« 2006年7月 | トップページ | 2006年9月 »

2006年8月

2006/08/30

昨日はラストシャンバラでした。

やっぱり好きだなぁって思う。

身びいきでもなんでもなく、エドが「アル」と口にする時だけ声音が違う。
すごく優しいの。故郷を語るようなそんな懐かしさとか安らぎを伴った響きがある。
映画館の大音響だからこそはっきり分かる。
TV版の最終回に、「故郷へ」ではなく「アルの元へ」帰ると言ったエドに「まったくこのコわっ(^_^;)」と思ったものだけど。
エドにとっては本当に「アル=故郷=安らげる場所」なんだよね。
それだけで、うわぁぁぁっとなってしまったよ。

あと、実ははじめてリヒとアルの似ている箇所に気づきまして。
髪の色も、目の色も、声も、しゃべり方も、考え方も、全然違う。似ていなくて当たり前。まったく別の人間なんだから。だけど、どこか魂の根っこだけは同じなんだ。そう思ってた。
リヒの中にもアルの中にも「アルフォンス」という名前の同じ魂があって、そこから違った人格が出来上がっている。
だから、リヒがエドをロケットに乗せ「僕はここにいる」といった時、アルのCDの中の「ボクハココニイル」が蘇り、その時になって初めてリヒとアルの存在がが重なって見えた。なんだアルはちゃんとここにもいたんだ。そんな風に思った。
ところがね。
「運がいいね エドワードさんは」の後、「しっ」って口に手を当てて様子を伺うシーン。
このシーンのリヒが妙に可愛いく見えて、何でかなぁと思っていたのだけど。アルにそっくりだったのだと初めて昨日気がつきましたわ(爆)。
ヨック島で敵に襲われて隠れた時に、ちょうどアルがそんな仕草をしてたよね。あのアルにそっくり。
アルとリヒは全然別人だと思っている。けど。ちゃんと似ている処もあったんだねぇ。

さらに。今回思った事。以下長いです(笑)。
アルの罪は明らか。ラースに後押しされたとは言え、自ら門を開ける練成をした事。
でもエドの罪は軽いと思っていた。
行く気はないと言っているのにホーエンハイムとリヒがエドの背中を押し、ほぼ無理矢理門の向こうに追いやられた。
だからエドの罪はレバーを最速にした事だけ。確かに引き返そうと思えば引き返せたけれど、あの状況でそれを強いるのは無理だと言えるし。
でも。

エド自身からしてみれば違ったのかもしれない。

アルがあんな形で、エドを取り戻そうとしたのは4年間の記憶がないからだ。
あの地下都市の意味も知らず、エドが49話で語ったような、戦争の起こる意味も知らず。
エドと旅した4年間で知った大切な事を全て忘れ、母親を練成しようとした頃の心のまま、ただ無邪気に兄さんが側にいる事を望んだ。
それは、アルの記憶を不完全な状態で練成してしまった自分に責任がある。

エドならそう思うんじゃないだろうか?

鎧に魂を定着してしまった時と同じだ。
またしても自分のエゴで、不完全な身体をアルに与え生を強いてしまったのではないかと。
ならば、アルの罪は、自分の罪。

エドならそう思うんじゃないだろうか?
そう思ったら。

あまり好きじゃなかった「例え望んでいなくても~」のエドのセリフが気にならなくなった。
これは語らず絵で見せるべきものじゃないのか?(その辺りの回答はアニメ夜話で會川さんが言ってましたけどね)と思っていたし、TV版の「軍属になってみたけれど~」のセリフと内容が被っているから。
もうそれは、3年前にエドは知っていたはず。何故そこでまた言う必要があるの? と思っていた。
けど違う。

あれは3年前から知っているエドだからこそ言えるセリフ。
4年間の記憶を無くしてしまったアルに、噛んで含んで教えてやるのが自分の役目だとエドは思ったんじゃないだろうか?
アルの記憶がないのは自分のせいだから。
自分との4年間を忘れてしまった事よりも、アルが自ら体験して掴んだ大切な事を全て忘れてしまった事こそを悲しむ、エドはそういう子だ。
もしアルの罪をを詰る人がいれば、例えイズミ相手であっても、アルを全身で庇い、自分こそが悪いのだと頭を下げて回るだろう。
アルの罪は自分の罪だ。
アルが自分を連れ戻す為に起こしたのなら自分も同罪。

だからその贖罪として、自分は幸福になってはいけないと、アルとの別離を一度は選んだ。そんな風にも受け取れる。
「兄さんが行く必要ないだろ」と言うアルのセリフの身勝手な無邪気さと、上から小さな子供を諭すように言うエド。
昔のアルがそのまま成長していれば、きっと、アルもエドもこんな言い方をしない。
そんなアルが可哀想で、アルの罪は全部自分が引き受けるべきだと、エドは勝手に思ってしまったのかもしれない。
アルの気持ちなんてお構いなしに。そんな処までホーエンハイムにそっくりだ。

錬金術世界を捨てる事で、アルは記憶を取り戻した。それも等価交換だけれど。
エドもまた、錬金術世界を捨て自分の罪もアルの罪を全て背負う事で、その代償として、アルの記憶が戻りエドの罪は半分を許され、アルの側にいる事が許された。そこにも等価交換がある。そんな風にも受け取れる。

監督や會川さんがこんな解釈を考えて書いたとは思っていないけれど。
エドもアルも色んな罪を背負ってきた子たちだから、こんな風に何かから許された存在になれたのならいいなと思えた。

まだまだいろんな見方が出来るんだなと思ったら、これが最後の上映な事が悔しかったり。最後の最後にまた新しい見方が発見できて嬉しかったり。
この映画に出会えた事が本当に本当に、幸せに思えて。
そこにスタッフもキャストもいなくても構わないからスタンディングオベーションしたいような、号泣したいような、自分でもわからないくらい胸がいっぱいいっぱいのラストシャンバラでした(^^ゞ

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2006/08/28

シネマヴェーラ渋谷

昨日はシネマヴェーラ渋谷で第1回上映分だけ見てきました。
シャンバラを。
2回目の上映も見ようと思えば前半半分は見れるんだけど、4回目の上映も見ようと思えば後半半分は見れそうなんだけど。
第5回東京アニメアワードフィルムフェスティバルも余裕で無理。
という非常に悔しいタイムスケジュールの為、初回のみで断念。

そしてやっぱり、アルの「兄さん、兄さん、兄さん、兄さん、兄さん」にはウルウルして、ラストのレクイエムではジーンとしてました。
ヘス少尉の声を聞くと、今は、うたわれるものらじおでのヘタレっぷりを思い出してしまうんですけどね(笑)。

そういえば、今回はじめて気が付いたのだけど。
リヒが倒れている絵から、立っているアルの絵に切り替わるのは、リヒからアルにエドが託された事を意味しているんだろうなぁ、というのはなんとなく意識していたのだけど。
その手前、リヒが銃に倒れていくシーンの直後には、ノーアが立ち上がるシーンが来ているんですよね。あきらめないとか、何度でも立ち上がる生命力とか、そんなイメージなのかなぁ。
と、未だやっぱり発見はするところはあるなぁ。

同時上映の映画もちょっと気になったのだけど、シャンバラの余韻が消えるのがイヤで、とっとと席を立ちました。

さて、で。人の入りは、というと。
初回だからなのか第5回東京アニメアワードフィルムフェスティバルに流れたせいなのか分かりませんが。
ガラガラでした(笑)。

2桁いなかったんじゃない?
おかげで、余裕ぶっこいてセンターに座っても前に頭がいっこもない、この状況。
背のあまり高くない人間には非常に優しい上映となりました。
座席が互い違いになっていないので、ちょっと前の人がデカイと見づらそうな設備だし。

日曜でこれなら、29日も余裕かな?
休みの許可は貰えましたのでね、明日は1日映画館にこもりきりの模様。
お会いする予定の皆様方楽しみにしてますね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006/08/23

TOKYO ANIME AWARD FILM FESTIVAL

『TOKYO ANIME AWARD FILM FESTIVAL』の劇場版「鋼の錬金術師 シャンバラを征く者」の上映について。
今さらながらアニプレックスのメルマガが届きました。以下引用。

スペシャルゲストとして水島監督とストーリーエディター會川氏が登場&トーク(予定)
http://www.animecenter.jp/jp/tac_news/0026.html

へーそうなんだ、トークあるんだ……。畜生~っ、どうせ、いけないよ~だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「獣神演武」は元同人発表作なのか

次号のガンガンパワードにて荒川先生の連載スタート。
タイトルは「獣神演武」
三国志好きの先生らしいおっさん度満載な作品っぽい気がするんですが(笑)。
ということで検索してみたら面白いものがひっかかってきました。
獅子獣神演武
こ、これか! 昔描いていたという幻の、三国志パロディ同人誌ってのはっっっ!!
ということで。更に。
電脳山賊武漢堂(ほとんどリンク切れな事や、最終更新履歴からして現在の通販は行われていない模様です)。
獅子獣神演武画廊頁
獅子獣神演武のご案内

まったく同じ話になのかどうかは分からないけれど(あくまで小説は別の方で、荒川先生はイラストを担当されていただけ、なの……かな??)、でも同じキャラクターがいる事は確かな模様。
ホント、マッチョ率高そうだわぁ(笑)。

今月号には、ガンガンパワード連載中の「仕立屋工房」ドラマCD9月13日発売記念の宣伝用のCDがついていまして、こちらに朴さんが出演しています。
同じくガンガンパワード連載中の「Superior」のドラマCDは11月22日発売。こちらには理恵ちゃんが出演しています。
http://www.square-enix.co.jp/magazine/powered/special/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/08/22

劇場版鋼の錬金術師の米国公開

劇場版鋼の錬金術師の米国公開(8/18)
上映シアターの一覧はこんな感じ
1日だけ、とか2日だけ、とかかなり短期間の上映のようですが。しかも同じ日?
ずらせば、もっと人が入るんじゃないのかなって思ってしまうのは、狭い島国の感覚なのかしら?

日曜日はMさんとやっと花束の企画終了の祝杯をあげてました(笑)。
大阪アニフェス当日に、遠い空の下でオンリーイベントに行った後お会いして一緒にお昼食べて、その直後くらいにも祝杯あげましょって一度お会いしたのだけど。
飲む前には早いから先に食事して、って鋼の話をしていたら一杯も飲まないうちに終電逃してるし orz
てことで今回はリベンジ。
その後はなかなか予定が組めず、昨日になってやっとこさ目出度く祝杯。
1時半に新宿待ち合わせでcafe ELRIC(笑)でご飯食べて。気が付けば何故か6時。
河岸を変えてお酒飲んで閉店で追い出されればすでに9時。
さらに河岸を変えてマックで1時間しゃべって……。(^^ゞ
メッセージ集をお待ちの皆様方、ただ今、鋭意作成中だそうでございます。
全て手作りなのでちょっと時間がかかってますが、半分くらい作り終えたところなのだとか。
もうしばらくお待ちくださいませ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006/08/18

牛乳は有害?

牛乳:「有害」本が波紋 でもやっぱり「有益」は多数派
ttp://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060818k0000e040076000c.html
こんなんエドが知ったら、喜び勇んで薀蓄をたれそうだよなぁ、と思ったので載せてみました(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/08/11

感想は後日

さすがに明日早いのでBSアニメ夜話の感想は後日。実際の公開録画はもっと内容濃かったですよ。
無理にでも行って良かったなぁ。
まあ、自分で書くより有耶無耶の錬金術師・改さんの むしろ復習? いまさらBSアニメ夜話公開収録レポ その1など、かなり細かく書かれているので未放送部分をこちらを読まれて補完されるのもまたよろしいかと。

秋の新番組。朴さんも理恵ちゃんも、あまり今のところ入ってないっぽいですね。
今の持ち番組でいっぱいいっぱいだからかな?
乙女はお姉さまに恋してるアニメ化とあったのでゲームでは小鳥遊圭役で理恵ちゃんが出ていたから、出るかなぁ? と期待してたら声、違う人みたいですね。ちぇー。でもこれってもともと処女はお姉さまに恋してるって18禁ギャルゲーだったんだよねぇ? こっちは流石に理恵ちゃんも出てなかったみたいだけど。こういうのもアニメ化しちゃうんだ……。
声優の発表はされていないけれどアイドルマスターもアニメ化されるそうで。さすがにこっちは声優変わったりしないよね、と思っているので。期待かな?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/08/09

今日はBSアニメ夜話の放映日です

リアルタイムで観れないのでDVDの予約セットだけはしてきたのだけど。失敗してなければいいけどなぁ。
んで、なんとなく今日は何の日とか調べていたら。
うっかりしていたのだけど。長崎原爆の日だったのでした。
これが広島原爆の日だと、不謹慎ながら面白い偶然だったのだけれどね。
広島に落とされたのはウラニウム爆弾。長崎に落とされたのはプルトニウム爆弾なので。
まあ、夜話は劇場版スルーでしたけどね。観ていないゲストがいましたので。

因みににわか仕込みの史実ですが。

ドイツからアメリカへ亡命したアインシュタインは、ウラニウムについて新しいエネルギー源としての可能性を(原子爆弾の可能性も)進言する手紙を当時のアメリカ大統領ルーズベルトへ出しています。
この時点ではウラン研究への資金援助は見送られているのですが。
イギリスの科学者たちが原爆開発の可能性を見出した事がアメリカへも伝わり、結果2年後にはアメリカの原爆開発へと繋がる事になったそうです。
詳細はこちらをどうぞ。
これを悔やみアインシュタインは後に、イギリスの哲学者バートランド・ラッセル卿他科学者と共に、ラッセル-アインシュタイン宣言を提唱し、核兵器廃絶・科学技術の平和利用を訴えます。

ここに「ラッセル」なんて言葉が出てくるのがちょっと面白い。
だって、エドが偽名を名乗るとしたら一番ありえそうなのって、この名前なんじゃない?
ラッセル・トリンガム。
名前なんだから違うと言っちゃえばそれまでなんだけど。
二度も自分の名前を騙られたお返しに、今度は自分がラッセルを名乗ってやる、なんて思ったんじゃないかとか妄想したり(笑)。
さらに、1910年に生まれたアインシュタインの次男は20歳で精神分裂症を発症し、1933年アメリカ亡命直前に面会したきり二度と会っていないのですが、彼の名を「エドゥアルト」と言います。英語風に読めば勿論「エドワード」。
精神病を患うまでは豊かな才能を見込まれていたそうです。

アメリカに亡命したエド達と出会い、アインシュタインがエドに息子の面影を見、その頭脳に惚れこみ核兵器廃絶の意思に共感し、表舞台に出たがらないエドに偽名を名乗る事で納得させ、その際にエドが決めたのが「ラッセル」という名前だった。なんて妄想するとちょっと楽しい。

好きな偽名で署名すればいいよ、と渡された宣言書。
綴りの記憶に間違いがないか、ラッセル・トリンガムと下書きするエドの手元を覗くアル。
「………な、何だよ」
「……兄さん、実はまだ恨んでたんだ」
「い、いいじゃねぇかよ、2度もオレを騙ったんだぞ。今度はオレが名」
「こっちの世界にだって、あの2人がいるかもしれないんだよね。会った事もないのに迷惑かけるんだ?」
「………じゃあ、名前をドイツ風の綴りにするとか」
「………」
「………名前と苗字をひっくり返すとか」
「………」
「……・・・名前だけ、苗字に借ります」
「………まあ、それくらいならいいんじゃない? ボクとしては。この宣言を提唱するのはボクの兄さんですって胸を張って言いたいくらいなんだけどね」
「オレ達は住民権ないんだぜ? 表舞台に出て根堀葉堀探られるわけにはいかないさ。それに」
「それに?」
つと、アルから顔を背け書面に目を向けるエド。
「アルと一緒にいられる時間が減る」
「……それは確かに大問題かもね」
吹き出しそうになるのを堪えながら、エドがさらさらと署名する様子を見つめるアル。
「だから、お前の名前はフレッチャーで書いとくな」
「書くな、バカ兄!!」
なんて会話があったりなんかしてね(笑)。
これでOVAの子供篇にアインシュタインの写真が飾ってあれば完璧だったのになぁ。

因みに史実とまったく掛け離れているどころか、年齢もかみ合ってません(爆)。

それ以外にも、今日は「パーク(駐車)の日」だそうです。「パー(8)ク(9)」ってゴロ合わせ。
そういうオヤジ臭いの、理恵ちゃん好きそうだよなぁ、とか。
なんだよそれなら、朴さんの日でもOKじゃん。なんて思ってみたり(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/08/04

美味しい情報

かわ屋 別館 ちわさき亭さんに美味しい情報がいっぱいあったのでリンクっ。いつも情報ありがとうございます(ってココで言ってもね・笑)。

TV番組誌から「鋼」だけ。(BSアニメ夜話編)
各テレビガイドに掲載されている欄の画像を掲載されているんですが。
これが受ける(笑っ)。
原罪って、ただ単にホムンクルスが原罪の名前って以外に話あったけ?
やおいって、しょこたんがエド萌えで、包帯萌えな話か?
ほとんど実際の内容とかみ合っていないような気がするのは気のせいでしょうか?
わはは、どんな風に編集されてるのか、ごっつ楽しみだわ、こりゃ。

2007年 アニメ版カレンダー発売決定。
来年も出るのだそうですっ。来年は1タイプしかないそうで。
えーと、えーと、大きいお姉さんとしては、今年のAタイプ仕様みたいのだと嬉しいです(笑)。
大川さんのブログも必見。

夏休みアニメ映画特集。
東京国際アニメアワードフィルムフェスティバルには行けないのでしょんぼりだったんですが。
シネマヴェーラ渋谷でも上映するそうですよっ。
東急bunkamura前(松濤郵便局前)交差点を円山町方向に約50m だそうです。
上映時間は
8/27(sun) 12:10 14:55 17:40 20:25
8/29(tue) 12:10 15:20 18:30
詳しくはこちらを参照のこと。
スクリーン1つの142席とあり、他の作品と交互に入るようなので、入替え制っぽいかなぁ。
うーん、27日は最初の1・2回目だけでも観に行きたいなぁ。
んでもって、29日は会社を休んでいくべし(マ、マジ??)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「第61話 イシュヴァールの英雄」感想(ネタバレ)

今更ですが、ネタバレ感想です。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■キンブリーの思想
彼の思考回路は多分非常に単純なのだと思う。
いわば、錬金術オタクなのだろう。
自分の術が完璧なまでに上手く綺麗に決まれば、よしと拳を握りしめ、達成感を感じる。

変な対象にあげて申し訳ないが、同人誌を作る場合、多少なりとも犠牲にしているものはあるはず。
睡眠だったり食事だったりはまあ個人のレベルだけれど、友人との約束を反故にしたり、会社が忙しいと分かっていながら有給をとってしまったり。それでも本が出来上がって、感想なんか貰ったりすると、達成感、あるよねぇ。

キンブリーにとっちゃ、友人との約束を破るという事と、誰かを殺すという事が、同レベルなのだと思う。
となると賢者の石は、ユンケルか?(笑)とまあ、それはさておき。

60話の彼の「軍人としての覚悟が足りない」というご高説、「意思を貫く人間は好き」という人間らしい発想、61話での味方を自分の盾にし、破壊の限りを尽くす姿。
この矛盾に満ちた性格の根元がここにあると考えれば分かりやすくないか?

美しく錬金術を成功させる為には何をも犠牲に出来る。
その為なら人を殺す事も辞さない。その覚悟ならある。それが彼の誇り。
「意思を貫く人間は好き」。他意でも揶揄でもなく。
まさに自分がそうあろうとしているから出た言葉。
ただし、彼の場合はその上にこのカッコ書きが入るのだろう。
(例え誰をどのように犠牲にしようとも)意思を貫く人間が好き。

ということで。これって誰かに似てないか?
人の命を使った賢者の石を用いて元の身体に戻ろうとするならば。エドとアルの行き着く先は、キンブリーだ。

ただ、キンブリーとエドたちの違いははっきりしている。
そこに人がいるとわかっていながら殺せるキンブリーと、例え化け物であっても人の顔を見せられれば撃てないエド。

キンブリーの異常性はここにある。
ロイは軍人が戦う為の存在と知りながら、何故割り切れずにいたのか。
そこに人の顔があるからだ。
日本でも昔戦争があった頃、アメリカ兵を鬼畜米兵と言っていた。
相手を自分と同じ人間だと思ってしまったら殺せない。
だから、相手を化け物だと思わせる。
「相手は化け物だ、だから殺せる」そう言ったのは劇場版のエッカルトだ。
なのにキンブリーは違う。
人が人としてそこにいても簡単に殺せる。
「生きているうちに顔を拝んでおきたかった」
このセリフにゾクリとした。
分かり合えたかもしれないから、などという生易しい感情からではないだろう。
意思を貫き通す同志として会ってみたかったのだと思う。
そして相手を認めたその直後でさえ、キンブリーは容赦なく、虫けらのようにこの夫婦を殺せるのだ。

■錬金術
スカー兄がスカーに自分の腕を移植したのは人体錬成なのか?

マルコーが耕運機に挟まったおじさんの足を直したという話が8話にある。
切り落とされた足を付けたのか、骨や肉がぐちゃぐちゃな処を直したのかまでは分からないが。
とりあえず質量保存の法則さえ整っていれば、それは傷を治す行為であり、人体錬成ではないらしい。

さて。スカー兄の右手は破壊、左手は再構築である。
錬金術(右手)でスカーの腕を更にもう少し切り落とすなどして傷口を綺麗にする。
錬金術(右手)で兄の腕を切り落とす。
錬金術(左手)でその腕の太さや切り口をスカーの傷口に合わせる。
力技で引っ付ける。
という考えはいかがだろう?

実は、友人に、子供の頃耕運機だか脱穀機だかで指を切り落とされ奴がいる。
切り落とされた指を傷口にあて父親が病院に連れて行ったそうなのだが、縫うでもなくその指先をあてた状態で引っ付いてしまったらしい。
つまり術なんてなくても例え他人のものであっても、傷口が綺麗なら引っ付くんじゃないのか?
となれば、これは人体錬成には当たらないのではないかと思う。
スカーの右腕は包帯で巻かれている。
もし錬成したのならば包帯の必要はなく、綺麗に引っ付いているはずだろう。

■最後の1人
「何か言いたい事はあるか?」
もし、この老人が命乞いをしたとしても、ブラッドレイがそれを許さない事をロイも老人も知っている。
殲滅戦であるなら家族への遺言が託されることもない。
では、悔い改めよと? イシュヴァラの神を捨てた処で、それもまたブラッドレイが許すとは思えない。
だから。ロイのセリフを意訳するならこうなるのだろう。
「俺を罵倒してくれて構わない」それを受け止める心積もりはあると。
誰をとは言わずただ「恨みます」と返すその言葉と裏腹に老人の顔は「許す」とでも言っているようで。
青い、青いよ。ロイ。自分が殺す人間に情けをかけられてどうするっ。
でもそれが、ロイの理想論への礎のひとつになったんだろうな。

■イシュヴァールの英雄
戦争でいう「英雄」というとどうしても『銀英伝』が浮かぶ。
平時に人を1人殺せば殺人犯だが、戦時に人をたくさん殺せば英雄と言われる。
民間への情報操作として、負け戦には「英雄」が必要。
そんな理屈。
ロイの場合は違う。
人を殺したからではなく、兵士を生き伸びさせたから英雄というのがいいね。
多分軍部の人間しか知らない「英雄」だ。

■部下の選択
ここで初めて明かされるその選挙された理由。
通信技術に長けていたり、情報量の多さが人一倍だったり、頭が良かったり、体力に優れていたり、銃撃に秀でていたり。それぞれ軍人としての持ち味があるけれど。
それが本当の理由ではなかったと。
仲間や下の者に目を配れる者。
それが理由だったなんて、すでに散り散りにされることが決まったこの段階にきて、明かされているのが小憎たらしいっ(ファルマンのトコには何も書かれてないけど・笑)。
もし、これがロイが主人公の物語だったら多分、さあここから反撃に出るぞ、いくぞっっっていう感じに「東方の使者」の手前辺りで語られた物語だったろうなぁ。
「反撃ののろし」が失敗に終わり、チェックメイトを喰らう一歩手前のこの時点で描かれてしまうと、古い映画のワンシーンを観てるようでもの悲しい。
ここで語られる事にこれから先、きっと意味はあると思うのだけれどね。

■ネズミ算
いや、ちょっと嬉しかったので。これは番外で。
そうそう、こんな気持ちだったんだよなぁって。
ゴミはゴミなりの矜持で、莫迦にするな、と思ったから。
「理想とか綺麗事と言うが それを成しとげた時 それはただの”可能な事”に成り下がる」
そう。出来ればいいな、ではなく。まずは動こうよって思った。
「ペイ・フォワード」なんて理想論だと思ってる。
思ってるけど。でも赤の他人に対しては無理でも、自分にとって大切な人になら出来るはず。
無理はしなくていいから、自分が出来る事を出来る形でやればいいからそれを広めて欲しい。
そう言って広めたんだよなぁって。
え? 意味分かんない? まあいいじゃん。独り言です(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年7月 | トップページ | 2006年9月 »