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昨日はラストシャンバラでした。

やっぱり好きだなぁって思う。

身びいきでもなんでもなく、エドが「アル」と口にする時だけ声音が違う。
すごく優しいの。故郷を語るようなそんな懐かしさとか安らぎを伴った響きがある。
映画館の大音響だからこそはっきり分かる。
TV版の最終回に、「故郷へ」ではなく「アルの元へ」帰ると言ったエドに「まったくこのコわっ(^_^;)」と思ったものだけど。
エドにとっては本当に「アル=故郷=安らげる場所」なんだよね。
それだけで、うわぁぁぁっとなってしまったよ。

あと、実ははじめてリヒとアルの似ている箇所に気づきまして。
髪の色も、目の色も、声も、しゃべり方も、考え方も、全然違う。似ていなくて当たり前。まったく別の人間なんだから。だけど、どこか魂の根っこだけは同じなんだ。そう思ってた。
リヒの中にもアルの中にも「アルフォンス」という名前の同じ魂があって、そこから違った人格が出来上がっている。
だから、リヒがエドをロケットに乗せ「僕はここにいる」といった時、アルのCDの中の「ボクハココニイル」が蘇り、その時になって初めてリヒとアルの存在がが重なって見えた。なんだアルはちゃんとここにもいたんだ。そんな風に思った。
ところがね。
「運がいいね エドワードさんは」の後、「しっ」って口に手を当てて様子を伺うシーン。
このシーンのリヒが妙に可愛いく見えて、何でかなぁと思っていたのだけど。アルにそっくりだったのだと初めて昨日気がつきましたわ(爆)。
ヨック島で敵に襲われて隠れた時に、ちょうどアルがそんな仕草をしてたよね。あのアルにそっくり。
アルとリヒは全然別人だと思っている。けど。ちゃんと似ている処もあったんだねぇ。

さらに。今回思った事。以下長いです(笑)。
アルの罪は明らか。ラースに後押しされたとは言え、自ら門を開ける練成をした事。
でもエドの罪は軽いと思っていた。
行く気はないと言っているのにホーエンハイムとリヒがエドの背中を押し、ほぼ無理矢理門の向こうに追いやられた。
だからエドの罪はレバーを最速にした事だけ。確かに引き返そうと思えば引き返せたけれど、あの状況でそれを強いるのは無理だと言えるし。
でも。

エド自身からしてみれば違ったのかもしれない。

アルがあんな形で、エドを取り戻そうとしたのは4年間の記憶がないからだ。
あの地下都市の意味も知らず、エドが49話で語ったような、戦争の起こる意味も知らず。
エドと旅した4年間で知った大切な事を全て忘れ、母親を練成しようとした頃の心のまま、ただ無邪気に兄さんが側にいる事を望んだ。
それは、アルの記憶を不完全な状態で練成してしまった自分に責任がある。

エドならそう思うんじゃないだろうか?

鎧に魂を定着してしまった時と同じだ。
またしても自分のエゴで、不完全な身体をアルに与え生を強いてしまったのではないかと。
ならば、アルの罪は、自分の罪。

エドならそう思うんじゃないだろうか?
そう思ったら。

あまり好きじゃなかった「例え望んでいなくても~」のエドのセリフが気にならなくなった。
これは語らず絵で見せるべきものじゃないのか?(その辺りの回答はアニメ夜話で會川さんが言ってましたけどね)と思っていたし、TV版の「軍属になってみたけれど~」のセリフと内容が被っているから。
もうそれは、3年前にエドは知っていたはず。何故そこでまた言う必要があるの? と思っていた。
けど違う。

あれは3年前から知っているエドだからこそ言えるセリフ。
4年間の記憶を無くしてしまったアルに、噛んで含んで教えてやるのが自分の役目だとエドは思ったんじゃないだろうか?
アルの記憶がないのは自分のせいだから。
自分との4年間を忘れてしまった事よりも、アルが自ら体験して掴んだ大切な事を全て忘れてしまった事こそを悲しむ、エドはそういう子だ。
もしアルの罪をを詰る人がいれば、例えイズミ相手であっても、アルを全身で庇い、自分こそが悪いのだと頭を下げて回るだろう。
アルの罪は自分の罪だ。
アルが自分を連れ戻す為に起こしたのなら自分も同罪。

だからその贖罪として、自分は幸福になってはいけないと、アルとの別離を一度は選んだ。そんな風にも受け取れる。
「兄さんが行く必要ないだろ」と言うアルのセリフの身勝手な無邪気さと、上から小さな子供を諭すように言うエド。
昔のアルがそのまま成長していれば、きっと、アルもエドもこんな言い方をしない。
そんなアルが可哀想で、アルの罪は全部自分が引き受けるべきだと、エドは勝手に思ってしまったのかもしれない。
アルの気持ちなんてお構いなしに。そんな処までホーエンハイムにそっくりだ。

錬金術世界を捨てる事で、アルは記憶を取り戻した。それも等価交換だけれど。
エドもまた、錬金術世界を捨て自分の罪もアルの罪を全て背負う事で、その代償として、アルの記憶が戻りエドの罪は半分を許され、アルの側にいる事が許された。そこにも等価交換がある。そんな風にも受け取れる。

監督や會川さんがこんな解釈を考えて書いたとは思っていないけれど。
エドもアルも色んな罪を背負ってきた子たちだから、こんな風に何かから許された存在になれたのならいいなと思えた。

まだまだいろんな見方が出来るんだなと思ったら、これが最後の上映な事が悔しかったり。最後の最後にまた新しい見方が発見できて嬉しかったり。
この映画に出会えた事が本当に本当に、幸せに思えて。
そこにスタッフもキャストもいなくても構わないからスタンディングオベーションしたいような、号泣したいような、自分でもわからないくらい胸がいっぱいいっぱいのラストシャンバラでした(^^ゞ

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コメント

りほさま、初めてコメントさせていただきます。
由宇です。

リヒの「しっ」て!
そうですよね、かわいいですよね!
何度も観て、何度もそう思っていたのに観終わって感想を書くといつも「僕は夢じゃない」ってのが前面に出てしまって。
いつも書きそびれてしまい、今回りほさんが書かれてて「おおお!そうだ、あのシーン大好き!」
あのシーン、なんだか秘密にしていた企み事が成功してうれしそうな子どもみたいで。それがまた切なくて。

ところで29日、お会いできて感動でした。握手してもらうのを完全に忘れててまた機会がございましたらよろしくお願いします!
これからもブログ楽しみにしております。がんばってください!

由宇さま コメントありがとうございます。
そうそう。可愛いんですよね。本人は真剣なんだけど妙に仕草も表情も子供っぽくて。

私も由宇さまにお目にかかれて嬉しかったです。
いつもこっそりブログを覗いてましたもの。
握手ですか? ななな、何もご利益なんてないと思いますけどぉぉぉ。
それでもよければこちらこそ喜んで(^^♪
また遊んでやってくださいね。是非今度は、もっと突っ込んだ遼当の話でも(爆)。

こちらでは初めまして。

先日の29日は楽しかったですね♪
・・・が、ほとんどお話出来ず本当に残念です;
「あの席」(笑)にせっかく兄弟スキーの方が
いらしたというのに・・・!!!


いつかまたお会い出来ました折には、
是非是非「兄弟」のお話をして下さいませ。

重ねてこちらにも失礼いたします。
りほ様とラストシャンバラをご一緒させて頂きまして、とても嬉しいです。
『赤い花束企画』の中心となってご活動いただきまして、本当にありがとうございました。心からの感謝をお伝え致します。
最終上映後のロビーにて、りほ様ともみじ様おふたりの佇まいが素敵でした!

こちらの記事に於いても、言葉で映画をいつくしんでいる様な感じをうけました。中でも、リヒとアルについての注目点がすごい。
アルフォンス·ハイデリヒというキャラクターの下支えに、これだけの細やかな仕込みが準備されていたんですね。
シナリオは省略が上手くて、映画に凝縮感があるから、まだまだあらためての発見がねむっていそうですし、白昼夢入り込む隙間も‥ありそうです;
シャンバラに至る路は容易じゃない(笑)

それではどうぞこれからも、素敵なコンテンツをあげて下さいませw
楽しみに来訪させていただきます!〟

>あやさま

はじめまして
あやさんの事はイベント会場やご本で一方的に存じ上げていただけに
お会い出来て嬉しかったです。
もうちょっと終電時間が遅ければお話する時間もとれたのに……残念です。
「あの席」ではやはり少数派なんですね(笑)。
前回参加された方のレポですと、兄弟スキーの方もいらした様子でしたので参加してみたのですが。
やはり、リヒ強し。
ええ。またの機会がありましたら是非その時は「兄弟」話にお付き合いくださいね。

>宙さま

こちらこそお付き合いいただきありがとうございました。
>シャンバラに至る路は容易じゃない(笑)
いやまさに(笑)
まだまだ見た数だけ新しい発見が出来そうですが。
普段PSPやテレビ画面で見ていて見入る事はあっても、もう泣くほどクるものなんてないんですけどね。
やはりあの大画面にあの音響というのが大事なんだろうな、と。
映画と意識しないで作っても自然と映画になると言われた、と水島監督が何かの折におっしゃっていましたが。
本当に映画仕様に仕上がっているからこそなんでしょうね。
出来ることならあと10回くらい映画館で観たいものです。まだまだ全然見たりないですよぉ。

神のお導きか必然か、否、あの狭い映画館でお会いできない方がおかしいんですけど(笑)お会いできてよかったです。

アルの罪・・・そうですね、
私、あの映画はアルもエドも「自分で運命を選び取る」のがたまらなく好きなんです。あんなに流されやすいせっぱつまった状況にいながら。
自分で選び取った運命だから、清も濁も罪も罰も全部引き受ける。覚悟を決めてエンヴィーを練成するために走っていくアルが映画のアルの中では一番好きです。
だからアルはエドの言葉にすぐ立ち上がり、エドに別れを告げられた時も瞬時にエドと未知の世界で生きていくことを選べだのだと思います。
よい映画だとは思いませんが、何度見てもぐっときます。

宙さま・・・あれは佇まいではなく正しくは「錯乱中」というのではないでしょうか。日本語間違ってます(笑)
あえていえば、自分もやられてるのにもみじの仕打ちに耐えていた「りほさんの」佇まいはとても美しかったのです。
宙さまのあたたかい手、忘れません。
3回見て感受性の本体どころかストックまで使い切り、抜け殻状態で対応してしまって、後悔ばかりです。

こちらにて、もみじ様へのご連絡はいけないコトと存じつつ‥。
「自分で運命を選び取る」のお話は、嗚呼まさに!!‥と感じます。
ラストシーンはだからこそ、あの兄の言葉と思う。

赤い花束企画のメッセージ集は、りほ様のご厚意にて大切に拝見させて頂きました。
シークレット仕様と伺いましたので外の方を‥、装丁のうす紙重ねやモチーフのあしらいなど、すごく素敵で拝見できて嬉しかったです。
祝杯のスタート(笑)は、cafe ELRICだったのですね!〟
お店のご家族に、マンガキャラクター関連客がバレてることが‥先日判明しました;
またぜひ映画館にて、ご一緒できたら嬉しいですね!~日本語精進します(笑〟

>もみじさま
へへへ、お会いできて良かったです。

あのシーンは、エンヴィーを錬成する時手を当てたあと少し頭を下げるアルが好きです。
「ごめんなさい」と謝っているようでもあり。
自分がこれから殺してしまうエンヴィーとグラトニーを正面から見据える事が出来ずうつむいたようでもあり。
清濁合わせ飲みながらも、スレることなく、何が人として正しくて何が人としていけない事なのかきちんとわかっている。
アルはこの3年間、周りの人に本当に愛されて育ったんだなぁと思う。
でもそれでも、いけないことだとわかっていながら、護りたいもの、取り戻したいものがあるから動いてしまう。
そんなアルが愛しいです。
えっと佇まいっていうと、町並みとか庭とかが綺麗な様子ですか?(爆)

>宙さま
とりあえず、管理人が置いてきぼりにならない内容なら、別に他の方へのコメント返しはOKですよ♪

きゃ~~〟「ラース」だよぉ;
佇まいは‥‥「生きざま」です!!(真剣です!笑〟

>きゃ~~〟「ラース」だよぉ;
あ、本当だぁ、間違えてますね(笑)。失礼致しました。
いや、真剣にならなくていいです(笑)

いえ、もともと間違えたのは私です。
いや~ん。全然気付きませんでした(>_<)

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