても、傷口が綺麗なら引っ付くんじゃないのか?
となれば、これは人体錬成には当たらないのではないかと思う。
スカーの右腕は包帯で巻かれている。
もし錬成したのならば包帯の必要はなく、綺麗に引っ付いているはずだろう。

■最後の1人
「何か言いたい事はあるか?」
もし、この老人が命乞いをしたとしても、ブラッドレイがそれを許さない事をロイも老人も知っている。
殲滅戦であるなら家族への遺言が託されることもない。
では、悔い改めよと? イシュヴァラの神を捨てた処で、それもまたブラッドレイが許すとは思えない。
だから。ロイのセリフを意訳するならこうなるのだろう。
「俺を罵倒してくれて構わない」それを受け止める心積もりはあると。
誰をとは言わずただ「恨みます」と返すその言葉と裏腹に老人の顔は「許す」とでも言っているようで。
青い、青いよ。ロイ。自分が殺す人間に情けをかけられてどうするっ。
でもそれが、ロイの理想論への礎のひとつになったんだろうな。

■イシュヴァールの英雄
戦争でいう「英雄」というとどうしても『銀英伝』が浮かぶ。
平時に人を1人殺せば殺人犯だが、戦時に人をたくさん殺せば英雄と言われる。
民間への情報操作として、負け戦には「英雄」が必要。
そんな理屈。
ロイの場合は違う。
人を殺したからではなく、兵士を生き伸びさせたから英雄というのがいいね。
多分軍部の人間しか知らない「英雄」だ。

■部下の選択
ここで初めて明かされるその選挙された理由。
通信技術に長けていたり、情報量の多さが人一倍だったり、頭が良かったり、体力に優れていたり、銃撃に秀でていたり。それぞれ軍人としての持ち味があるけれど。
それが本当の理由ではなかったと。
仲間や下の者に目を配れる者。
それが理由だったなんて、すでに散り散りにされることが決まったこの段階にきて、明かされているのが小憎たらしいっ(ファルマンのトコには何も書かれてないけど・笑)。
もし、これがロイが主人公の物語だったら多分、さあここから反撃に出るぞ、いくぞっっっていう感じに「東方の使者」の手前辺りで語られた物語だったろうなぁ。
「反撃ののろし」が失敗に終わり、チェックメイトを喰らう一歩手前のこの時点で描かれてしまうと、古い映画のワンシーンを観てるようでもの悲しい。
ここで語られる事にこれから先、きっと意味はあると思うのだけれどね。

■ネズミ算
いや、ちょっと嬉しかったので。これは番外で。
そうそう、こんな気持ちだったんだよなぁって。
ゴミはゴミなりの矜持で、莫迦にするな、と思ったから。
「理想とか綺麗事と言うが それを成しとげた時 それはただの”可能な事”に成り下がる」
そう。出来ればいいな、ではなく。まずは動こうよって思った。
「ペイ・フォワード」なんて理想論だと思ってる。
思ってるけど。でも赤の他人に対しては無理でも、自分にとって大切な人になら出来るはず。
無理はしなくていいから、自分が出来る事を出来る形でやればいいからそれを広めて欲しい。
そう言って広めたんだよなぁって。
え? 意味分かんない? まあいいじゃん。独り言です(笑)。

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