« ガンガン2008年08月号 鋼の錬金術師第85話「空の箱」ネタバレ感想 | トップページ | エンヴィーについて考えてみた(『ガンガン2008年07月号』ネタバレ) »

ユリイカ6月号 感想

ユリイカ、やっと感想が書けます。
もう発売された当初にあらかたは書き上げていたんですが。
そこから推敲する時間がとれず…。ってのはいつものパターンで。
未だに書きかけの考察記事が色々あったりするんですが。まずはユリイカから。
 
 
あらかじめ断っておきますが、結構毒舌です。
あのインタビューアの藤本さんを気にいっている方は読まない方がいいかも?
とか思うくらいです。
あ、牛様についてもちょっと突付いてます。
そんな内容で良ければ、ずずずっとお進み下さい。
 
  
  
 
 
    
 
 
「少女マンガの絵柄じゃないのは明らかだったんでそっちはズバッと切って」
いやいや、絵柄はそこそこ少女マンガでもいけると思うんですよ。
どちらかというと、少女マンガ的ストーリーが描けるか否かの方に問題が(笑)
腐女子的、微妙な人間関係の綾には興味がないことを言葉選んで言ってますけど。
 
デビュー前の某日記では、呉の孫策×周瑜を「バリューセット」(お決まりの組み合わせ・お手軽・みんな利用している。) と言い切ってましたからねぇ。
そもそも腐女子思考なら、他人のカップリングを否定しないっていう、三次元における人間関係の綾を考えるもんじゃね?(笑)
腐女子思考に興味がないというより、理解出来ない、の部類なのではないかと。
 
この日記「荒川弘」を知る前に読んでいたら、絶対カチンと来てましたよ。
ええ、すみません。私がまさにその孫策×周瑜好きでしたけど。何か?(正確には周瑜×孫策だけど)
 
 
今までに聞いた事の無かったエピソードとしては、車で事故った話くらいでしょうか?
あと、ページ単位で起承転結を作るというのは初耳でしたね。
あれはちょっとびっくり。
折りしも紙面上に紹介されていた「STRAY DOG」の冒頭がまさにその通りの作りになってるし。
『久美沙織の新人賞の獲り方教えます』とか栗本薫の『小説道場』なんて昔は読んだものだけど。そんな書き方は一度も読んだ事ないなぁ。小説では使えない技なのかしら?
 
 
それとコレは笑っちゃいけないのかしら。
昔、「ぱふ」だったかのインタビューで、少年漫画にしては大人が多く登場するのは。
「大人はいつだって子供を見ているからね。安心していいんだよ」と言いたいから、というように答えていたのに。
今回は「もっと大人頑張れよ」に変わってる(笑)
大人が子供に対する惨憺たる仕打ちが世に溢れすぎて「これは根本的に大人を叩き直さなきゃ、そんな事言えんだろ」と思うようになったのかしら? とか思ってしまいましたよ。
  
 
あと、1話の1頁目カラーのエドの足の切断面について。
編集長の英断ですね。
初読みの時、きっちり確認した記憶があるもの。
「へー、ちゃんと描く人なんだ」って思った記憶があるもの。
別に「おお、すごいっ」とも「気持ち悪っ…」とも思わなかったけど。
多分、ごまかして描いてあったらそこでもう「けっ」と鼻で笑っただろうな。
 
私は描いてあってこそ、当たり前って感覚だったから。
あ。コミックスが初読だったので「これ、カラーで見たかったな」って確か思った。
血の色とか、どのくらいリアルに描いてあるのか、多分気になったんだと思う。
(ほら、最近のアニメって血が黒いから・笑)
 
 
実を言うと、ニーナのシーンも、周りで騒がれたほどショッキングとは感じてませんでした。
ペットと家畜の違いって何? と書かれていたけれど。あれと同じようなもので。
デビルズネストのキメラに対してはこれほど騒がれていないですよね。
肉親だからこそとか、幼い子供にという違うがあるからというのは分かるのだけど。
彼らを見た時と同程度にしか感じなかったのは。
アニメやSF、ホラーで見慣れていたからかなぁ。
 
そのせいか。
「ニーナが殴られるお父さんを見て、泣いたりしないで淡々と見ているところとか鳥肌物で」
これが理解出来ない。
まず、「泣く」って。これ意図的に使ってる? 
「鳴く」もしくは「啼く」ではなく?(いや親父ギャグはどーでもいいから)
 
そう思うのならもっとそこを突っ込んで欲しい。
つまりインタビューアは、ニーナが己を嘆いているべきとしているのか、父親をかばいエドから守るべきとみているのかを。
 
私は単純に、ニーナが状況を理解していないだけだと思っていますけど。
ニーナの母親が「死にたい」と言い自分の身を嘆き無言で夫を責めたのに対し、自分の身に何が起きたのか理解出来ないからこそ無邪気に「遊ぼう」と言う処に悲劇があるのだと思うし。
 
これが等価交換に繋がるというのも……本当かな?
しかも等価じゃないって自分でも言っちゃってるし(笑)。意味わかんないよ。
(ならもっと等価交換として成立しているエピソードを題材にするとか、逆にこのエピソードが重要なら等価交換とは切り離して話を進めるとか、方法はあったろうに)
 
過ぎる力は何をも得ないとか。人の欲に天井がないとか。
所詮、エド達のやったこと、やろうとしていることは、決して正しい事ではない、とか。
そういう大前提の提示をしていると私は思っていたんだけどなぁ。
 
これに対しスカーはキメラとなったニーナを殺した。
これは罪は購われないのか? というような事を書かれたブログさまがあったと記憶しているのだけど。
私は、購うべき必要を感じていない。
 
例えば、牛や馬が母胎で成長しきらず産まれてしまい、自力で立ち上がれなかった場合は殺すしかない。
自分で母乳を吸えないと生きていけないから。
家畜が乳を吸う度に抱えあげるなんて物理的に不可能だから。
   
自分の力で生きる事の出来ないものの一生を面倒見る覚悟があり、尚且つ物理的に可能でないのならば、そんな同情に意味はないのだから。
 
あとになってエドとアルがスカーと対決した時に、ニーナを生き延びさせた処で幸福に出来ない事を分かっていながらその思考を避けていた事に気づいている。
 
あれは安楽死のようなものだと思っている。
その決定権がスカーにあったのか? といえば「NO」だけれど。
では、ニーナが自分の意志で生死を選べるようになるまで成長するのを待てというのか?
わざわざ彼女に絶望的な一生が待っている事を教える必要があるというのか?
そして一生を実験体として過ごせと?
 
スカーはニーナを殺した。けれどそれはきっと。
誰かが背負わなければいけなかったものを肩代わりしたに過ぎないと思っている。
 
つまり、エド達の行動は全て正しいのか、スカーの行動は全て正しくないのか?
それを知らしめているのだと思っている。
 
そしてもうひとつ。
ならば自分1人で生きられないものは助けてはいけないのか?
そのアンチテーゼとして、パニーニャは存在している。
本当は死ぬしか無かった命に、他人が機械鎧を与えることで生きる方法を与えた。
 
手を差し伸べるなとは言っていない。
自分に何が出来るか見極める目を持てと言っている。私はそう受け止めている。
そこに等価交換は関係ないんじゃないかな?
  
  
ちょい話がそれました。
  
 
自分探しに「けっ」っていうのはまさに私もそんな感じ。
受けた受けた。
「ここにいるのは本当の自分じゃない」とか。
「みんな本当の自分を分かってくれない」とか。
「自分はやろうと思えばいつだって出来る子」とか。
だけど、「本当じゃない自分」にしか外からは見えない、そんな部分もひっくるめて自分なんじゃねぇの? とか思うし。
 
旅に出て、人に触れ合うことでお安く自分が見つかるなら。
そこに今立っている自分に対しても、その自分に対してくれている周りの人にも失礼だろ。
ってそれは劇場版エドか(爆)。
  
あれ? 牛様はやっぱり、劇場版エドの事は「けっ」とか思ってるのかしら。
と思ってみたり(笑)。
  
色々な意味で面白かったです。
 
 
さて。ここまでは序盤戦。
何ていうか色々こう……すみません。
単純に私が疑り深いとか、頭悪いとか、腹黒いだけなんだよなきっと。うん。
  
ここからさらに藤本パッシングひどくなっております。
ここまででダメだった方はやめておいた方がいいかも。
   
 
 
 
  
 
 
 
 
インタビュー記事って、言っている事がそのまま掲載されることってまずないです。
前後関係ぐしゃぐしゃにするし、全然違うタイミングで話した2つの文章を無理やりひとつの文章にされていたり。
「こんな事は言ってない」となる事があるのが当たり前。
 
相手の言った言葉が一度脳内に入って、自分の経験則からきっとこう言いたいのだろう、と足りない言葉が補完され、変換され、さらに、話の流れが上から下へ流れるように入れ替えられ。話題が二転三転したり、行ったり戻ったりした場合も調整を加えられるし。
 
昔一度、実際に聴講したある座談会が雑誌掲載されたものを読んだ時。
嘘は無くとも読者を誤認させる書き方がされているし、まったく違う趣旨で行われたはずの座談会とパネルディスカッションがあたかもひとつの座談会で語られたもののように書かれていたりと、あきれ果て。
 
本人が筆をとった文面以外は信用すべきではないのだなと、ひしひしと感じたものなんですが。
 
そう思ってみてみても、今までのインタビューと比べて、どうにも牛様の受け答えに、不要な色が付けられているように読めるんですよ。何かいろいろいじられているような気がしてしまう。
 
 
藤本さんが牛様を褒め称える → それでつい牛様が鼻高々に詳細を語っている
その繰り返し。
なんだかそんな風に読めてしまう。
  
いやー、こんなんいつもの牛様じゃなーい。と思った事が何度か。
そしてその行間からは。
ほらほら、私はこーんなに話を聞きだすのが上手いのよーーーと聞こえるようで。
 
妄想ですか? 妄想かな。別にそれでもいいんですが。
例えば。
 
 
合理的ってそういう話?
ゲーム封印って、普通にしません?
相手に迷惑がかかるけれど切り捨てなければいけないものを切り捨てる。
エピソードとして語られていた事故の話とかね。それなら分かるんですよ。
 
でもゲームを封印して合理的って、あんた。(-_-;)
「仕事一本に絞る為にゲームを封印しました」なんて言われて「すごい合理的だっ」なんて、ホントのホントのホントに思いました???
   
時間が無いから睡眠時間を削るとか、食事1回に減らすとか、それと大差なくないですか?
すごく矮小な人格に見えてしまう。
  
誰とは言いませんが某S撰組ネタを描いている方の巻末マンガが「すごく大変だったけど、こんなに沢山資料調べて描いています。すごく難しい。何回も投げ出そうと思ったけど頑張ってます。しかもこれは私の立てた新説です(S撰組ファンの間では通説)。そんなことが言えるぐらい頑張って勉強しました。」な苦労自慢コーナーと化していて、うんざりして買うのを辞めた事があるんですけど。
そんな過去の古傷(笑)を思い出してしまってなんだかねぇ(いかんいかん、当時の鬱憤が……つい熱く語ってしまったわ)。
  
時間がなくて、入院したお祖母さんの病室で看病しながら投稿原稿を描いていた人が、まじめに言うかな? マンガ一本に絞る為に、私はゲームを封印しました、なんて。
ギャグとして語ったはずのものが、大真面目な語りとして掲載されているとかじゃない?
 
 
そして最たる部分がここ。
  
「ただ主人公が壁や床から物をぶわっと出せたら面白いだろうなと思ったんです。(中略)そこで主人公のビジュアルイメージが一気に固まった。」
の文に、やっぱり。牛様は先にエピソードありきなんだなぁ。うんうん。と納得しながら読み進んでいたら。
  
「荒川先生はまずキャラクターありきなんですね。」
  
はぁ???????????
そんな事ぁ一言も言ってねぇよ……。
まず先にエピソードがあって。そこに必要となるキャラクターを配置している。
そう言ってるじゃん。
 
「要はこれこれこういう事ですね」と言いながら全然それが前述のまとめになっていない。
いいのか? そんなインタビューで。
 
「七つの大罪組についてはそうですね。」
この台詞の後ろに「(苦笑)」が見えるのは私の気のせいでしょうか?
  
 
他にも。
「荒川さんの女性キャラは芯が通っていて、ちゃんと生きている感じがするんですけど、一般的な少年マンガだと、(中略)「女の子」という記号を出しているだけというものが多い気がします。」
 
これ質問じゃないですよね? 単なるインタビューアの感想ですよねぇ?
こんな言葉を投げて、何を荒川弘から引き出したかったんだ?
  
まさか、そこで「そうですよね。私もそう思います」とは、思っていたって言えるわけないじゃん。
そもそも他のマンガ家さんに失礼。
 
そんな、答えを誘導するような質問に、紙面を割かずとも他にすべき質問はいくらでもあるのでは?
 
なんだか、そんな感じで。
私にとっては、非常に信用がおけない記事なんですが。
 
……いかがなもんでございましょ?

« ガンガン2008年08月号 鋼の錬金術師第85話「空の箱」ネタバレ感想 | トップページ | エンヴィーについて考えてみた(『ガンガン2008年07月号』ネタバレ) »

コメント

りほ様こんにちは!
にやにやしながら読みました(笑)
会話、噛み合ってないよね(笑)。ニーナんとこと女性が少年マンガを~のあたりは気付いたけど、キャラんとこはりほ様の指摘で読み返したら、あらホント。
インタビュアーの個人的感想が入るのは、私はむしろ面白い。それに記者のインタビューじゃなくて、藤本由香里という評論家(ユリイカ側のヒト)が、荒川弘に話を聞く、だからさ。
んで、やっぱ藤本氏は少女マンガをフィールドにしてる人だなあって思いました。ほら、男性が少女マンガを評すると、本人分かってるつもりでも、そんでそれなりにがんばって分かろうとしてるのも伝わるけど、やっぱちょっとズレてるじゃない?あれと似たような感じで。
ゲームのエピは素直に読んだな。そういうの捨てられない弱い人(含む私・含む藤本氏)にとってはスゲーと思うし、つまり藤本さんはスゲーと思ったわけで。
私はむしろ、藤本さんが自分の発言に「普通の女性」って言葉を載せてんのが意外だった。ジェンダー論者って「普通」って言葉使ったら負けとか思ってなくない?いやこれは偏った先入観か(笑)
私は、バイアスかかるのは当然で、それでも、荒川弘先生がどんな人物か、は伝わる記事だったと思うよ。会話のキャッチボールが少々逸れたところで、荒川先生の投げるボールが重くて早いストレートであることは変わらないもの。
やーごめん、また長いコメを。レス無しでいいですんで、流してください・・・;
りほ様の鋭い感想、すっごい面白かったです!!

歌猫さま レスありがとうございます。
長くても全然OKですよ~。
ただし、私のレスも長くなりますが(笑)
  
ホント牛さまと藤本さんの会話の噛み合わなさがなんともですよねぇ(笑)
 
私は、個人的感想をいれたければ、インタビューではなく対談にすればよかったんじゃね? と思うんです。
自分の意見をただ言っている(質問に繋げていない)なら、そりゃ「聞き手」ではなく「語り手」です。
いっそ討論まで持っていってくれたら楽しんで読めたんじゃないかと。
 
私が普段読むインタビュー記事といったら、インタビューアはライターと評論家半々です。ただしインタビューイは小説家ですが(笑)。
で、そんなインタビュー記事を読んできた私の印象として、ですけど。
ライターの質問は作品を読んでいなくても出来る質問。
評論家の質問は作品どころかそのジャンルに精通していないと、作品ファン程度では思いもよらない質問。
そのあたりに違いが出てくると思っています。
 
だから、評論家のインタビューの方が本来好きなんです、私としても。
 
話題がその作品だけに留まらず、作者の他作品との比較や、作品群との比較、ジャンル全体から見たその作品の立ち居地や、歴史的意味。何かのオマージュやリスペクトではないかという感想・意見。
デビュー以前の執筆活動なんて知っていて当たり前、昔どこかで作者がインタビューに答えていた事を引っ張り出して作品につなげる手腕。
 
その引き出しの多さこそが評論家であり、読者では気が付く事の出来なかった違った角度から再読する楽しさを教えてくれる。
 
そこが私にとって、評論家インタビューの楽しい処なんですが。
藤本さんは評論家とはいえジャンルが違うせいか、引き出しが読者とあまり変わらない。というかこのインタビューには用の無い引き出しを開いてみせている。
 
私が敬愛する某ミステリ作家(隠す意味があるのか?・笑)がエッセイの中で「評論は小説の前に立たない。立てないのだから」と書いているのですが。
それをやっている感があるんです。
(評論家の千/野/帽/子/さんが、そんなカースト制度に意味あるかボケ!、的な発言をしていたりもするんですが それはさておき)
 
例えて言うなら。
料理すべき目の前の素材が豚肉なのに「肉はやっぱり生が美味いよね」と言っているような?(笑)
 
確かに間違った事は言っていない。牛や鳥ならそれも美味しいです。
でも。生で食べられない豚肉を見ながらそれを言っちゃまずいですよね。
 
「言いたい事」を用意してインタビューに臨んだら、予想と違うレスポンスに応対仕切れず「言いたい事」をそのまま言ってしまいちぐはぐになってしまったか。
あるいは。
自分の「言いたい事」がまずあり、作品や作者はそれを言う為の媒介としか見ていないからそんな受け答えになったのか。
それとも全然違う理由があるのか。
その辺りは分かりませんが。一言でいうと。
 
我が強いなぁと。
 
この方にとって「聞き手」役は辛いんじゃないかな。
 
  
ゲームについて。
私がやらないからってのはありますけど。
私の場合、負けん気が強過ぎな己れの性格を顧みて、勝つまで寝ても覚めてもやり続けるだろうなぁと、分かっているからハナから手を出していないんです(笑)。
 
なら。
歌猫さまや、藤本さんが棄てずにすんでいるのは、仕事と両立出来る自信があるからじゃないのかな?
お金を貰う以上、ゲームをやっていて原稿落としましたは言えない。出来が悪いです、は許されない。
それを出来る自信が無いなら棄てるしかない。
 
ようは、私は仕事と遊びを両立出来ない誘惑に弱い人間ですと、牛さまは暴露しているわけで。
それを「合理的だ」と書かれるとどうもしっくり来ない。多分そんな風に感じたんだと思います。
 
 
「普通の女性」について
牛さまの「普通の主婦」「普通の女の子」という発言から出ただけで他意は無かったと思うんですが。もっと言葉を選べば良かったのにって感じかな。
 
なんて言いつつ、藤本さんがジェンダー論者としてどういう事を語っているのか読んだ事なかったのでここらへんとかここらへんをさくっと読みまして。
http://www.tinami.com/x/interview/10/
http://d.hatena.ne.jp/nodada/20080201/p1
ちょっといや~な事に気づいてしまいましたよ。
  
「リアルにファンタジーを押し付けてはいけない」と某雑誌で書かれていたそうなんですが。
上の、後者のリンク先ブログの方の私見では、藤本さんは「腐女子或いはボーイズラブ=ファンタジー」「ゲイ=リアル」を差して使われているようだ、という事なのですが。
これ、普段から使われている符牒なのかな?
だとしたら。
 
文筆時期が離れていないだけに、腹の底が見えるようで疑わしい。
もし偶然でも、まがりなりにも文筆家なら「李下の冠」ぐらい心得ていただきたいものです。
ホントなんでこんなタイトルつけたかなぁ。
   
「現実(リアル)を素材に夢(ファンタジー)を錬る」

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ユリイカ6月号 感想:

« ガンガン2008年08月号 鋼の錬金術師第85話「空の箱」ネタバレ感想 | トップページ | エンヴィーについて考えてみた(『ガンガン2008年07月号』ネタバレ) »