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鋼の錬金術師FA 第20話「墓前の父」感想 追加 ネタばれあり(原作ネタばれ含む)

20話でカットされた原作シーンに。
「ちゃんと墓…作りたい」というエドの台詞があり。
一瞬でも人間だった者を死なせてしまった罪をエドが背負うという流れがあった。
これによってエドが「人間」と定義する幅が広く、そうでないとアルを人間ではないと認めることになるからではないのか。というエドのパーソナリティがピナコによって語られていたのだけど。

もし、エドが「動いて自分を見た」ものを「人間」と認めるなら、23巻のあの人形達だって彼にとっては人間のはず。
なのにエドは、人形の足を切り落としたり、ロイが炎で焼き殺す様を、嫌悪感無く受け入れている。

結局、エドが「人間」と認識する幅の広さは、自分の回りに限られたものでしかなかったのか。
あるいは、話が進むにつれ発生してしまった単純な矛盾なのか。
おそらくそのどちらかだったのだと思う。

また、その為、原作では「母さんを殺していなかった」というアルの台詞には、なら母さんの生命でなければ殺してしまった事への罪を感じないのか? というエドとアルに温度差があった。


それを今回アニメでは、エドの台詞をカットし。ピナコのモノローグもカット。
あの錬成物の中にアルの魂が入っていたことから「誰の魂も傷つけていなかった」とするアルの台詞を追加し、エドとアルが錬成したものは、生命ですら無かったことを強調している。

だから「母さんを殺していなかった」の台詞に視聴者は素直に共感出来る。
入っていたのはアルの魂なのだから。あれは魂のない人形だった。
錬金術は命を生み出せない。


じゃあ。
墓を作りたいと望んだエドの理由「たった一瞬でも人間だった」のセリフがなく、実際に一瞬足りと人間ではなかった事を後で強調しているのに。
なら何故エドは墓を作ったのか。
もっと、即物的に言う。
台詞をカットしてなお、二人は「誰の魂も傷つけていなかった」としてなお、何故、エドと墓をじっくり映す必要があったのか。

答えがひょんな処から出てきた。

今読み差しのミステリなのだけど。
ある秘密を自分の大切な人にバラすと言われ、その人物を殺してしまったその告白のシーンにこんな文章がある。
「この話はこの場で葬ってしまう方がいい。墓石も建ってずに埋めてしまうべき真実もある」

墓を立てるっていうのは、つまりそういう事なんだ。

隠さないということ。
ここに自分の罪があるということ。それを明らかにするということ。
認めるということ。
ホーエンハイムに言われた事を受け入れそのうえで、もう一度。
逃げないと決めた。
自分達の罪を認めその上で尚。

2人で元の身体に戻る。

その覚悟がこの墓石なんだ。

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コメント

こんにちは。以前もコメント残したことがあるんです(嘘の鋼盤)。考察凄すぎて関心します。目からウロコでとても楽しく読ませていただきました(^^)FAはFAなりに解釈してちゃんとしてくれてるんですよね♪FA大好きです!

名無しさん、こんにちは
嘘の鋼盤ネタってことは、通りすがりさんかしら?
園場かぎりちゃん(Byゆうきまさみ)でもなんでもいいので、名前をいれていただけると、お呼びしやすいのですが。次回、よろしかったらご検討ください。

原作と同じストーリー展開のはずなのに解釈が変わるだけで、まるで新作を見ているみたいに次回の展開の想像がつかないなんて、すごい面白い作りですよね。
私もFA大好きですー。

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