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ガンガン2009年12月号 鋼の錬金術師第101話「五人目の人柱」ネタバレ感想

ネタばれ回避文です。
今月号で気がついたんだけど、「鋼の錬金術師」のロゴがFAと同じに変わった!!!
えええええ????? い、いつからだ??? と慌ててひっくり返したら。

先月号からでした。

100回を期に変えたのね。
FAにおもねるのねって書くと言葉が悪いけど、最後まで並走するぜっって感じなのかな。
まあ前回のロゴが下村氏が考えたって時点で思い入れが無くなってしまったので(ひどっっ)、私的にはどちらでもOKですが。

まさかコミックスの表紙まで変え……ない、よね。
さすがにそれは違和感だと思うぞ。

ということで。感想いきまーす。
 
 
 
・まあ、分かっていたけどね。今月も生き延びると思ったよ、大総統。うん。先月に引き続き引っ張るよね。
ところで。最速のスロウスと、最強の目のラースと。
速さを武器にするという点で被っているにも関わらずこうも違いが出るっていうのが。
うーん、やっぱりホムンクルスと人間の違いって思いたいな。
生きたいと切望する心は、人間のものだと思いたいというか。。
スロウスがその怠惰ゆえに、簡単に生を放棄したのと真逆に、大総統はどこまでも生き汚く生に縋る。
結局生きるのに必要なのは、人より優れた能力ではなく、手持ちのものでどう凌ぎ粘れるか(そういえば、そんな話を、ゆうきまさみさんとの対談でしてたなぁ)。
左目は優れた能力じゃないとは言わないけど。
どんなに目が良くても身体がそれについていけなければなんにもならない。
結局。
「ただの人間」の肉体を鍛えあげなければ、その能力は持ち腐れになる。
そして、持ち腐れにしたのがスロウス。
逆に、そこまで高めようとしないのが人間。
人間であり、ホムンクルスであるラースには、どちらがより愚かに見えているんだろう?
 
そういえば。FAの「イシュヴァール殲滅戦」のローグ・ロウとの会談で、自分には神の鉄鎚などくだっていないじゃないかと、言うあのシーンを観て思った事がある。原作初読の時も思った事なんだけど。それは。
キング・ブラッドレイは誰かに裁かれたいのだろうか? って事。
彼の最期はそんな結末だったりするんだろうか?
 
 
 
・表紙にだまされた!!!
ええ、ええ。今までだって主人公カラー表紙だけかよって回は山のようにあったけどさ。
あったけどさ。
今回だけは、イラストがイラストなだけに期待しちゃったじゃないかあぁぁぁ。
まあ、そりゃそうだよね。5人揃ったと思ったら実は……と持って行くのであれば、アルはロイの話が終わった後になるのは当たり前なわけで……。
分かってる、わかってるけどさぁぁぁぁ。
この盛り上がった期待をどうしてくれるっ。
 
というわけで、アルの出番はいっさい無し。しょんぼり。
 
 
  
・「奴が笑って逝ったのなら我らが泣くわけにはいかん」
いいシーンなんだとは思う。いいシーンだとは思うんだけど。
逝ったのはバッカニアだけじゃないでしょ?
「バッカニア大尉が部下数名とともに」って言ってるでしょ?
バッカニアだけかよ。バッカニアだけがあんたの部下じゃないのに。
バッカニアの死だけ悼むんかい。
 
あー。もともとオリヴィエってそういう人だっけ。
自宅も、家族は海外に逃がしたけど。
使用人に暇は出すシーンが無かったのがすごい違和感だったんだ。
結構そういうところ露骨なのよね。
自分にとって価値のある人間しか興味がない。
ホント弱肉強食だよなぁ。ある意味分かり易い。
 
そういう影の残酷さを描きたかったのならこれで善しなのだけど。
そうじゃないなら。
通信兵のセリフから「部下数名」を削除して欲しいよ。
素直にバッカニアの死を悲しめなかった。
 
 
 
・「なんと賢者の石まで持っている」
それが切り札か。
前回の感想に、リザが死んだらロイは人体錬成をしないに決まってる。こいつの行動原理が分からん、的な事を書いたのだけど。つまりこいうわけか。
 
リザは放っておけば失血死する。
自分は錬金術が使える医者で、賢者の石も持っている。
ならば。ロイがどんなに逆上しても、リザが死ぬまでの間は、リザの治療の為、自分が殺されることはない。
そして、真理の扉を開いても、人体錬成でリザをよみがえらせることは出来ないから、ロイはリザが死ぬ前に答えを出さざるを得ない。
 
ここまではいいんだけどね(いや、よくないが)。
 
つまり、こいつ、賢者の石を持っていたにもかかわらず。
エド達の真理の扉を開くのには敢えて賢者の石を使わず、大総統候補の魂を使ったってわけかよ。
捨て駒どころか、単なる通行料?
えげつね。
 
 
 
・p100の3コマ目までの繋ぎが面白いな。
リザの目線が上を向き、ロイが「何か」上にある事に気づく。
そして3コマ目。これはロイの視線だ。
スカーにリザの合図に気づいたか、リザの気づいた「何か」が回りに気づかれていないか様子を伺ったのたが分かる。
うん、絵の表現としては面白かったんだけどね。
 
 
 
・「人体錬成はしない」という選択
以下辛口です。
このシーン大好き、超気に入ってるってかた向きじゃないのは確かです。ごめんね。
ヤバイと思った方は、次のブロックまで飛ばしてください。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
全体的にとっちらかってしまったなぁって印象がある。あーだ、こーだと切り貼りして繋げた感じ。
だから前後が噛みあってない。
荒川弘らしい真っ直ぐさがない。残念だな、と思ってしまった。
 
先月号の感想に、あたしはエンヴィー戦以上にロイの正念場だ、と書いた。
なのに違ってしまった。
 
ロイには本当に追い詰められた末の究極の選択をして欲しかった。
そして、リザには一度自分の死を覚悟する間が欲しかった。
そのうえでの生(せい、なまじゃないよ)、を描いて欲しかった。
だから。あ、荒川先生逃げたな、って思ってしまった。
 
大事の前の小事だからと。
アメストリスという国の為に。
苦渋に苦渋を重ね、本当に血反吐を吐くような思いでリザを切り捨てる。
「あの人は捨てられないのよ」と言ったその本人が捨てられる。
そのカタルシスを味わいたかった。
そして。
リザが笑ってそれを受け入れる。それこそさぁ。
ロイが「すまない」と言いかけるのを遮って。
「あちらでお待ちしています。どうぞゆっくり、50年後くらいにいらしてください」
 
……とか言われたら、萌え、いや燃えただろうなぁ。
ああ、いかん、いかん。自分が逃避してしまった。
 
小手先での意思疎通なんていらない。
2人がリザの死を覚悟したその時に2人にとっても予想外の加勢が入る。その展開の方があたしは納得がいった。
 
イシュヴァールから変わってない。部下を守るとあの時誓った。なのに守れない。
おそらく、荒川先生はここを自分の足かせにしてしまったんじゃないだろうか?
 
インタビューで、エドがクセルクセス遺跡で誰も死なさないと言ってしまったせいで、大変になってしまったと語っていたから。
同じように。
ロイがそう言ってしまったから、ロイはリザを見殺しにするような行動を取らせてはならないと、先生はそれを足かせにしてしまったんじゃないだろうか?
 
だからロイは、リザに助かる算段があると分かったうえでじゃないと、人体錬成をしないとは言わせることが出来なかった。
 
でも。だからこそ、その禁を破る意味があったんじゃないのか?
ハボの時のような不可抗力じゃない。
ロイが、自分でリザを見殺しにするんだ。
それを一度自分の中に全部引き入れて、自分の無力さ、化物相手のクーデターの困難さ、そして苦悩を、全部受け止めて欲しかった。
その苦渋の選択を一生忘れない。一生引きずる。一生後悔する。
そんなトラウマになるような選択をして欲しかった。
  
ロイとリザが、リザの死を覚悟する事で、読者もリザの死を覚悟する。
ロイが自覚することで、読者もその困難さを自覚する。
そこを共感したかった。
 
あのロイの「分かった」がリザの目配せが分かった、でしかなかったのが嫌だった。
国を救う為にはこんな選択も必要だって事。それこそリンのようにまだ自分には覚悟が足りてなかった事が「分かった」と。そういうもっとグローバルな意味だと思って共感したつもりだったのに。
なのに。ロイのあの表情は単なる演技でしかなかったと分かった時、ふっと冷めてしまった。
  
「見捨てるのか? 冷たいね君」。その言葉に胸を突かれるロイが見たかった。「貴様に言われたくない」なんて目く●鼻●そな発言いらない。「捨て駒のようにあつかう」事を非難したその舌も乾かぬうちに、自分の手で殺したくせに何故非難出来る? 意味が分かんない。
ジェルソに言わせるセリフの為の振りにしか思えなかった。
目の前のリザにもっと話を集中させてよ。話がブレる。
 
「そんなだから貴様は足元をすくわれるのだ」の台詞も嫌。助かると分かっているから言える台詞。でも今。この言葉ひとつで金歯野郎が何かを察して警戒するかもしれないじゃないか。
そんな事になったら元も子もない。まだリザは瀕死の状態なのにっ。
無駄にこの状態を長引かせるかもしれない台詞を何故ロイはこうも簡単に言えたの?
 
これを「短期間で学び変化する」と言ってしまう大総統の台詞もいらない。噴き出し1つ分カットしていいよ。それは読者が補完すればいい。
それに。あたしはこれを学んだ結果とは思えない。
元々人間の持っている力だったり、信頼する気持ちだったり、本当に追い詰められた時に出るその人間の本質だったり、大切なものだったり。そういうものであって欲しい。
 
「止めてくれる者や正しい道を示してくれる者がいます」
だってそれ嘘でしょ? 上に勝機があるとリザが目配せしたから、人体錬成を選ばなかっただけじゃない。
ねえ、それってホントに変化? 学んだ結果なの?
  
なんで荒川先生はこんな描き方をしてしまったんだろう?
先生ならもっと、魂を抉るような描き方があったはずなのに。
 
味方の加勢が入ったから選択せずに済んだだけ。
確かに「迷いなく人体錬成に走」りはしなかった。
でも本当に本当にっ、切羽詰まった追い詰められた状況下になっても。ロイは人体錬成を選ばなかったのかな?
 
その答えをロイは出さなかった。出さずに済ませてしまった。荒川先生がそういう展開にしてしまった。
そこが大切なのに。そこが知りたいのにっ。
 
だから、ロイの言葉が、あたしの胸に響かない。
 
「賢者の石」を追ったはずなのにリザに駆け寄ったのは何故?
メイ・チャンに追わせるストーリー上の理由の布石として、ロイに「賢者の石」と言わせたかっただけにしか見えなかった。
賢者の石を追うのでも、リザに駆け寄るのでもどっちだっていい。それはどちらでもありだと思う。
でも、ここは一方に、他のものがまったく眼中にないくらい、もっともっと鬼気迫る勢いで向かって欲しかった。
抱き上げた中尉に声を掛けるより先に、ダリウスに話かけるのにいらっとした。
リザは心配する必要なしって事?
 
どこもかしこも、どこかとっちらかった感じ。荒川先生が何を描きたいのかが見えない。
先生の頭の中でまだ昇華されていないものを、垂れ流し的に見せられた気分だ。
なんでこんな事になってしまったんだろう。
 
この先、この選択にはきちんと意味があったんだと、そういう展開を祈るしかない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ほいっ。気を取り直して行きますっ。
 
 
 
・メイ・チャン
あたしにとっては今回初っ。今回初めてっ。彼女が意味のある行動をしたよって感じ。
皇女としての自覚がないとか、散々書いてきたけど。
今回は良かったよ、うん。
賢者の石よりも、リザの治療を優先した。
それはつまり、国の民よりも、他国の民を優先してしまった事になるんだけど。
それでも。王を望むなら人非人じゃない方がいい。自分に恥じない行動を取れる方がいい。
 
 
 
・「この下……真下にいまス!」「! あの方のジャマはさせん!」ってことは。
まさか、お父様は真下にいる? 
え?
だってあの研究所に設置した錬成陣まで発動して、中央全体が錬成陣に包まれて、(おそらく)疑似真理の扉まで開いて置きながら、ホントにお父様の元に移動させただけ? ってかエドに至っては単なる上下移動ぉ?
まさか、違う……よねぇ???
いかん。分からなくなってきた。
 
真理の扉
1.人体錬成を発動する
2.術者が通行料を支払う
3.真理の扉(=目)が現れる
4.真理の扉(=目)に飛び込むと魂・精神・肉体が分解される
5.術者のみ、真理の扉(=セフィロト他)の前で再構築される
6.術者のみ、真理の扉(=セフィロト他)を通り、魂・精神・肉体が分解される
7.自分(魂+精神+肉体)-術者(通行料(余剰時は+))で再構築され、実世界へ戻る
  
2.については、クセルクセスのが術師が誰なのかはっきりしてないのでとりあえずエドのバージョンのみで。
7.はホーエンハイムが真理の扉を見たという描写が今のところ無いから、ホーエンハイムが賢者の石を得たのは、ホムンクルスが与えたからであって、本来の通行料はホムンクルスが得るはずだったっていう事なら、これで合ってると思うんだけど。

疑似・真理の扉(グラトニー)
1.人体錬成を発動する
2.通行料無し
3.真理の扉(=目)が現れる
4.真理の扉(=目)に飲み込まれると、魂・精神・肉体が分解される
5.自分(魂+精神+肉体)で再構築され、グラトニーの腹の中へ
 
疑似・真理の扉(金歯)
1.人体錬成を発動する
2.術者が通行料を支払う(大総統候補)
3.真理の扉(=目)が現れる
4.真理の扉(=目)に飲み込まれると、魂・精神・肉体が分解される
5.自分(魂+精神+肉体)で再構築され、お父様の元へ
 
あれ? ちょっと待て。違う。これ通行料いらないだろ? 
術師は真理の扉を通過していないんだから。
通行料が発生するのは真理の扉(=セフィロト他)だけだよなぁ。
だから、グラトニーのだって通行料は発生しないわけで。
真理の扉(=目)しか使用していないなら。
それなら。その通行料の過払い分はどうなるんだ?
 
あ、思いついた。……けど、さすがにこの考えは穿ち過ぎだよなぁ、と自分でも思う。
思うので、妄想だとで思ってくれていいや。
 
クセルクセスの人体錬成の術師を王とするなら、お父様もホーエンハイムも通行料はいらない。
真理の扉(=セフィロト他)を通っていないから。
困ったことに、13巻と19巻を何度読み返しても、通行料に何を支払ったか明文化されてない。
賢者の石はあくまでも人体錬成時の付加価値にしたんじゃないのかとあるだけ。
術師が真理の扉(=セフィロト他)を通らない場合、クセルクセスもそして今回も。
まさか。
 
自分(魂+精神+肉体)+(通行料/真理の扉(=目)の人数) で再構築されてたり………なんて事は……ないよねぇ。
 
 
 
・プライド登場
アル達は車で移動していたのに、それと同等速度で中央に戻ってきたってこと?
あのウゾウゾだけなら地下を通ってこれると思うけど。それが出来ないから歩いて来たわけじゃなかったんだ?
っていうか、プライドの肉体を巻きこみながら地下をウゾウゾ移動していたのかと思うと、なんかギャグ?(笑)
 
 
 
・「これで 五人目」
ああ、もう分かんない事ばっかだっ。
お父様に報告した事であっても、プライドには以心伝心されない。っていうのはグラトニーが捕まった時のラースの行動で証明済みなんだけど。
ずっとマナカにいながら、何故ホーエンハイムが取りこまれた事まで知っているんだ?
いや、順当にいっていればエド達が取りこまれたはずと分かっているだけで、その現場を見ていないはずなんだが。
これはラースだって状況把握がまだ出来ていないはずなのに。
何? エドが取りこまれる前から、上から見守っていたの?
それだとさらに、どうしてアル達より早く辿り着いたか理由が分かんないし。
メイ・チャン達とニアミスしなかったのは単なる偶然ってこと?
 
そして。
今までの流れだと。プライドが動いている時、お父様は寝てたりの非稼働状態だったはずなんだけど。
 
だから、セリムは足で歩くお出かけ用ファサード、お父様は地下用ファサードで、中身をホムンクルスが行き来しているのかと思っていたんだけど。
あ、でもそれだと。
リオールの地下でホーエンハイムがプライドに会ってるのに、お父様の中からホムンクルスが出てきた時に驚いた事の筋が通らなくなるか。
 
やっぱり、あのウゾウゾ=プライド≠お父様の中身=ホムンクルスで、あの睡眠中とかは、釣りだったんだろうか??
 
 
 
・ウゾウゾ錬成陣
プライドのウゾウゾで作り上げた錬成陣。
でも金歯の書いた錬成陣とも違うんだよなぁ。
 
金歯:中から五角形、円、円
ウゾウゾ:中から円、五角形、五角形、円、円
 
金歯のはさらにその外に、大総統候補による円、研究所による円があったわけだけど。
外側に書かれている文字も違うし。
 
となるとこっちはやっぱり真理の扉(=セフィロト他)を通る用の錬成陣か?
何を契機に発動したんだ?
プライドもラースも錬金術が使えるなんて話はなかったし、そのタイミングで動いてない。
となると。
クセルクセス同様、術師つまり金歯野郎の血、なのか?
そして。
プライドは陣の外にいると見ていいとして。
ラースはどうなるんだ? ラースも真理の扉をくぐることになるのか?
 
通行料には大総統が拾った賢者の石があるけど。
エド達のように、真理に身体の一部を持っていかれている状態が必要なら、通行料は使わせないだろうけど。
 
でも、ホーエンハイムを4人目とするなら、彼は通行料を持っていかれてないんだよなぁ。
真理の扉(=セフィロト他)を通ったにせよ、通らなかったにせよ。
そうなると、真理の扉を開けた者の共通点が分からない。
 
人柱は人外の身体をもった特殊な人間でOKですか? (アバウト過ぎっ)
 
 
 
・忘れる処だった。
マルコーとハインケルは何してるのかな、あとヨキも。
まだ、地下に潜れる場所を捜してるってことは、ロイ達と合流するつもりなんだろうけど。
賢者の石持ってるよね。いつ頃合流できるんだろ。 
  
 
 

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コメント

そういえば今月の話で
大佐はエンヴィー戦前でエド+キメラ組と会っている筈なのに
キメラ組に「君達は?」と発言していますよね^^;;

まああの時大佐が助っ人で出てきたときに
エド&スカーだけに注目してキメラ組を見ていないのなら
話は別ですけど・・・無理ありますよね?;;

リザは死なず、ロイが人体錬成に走らなかったのは本当によかった、と思いました。援軍の登場には燃えましたし、止血後の二人には単純にニヤニヤしてました(笑)
瀕死の状態でも気丈な態度をとり、強い眼でロイを制し、周りをよく見てるリザには心底惚れ直したのですが(すみませんリザ大好きなもので…)

…が、もしリザの目配せが無くてもロイは「人体錬成はしない」と言い切れたか?という事だけはずっと気になってました。言い切ってほしいですし。他には特に引っ掛かる部分は無かったのですが…。
なので全く望みが無い状況でのロイの決断も見てみたかったですねぇ。
強烈な視線でロイに訴えたり、目線を上に逸らす目と目のやり取りは好きなので、
二人共覚悟を決める→しかしその後リザが助っ人の存在に気付き、ロイに目配せ
というバージョンが見てみたいな〜とか(笑)アニメで何らかの改変…はしないだろうなあ(笑)

「迷いなく人体錬成に走」らなかったのは事実ですし、状況を打開するチャンスが見えてもリザが助かる保証は無かったので、これもアリかな…とは思いました。ロイの「わかったよ」にはリザの「人体錬成はするな」というメッセージも含まれていると思いましたし、幸運にも上から訪れた勝機に賭けて、何とか間に合ったわけで。
しかし究極の二択を選ばずに済み、ラッキーな事に三つ目の選択肢が降りてきた。確かに温い展開だとも思います。
では長々とすみませんでした;

はじめまして。ハガレンに関する考察、なるほどと納得することばかりです。

「人体練成しないという選択」
→私も、この展開には少し不満です。前号で既に究極の選択を迫られる状況だったのに、あまりにもあっさりと都合のよい道が現れたように思えてなりません。
 ですが、あえて荒川先生や編集者の立場に立って考えると、少年誌として、マスタングという主要キャラが大事な人の命を見捨てる展開にしてよいものか、とかなり悩まれたのではないかと想像します。
 今回の場合、リザという1人の女性の命と天秤にかけられているのは多くの国民の命であり、本当に選択せざるを得ない状況ならば前者を見捨てるべきだったと思いますが、そのような描写が「一般的に」「無限定に」全体のために個を犠牲にすべきだというメッセージを誤って発信することにならないだろうか、とか、1人の命を軽んじているような印象を与えないだろうか、といったことを心配されたのかな、とも思います。

 個人的に気になったこと。マスタングは大総統に対して丁寧な言葉遣いをしていますが、一見、この期に及んで?と違和感を感じないわけでもありません。ただ単に大総統だからとも思えませんし、ある意味マスタングは大総統を(部分的に)尊敬しているのかな、とも思いました。 
 

初めて書き込みます。
鋭い考察いつも拝見しています。
ここに来ると自分の中で感じてるもやもやが解明できるので重宝しています。

ところでオリヴィエの考察には多少疑問が…
あのシーンで、バッカニアの死だけ悼んでるわけではないと思うのですよ…。
ただ笑って死んだのがバッカニアなので、ああいう言い方になってしまったのではないかなぁと。
あそこで「奴ら」と言ってしまっては言葉として間違いになってしまいますし。

家族を追い出したときに、使用人に暇を出してないのは、(周囲を欺くには)そのときだとタイミング的におかしいからではないでしょうか。
家の修理のときには、「お屋敷が空の箱」と言われていますから、既に使用人はいないと解釈するべきなのでは?
冷徹なキャラではありますが、言動ほど非情ではないと思うのですよ。

いつも読ませていただいています。

今月号についてはいろんなことが言えそうではありますが、究極の二択ではなくて三つ目の選択肢が出て来るあたりが、良い意味で鋼の錬金術師は腐っても「少年漫画」なのだと感じます。
ある意味とても少年漫画としては、それらしい流れだったと思えました。

>通りすがりさま
そうだ、そこ忘れてた。
不死の軍団との戦いの時ですよね。
混戦中に立ち去ったならともかく。
エンヴィーと対峙した時点ではまだいたのだから。
あの特異な風体が目に入らなかったとは……思えないですよねぇ。

>knkさま
今までの荒川先生だと、二択だと思ったら三択目が無茶苦茶斜め上から飛んできて「そうかそれがあったか!」と膝を打つ驚きがあったんですよね。だから三択目を出すこと自体が悪い事ではないはずなんです。
ただそれが斜め上ではなく斜め下だったというか(苦笑)。

死ぬ瞬間まで希望を捨てず勝機を捜すのは確かにリザらしいし好きです、私も有りだと思います。
ただそこに、ロイが進化した事の裏付けとして、一緒に消化させるにはそぐわないエピソードだったって事じゃないのかなぁ。

リザが主導でロイは従っただけなのに、ロイが成長したと見なされ、ロイ自身も自分は変わったと認めてしまったのが分からない。

リザの行動を描きたいなら。プライドの台詞に、いや自分は仲間に助けられただけだ。自分ひとりではまだまだ至らない。と己に歯噛みしつつ、だから自分には仲間が必要なんだ。あなたにはいるのか? という方向に切り返すならわかる。今回は上手く免れたけど、いつか本当に選択しなければならない日が来るんだろうかと、ロイが気持ちを新たにまた前を向く、とかね。

逆に。

キメラ達が助けに入る部分が重要なら。ロイには敢えて選択しない選択肢を取らせる。「人体錬成はしない、だが部下も殺させない」と言い放つ(これが本来のトップの論理だと思う)。自ら解決策を見出し「ロイが」「キメラ達に」目で合図を送っていたのだったら、プライドの台詞へのロイの答えも納得がいったと思う。

上の記事には「リザを切り捨てて欲しかった」と書きましたけど。他にもこうだったら納得がいったのにと思うパターンがあれこれ思い浮かぶだけに、何故よりによって、荒川先生がこの流れを選んだのかが分からないんですよね。

実は私もFAで改変バージョンが見たいなぁとちょっと思ってしまいました(笑)。

>あまんさま
はじめまして。コメントありがとうございます。
「少年マンガだから」は、まさに友達と今月号について語った時「リザが死んだ方が良かったのでは?」という意見に対し私が言った台詞だったりします(笑)。
でも「少年マンガだから」を許してしまったら「鋼」に何が残るんだろう?

五体満足ではない主人公。子供が動物とのキメラにされる。主人公が母親(と思っていたモノ)の墓を掘り返す。「弱肉強食」という考え。味方による死体隠蔽。公共波の情報操作。「正義」は言ったもの勝ちという発想。どれも「少年マンガ」らしからぬものばかりです。

だから逆に、今まで「少年マンガでもここまで出来る」と、ピンと張り詰めてきたものが急に緩められてしまったような、私の中ではそんな感覚なんです。

>「一般的に」「無限定に」全体のために個を犠牲にすべきだというメッセージを誤って発信することにならないだろうか、とか、1人の命を軽んじているような印象を与えないだろうか、といったことを心配されたのかな、とも思います。

言いたい事は分かるのですが。ごめんなさい。
ならばそうならないように描いてこそのプロですよね。
まさに個を軽んじる話は、数ヶ月前の号に軍上層部が「一は全、全は一」を身勝手に誤読したシーンを描いています。
だからこそ今回とは何が違うのか、その比較の為の伏線かと期待していたのですが……。

また、主人公が信頼している大人であっても、本当に善しとする選択をする事は難しい。
ならばそのロイが苦渋の末、個よりも全を選んだとして。
それを知った主人公(=読者)が、あの選択は本当に正しかったのか否かを、自分の身に置き換えて考える。自分だったらその時どうするか。その選択を行わざるを得なかった人間に何を思うか。
そこにメッセージ性を置く事だって出来たんじゃないかなという思いもあります。

knkさまあてのレスにも書かせていただいましたが。
「人体錬成はしない 部下も助ける」という選択肢を、リザではなく、ロイの側から積極的に行うという手もあったんじゃないか、とも思います。

大総統については、どうなんでしょうね。
外部的には犯罪者ではありませんからね。大総統という地位は変わっていませんし。刑に服すまでは、疑わしきは罰せずなのかな? とか思っています。とか言うと身もフタもない??(笑)

>ういさま
はじめまして コメントありがとうございます。

>ただ笑って死んだのがバッカニアなので、ああいう言い方になってしまったのではないかなぁと。

多分、私が自分に置き換えて考え過ぎなのだと思うんです。

自分がオリヴィエの為にドアが開けないよう必死で戦い死んだ「部下数名」の1人だったら? と思ってしまうんです。
自分は苦しみながら死に、その死だけは報告されたのに「バッカニアが笑って死んだから」と言われてしまったら、じゃあ自分は誰の為に死んでいったんだろう? 報われねぇなぁ、と思ってしまう。

自分に一番親しい人間の死を悼むのは当然でしょう。それは感情なのだから。するな、とは言えません。
でも部下には平等であって欲しいと願うのは、自分が信奉している上司であれば尚更でしょう。

今回通信兵に命令したのは、正門の現状把握であって、兵士の状況把握ではありません。
だったら。
向う側の通信兵の背後では、たった今も兵士は次々死んでいっているかもしれない。でもそんなものは今更です。
今すぐ報告すべきはそこじゃない。
報告が必要なのは、正門担当だったバッカニアの死と、それにより部下の統率が崩れていないか、誰が後を引き継いだか、それだけで良かったはずです。
「部下数名」の死を報告しなくても問題なかった。
そして。そうしてくれた方が、あ、オリヴィエは知らなかっただけだからしょうがねぇな、と許せてしまえる。
そういうちょっとした、心の機敏なんです。

それと使用人についてですが。
端から見たらこう見えいるんじゃないかな?

使用人は全て今まで両親の元で働いていた者達です。ならば使用人は両親への思い入れが強いはず。
オリヴィエは、今まで屋敷に近づかなかったのに、来たかと思えば自分達の主人を追い出すような娘。
しかも長年使えていた、主人の思い出の詰まった屋敷をこうも壊してしまうだなんて。
使用人達は不満に思っているに違いないっ。きっとオリヴィエに反発しているはず。
両親を追い出すくらいなんだから、いずれ使用人も、オリヴィエは追い出すのではないか?

ならば、屋敷の修理屋としてだけ潜り込ませるのではなく、今までの使用人に暇を出し、北部の連中を新しい使用人として総入替えしてしまえば一挙両得です。

でも、もしかしたらアームストロング家の使用人は誰しも、花屋のおばちゃんみたいに全員オリヴィエの部下として使える人材なのかもしれない。だから暇を出さなかったのかもしれない。そういう考え方も勿論出来ます。

その辺りを明確に見せる事で、オリヴィエの人となりがもっと出せるのに勿体無いな、と思うんです。


>家の修理のときには、「お屋敷が空の箱」と言われていますから、既に使用人はいないと解釈するべきなのでは?

「この屋敷では誰が暮らしていますか」と尋ねられた時、使用人についてまで答えるでしょうか?
屋敷で暮らすような人間は使用人を人と意識していないので頭数に入れていない可能性もあります。いわゆるミステリにおける「見えない人」(byチェスタトン)というセオリーでして。一概に「使用人はいない」とは言えないという解釈もあります。ごめんなさい、発想がミステリ脳で。
机上の空論はさておき。
オリヴィエとロイが庭を歩いている時、庭掃除をしている男の前髪が1本、カールしていますので、おそらく使用人でしょう。

言葉で言うほど非情ではないシーンも勿論あります。
地下の出入り口をこっそり確保したり、約束の期限を過ぎても穴を封じなかったり。
エド達の話を聴く際も、この地が一枚岩だと自負していながらも、人払いして聴いてやる。
でも、それは部下全般ではなく、側近と思しき人間達だけ。
最下層の部下達にも、彼女は同じように接するんだろうな、と思えるシーンは見当たりません。

本来それらは、読者が勝手に補完すればいい箇所だと思うんですが。
うっかり「部下数名」という言葉を出してしまったり。
両親達が屋敷を出て行くシーンに見送るメイドを描き添えてしまったり。

その1コマさえなければ、何も気にせずに済んだはずなのに。
描かれているからこそ、ではそこにどんな意味があるのかを考えてしまいます。
なのにいつまでたっても描かれないから・・・・・・。
そんな風にしかオリヴィエを解釈出来ない。


あ、誤解の無いよう書いて置きますが。
私、別に、オリヴィエ嫌いじゃないですよ。
逆に非情だからこそ、そういう人に認められたら自分がすごく頑張ったんだなと思えるだろうし。
すげぇ嬉しいと思いますので。え? それってマゾ??(笑)

>とおりすがりの読者さま
コメントありがとうございます。
knkさまあてのコメントにも書かせて頂いたのですが。
今までの荒川先生だったら、二択だと思ったら三択目が無茶苦茶斜め上から飛んできて「そうかそれがあったか!」と膝を打つ驚きがありました。ただそれが今回は斜め上ではなく斜め下あたりからだった事に物足りなさを感じたのだと思います。

また「少年マンガ」という定義については、これまた、あまんさまへのコメントと重複しますが。
今まで「少年マンガでもここまで出来る」と、ピンと張り詰めてきたものが急に緩められてしまったような、私の中ではそんな感覚なんです。
「少年マンガ」というカテゴリの中で出来うる限りの挑戦をしてきたはずなのに、それが今になって「少年マンガだから」と、まるで免罪符のように掲げて一歩後ろに退くのであれば、それはやはり荒川マンガらしくないな、と私には思えたんです。

初めまして。
私的には、まぁ全部納得行きはしなかったですが、あのシーンは結構好きなので、僭越ながら私の考えを書かせていただきます。

管理人さんは「少年漫画らしくない」ところが好きなんじゃないですか??
私も、鋼の錬金術師は、その辺にあるただのバトルマンガなんかじゃない、
メッセージ性が強く、レベルの高いところが好きなんですが・・・

確かに、少年漫画らしくない描写が多々あります。
でもそれって、後々良い結果とか、前進する助けになってますよね。

あと、管理人さんは多分「普通のハッピーエンドじゃない、少し現実的な部部分が欲しい」と思っておられるのかと思います。
理不尽は理不尽だと飲み込んで。
荒川先生も、あまりにも単純で何もかもが良いハッピーエンドにはしないと思います。
でも、やっぱり最後はハッピーエンド。
これは、鋼の錬金術師を楽しんでいる多くの人がそう望んでいる筈。
そして「鋼の錬金術師」は、あくまでも少年漫画です。
「少年漫画を免罪符にしてはいけない」とは言うものの、
少年漫画らしくない描写はあるものの、やっぱりこれは少年漫画です。
荒川先生もインタビューで
「青年誌なら、理不尽は理不尽と飲み込む方法もある。でも、これは少年誌。ある程度ご都合主義な展開になっても、前向きな答えを出したい」
とおっしゃっています。
だから、一生後悔するような選択をさせたら、あまりにも暗すぎる、現実的すぎる。「青年誌なら、理不尽は理不尽と飲み込む方法もある。でも、これは少年誌。ある程度ご都合主義な展開になっても、前向きな答えを出したい」
とおっしゃっています。
だから、マスタングが一生後悔するような選択をさせたら、あまりにも暗すぎる、現実的すぎると思います。


あと、長くなって申し訳ないんですが、、いくつか気になった点だけ感想を述べたいと思います。

まず、「リザが死を覚悟する」ということ。
これはすなわち生きることを諦めるということになります。
過去、一度そうなったことのあるリザが再び諦める・・・というのは、何も学んでいなさすぎるし、そんなのはリザじゃないと思います。

次に、「捨て駒のように扱う」と非難したが殺した
これは、「自分の部下を捨て駒のように扱う」とか「部下を見捨てない」
そういうような意味かな??と。
実際、マスタングはリザを見捨てなかったし、大総統候補は敵ですし。
ここで、もし大佐がエドだったら絶対に殺さないというポリシーから、候補を殺すことはしなかったと思いますが、
マスタングは結構容赦ない部分があるので(エンヴィー戦やラスト戦など)別に殺してもまぁ差し支えないかなと。

「そんなだから貴様は足下を掬われるのだ」
コレは確かに助かると分かっていたからいえるセリフですが、「金歯野郎が何かを察したら」というのは
現実的に考えすぎかなと思います。
そんなことを言ったら、これまでの戦闘だってそういう非現実的な場面はいくらでもありますし。
単純にこれは味方の登場を盛り上げるセリフなので、あまり現実的にとらえるのはちょっと違うかなぁ・・と重います。

「分かった」が全て演技
リザの目配せで、上に何かがあることは分かりました。
ていうかなんだろ、多分マスタングが錬成をしなかったのは、完全に味方が居ると気付いからじゃなく、
漫画的にとらえれば「リザが止めた」からかなと。
リザは死ぬつもりはありません。「私は死ねないことになっている」と言いましたし。
だから、「私は死なないから、馬鹿なことを考えないでください」と。
でもマスタングはかなり焦っているのでどうするか分からないし、リザには見えている味方だって見えません。
で、落ち着いた判断ができないマスタングに「大丈夫、勝機はある」
と、あの目配せで示唆したのかなと。
でも、あの時点では、どういう味方が居るのか分かりません。ましてや、リザの治療ができる人が
いるかなんて絶対に知り得ないことです。
それでもリザは「上に味方がいる。大丈夫だ。」とマスタングに目配せで伝えます。
そこまで「覚悟」と「生きることへの執着」があったということです。
それを感じ取って、マスタングは中尉が諦めていないとわかり、「分かった・・・人体錬成はしない」
という結論に至ったんだと思います。

で、最後に、マスタングが成長したという点ですが。
これは私も大総統のあのセリフは全然いらないと思います。
が、マスタングは別に「私は成長しました」とは言ってないです。
命をかけて自分を「止めてくれる者」や、「正しい道を示してくれる者がいたから」
だから錬成に走らなかったと言っているんだと思います。

>通りすがりです。さま 
はじめまして。

レスが遅くなってすみません。かなり長文になってしまいました。ごめんなさい。

>管理人さんは「少年漫画らしくない」ところが好きなんじゃないですか??

うーん。どうだろ。通りすがりです。さんのコメントを読んで、自分の中でも色々考えてみたんですけど。
私は、普段、少年漫画は普通に読んでますし、青年漫画も読んでいます。
だから別に「少年漫画」であろうが「青年漫画」であろうがどっちでも構やしない気がします。

だから。ただ、この一点かな。
「荒川弘らしくない」。
ここが引っかかっているんだと思います。

荒川弘ならではの漫画が描かれているのでさえあれば、結果としてそれが「少年漫画らしくない」ものになるならそれを描いて欲しいし。「少年漫画」の範囲内に落とし込めるならそれを押し通して欲しい。
現実的過ぎる必要性の有無いついても同様です。
それが「鋼の錬金術師」という生と死を俎上に乗せたこの作品の中だからこそ描く必要があるならば描いて欲しいし、必要が無いと思うのならば描く必要は無い。
ハッピーエンドかどうかについてもまた同じこと。
劇場版のような、それがハッピーエンドかどうかを視聴者に委ねる作品が嫌いとは言いませんが(笑)、イズミ役の津田さんが所属していたキャラメルボックスの勧善懲悪、絶対無敵、問答無用のハッピーエンド、な話も好きでしたし。

つまり。
荒川先生には「少年漫画だから」「青年漫画だから」を基準にして描く方向を決めて欲しくない。
「荒川弘にしか描けない漫画だから」そして「鋼の錬金術師だから」。
「鋼の錬金術師」という作品だからここまで描かなければ意味が無い。「鋼の錬金術師」だからこそここは描く必要がない。
そこを基準にして描いて欲しいんだと思います。

あくまでも「少年漫画」かどうかは私にとって結果論でしかないんじゃないかな。

昔、荒川先生の公式サイトが生きていた頃、私はリアルタイムで読んだわけじゃないんですが。
こんなエピソードがあったそうです。
掲示板で読者が「鋼」の続きを予想し「この先こんな風になるんじゃないんですか?」という内容が書かれた時。
荒川先生のレスは、もしそれが当りだったとしてもここで書かれちゃったら内容を変更して、その斜め上のものにしちゃうから、ここに書いても無駄だよ、という内容だったそうです。

私はこのエピソードがすごく好きなんです。

読者をどうやって驚かそうか、騙そうかと考える姿勢。それが読者の予想の付く内容ならためらわず切り捨て描き変えてしまう潔さ。

今回の話の流れは確かに予想外でした。でもそれは、まったく予想もしない意表をつくものだったからではない。
「まさかこんな風にはしないだろう」とあらかじめ除外していたもののひとつだったからです。

だからそれを「荒川弘の漫画」として世に出して、荒川先生は本当にいいの? 満足しているの? と思ってしまう。

勿論、それこそ「少年漫画」誌だからこその制約はあるでしょう。
それに対してケンカしてでも描いて欲しいわけでも、妥協して欲しくないわけでもないんです、
ただ、言い訳にして欲しくないんです。

「自分はこう描きたかったのに、雑誌の意向で描かせて貰えなかった。自分的には不本意な出来だった」そんな、作者も納得していない作品なら、読みたくない。
「自分はこう描きたかったのに、雑誌の意向で描かせて貰えなかった。だから別のエピソードに変えて描きたい根っこの部分は描けた。満足してる。出版社からもOKが出た」そういう作品が読みたいんです。

今回のエピソードは、まるで先生の「描きたい でも描かせて貰えない」という迷いか、あるいは「このシーンを入れたい、でも前後の流れにそぐわない」という悩みなのか、どうにもあっちこっちの上澄みだけを描きどっち付かずになってしまっている印象が強いんです。
何というか、気に入らないコマだけを、新たに描き直し無理やり切り張りし繋ぎあわせる。それを、何度も何度も繰り返したせいで芯がボヤけてしまっているというか。。
1ヵ月休んでじっくり考えて描けば、たとえ同じ流れであったとしても、また違った納得のいく仕上がりになったんじゃないかな、という気もします。

もし。
「そうじゃない。これが「荒川弘の漫画」として嘘偽り無く、こういう作品を描きたいと思って描いたんだ」と荒川先生が思って描かれたのだとしたら。
残念ですけど。「鋼の錬金術師」は、私が読みたいと思っていた作品とは、ちょっと方向がズレていたって事なんでしょうね。
まだ諦めたくはないんですが(笑)。


いただいたコメントには全てレスするつもりでいるのですが。
「あれは、こういう意味じゃないのか?」と言われて納得のいくものならいいのですが。
私の中でそれが「いやそうは思わない」となってしまった場合、どうしても荒川批判色が濃くなります。
それによって、記事では敢えてそこまで突っ込まずにスルーした事に対してまで、書かざるを得なくなってしまいました。
こんなレスが欲しかったわけじゃないと思われるかもしれませんが。
私としても、ここまで作品を叩くような事を書かなければならないというのも本当に不本意なんです。
その点はご了承ください。


>「リザが死を覚悟する」ということ。
いえ、リザは常に死を覚悟していると私は思っています。
15巻で、自分は多くの人をその人の人生の途中で殺したのだから、自分もいつどれほど不本意な状態で殺されても文句は言えないと、エドに話していますし。死ぬ瞬間まで諦めはしない。けれど死そのものは常に覚悟していると。
戦場に立ち、死を覚悟せず戦う兵士はいないのではないでしょうか?


>「捨て駒のように扱う」と非難したが殺した
ロイはこのクーデターで部下達に「一切、人を殺してはならない」と命令を出しています。
だから、怪我を負わせても殺しはしない。
ロイは国のトップに立つ為「人殺し」を自らにも封じたはずです。
国を、国民を救うものが国民殺しであってはならない。

大総統候補の彼らだって、アメストリス国民が産み落とし捨てただけの、元を正せばただのアメストリス国民です。
なのに。
国民を守るべき軍人が国民を殺すなんて、とイシュヴァール戦で嘆いた彼はいったいどこへ行ってしまったのか?

実は私には、復讐として殺すのはダメで、敵だから殺すのならOKという理屈が、本当のところあまり良く分からないんです。
だからそこは、ロイはこれからトップに立つ者だから、国を守る者として人殺しをしない。
それはポリシーというよりも、兵士を味方に付け、国民を味方に付ける為、このクーデターを成功させる為の策略というかマニフェスト?(笑)みたいなものではないかと思っていたんです。
そのため、回りがロイにエンヴィーを殺させなかったのではないかと。
そのあたりはすでに記事に書いてますので、ご興味がありましたら、そちらをご参照下さい。
http://arisugawa.cocolog-nifty.com/alice/2009/11/post-77b2.html

しかし、ロイは彼らアメストリス人を殺してしまった。
これでは、金歯野郎が、彼らを捨て駒扱いしたのと変わらない。
クーデターを成功させる為に、ロイは安易にアメストリス国民を切り捨てたんです。

勿論、私が言っているのは屁理屈です(笑)。
実際に、自分の大切な人が死の狭間にいて、そんな事を気にしている余裕なんてないでしょう。
ならば「よくも、私にアメストリス人を殺させやがって、どうしてくれる」的な、たとえ理不尽だろうと、そこに何故怒りのひとつもロイは感じなかったのか。

トップに立とうする者として、ロイの器は足りているのか? 私には疑問です。


>「そんなだから貴様は足下を掬われるのだ」
自分がその立場にいると置き換えて。そんな事言われたらどうしますか?
私なら確実に、自分の前後左右360度全てを確認しますね。
通りすがりです。さまはしませんか?

さらに。ロイを自分に置き換えて考えてみます。

上に勝機がある事は分かっていても、それが何だか分からない。
見られたらマズイものなのか、見られても大丈夫なものなのか。それすら分からない。
そんな、あまりにも漠々とした希望に縋っている最中です。

相手に気付かれた事でその勝機すらポシャらせてしまうかもしれない。
なのに、相手を警戒させるような言葉を吐けるものなのか?
私なら絶対に避けます。
逆に、天井から気を逸らすような、相手が興に言って自らしゃべりたくなるような話題を振りますね。
自分がどう行動すれば、その勝機に役立つのか分からない。
ならば自分が出来るのは時間稼ぎ。相手の意識を自分だけに集中させる、それだけです。

現実的と書かれていましたが。
朝起きたら顔を洗うとか、名を呼ばれたら振り返ってしまうとか。
私にとってはそれと同レベル。
人間の習性とか習慣とか、そういった話ではないかと思うのですが。


>単純にこれは味方の登場を盛り上げるセリフなので
そうですね。ロイが主導の作戦だったならそれもありだったでしょうか。
あらかじめ、アイコンタクトでもなんでもいいから何かしら決めてあり。
ロイが天井に届くような大きな声で何かを言う。それが元々決められた戦闘開始の合図だった。
これなら分かります。
でもリザがロイを目で抑えるシーンが描きたいのであれば、このシチュエーションは使えません。

ならば、例えばこんな流れだったらどうでしょう。
上にも書きましたが相手を無警戒にする、相手を油断させる台詞で場を繋ぐ。
いわゆる「冥土の土産」です。相手に鼻高々と語らせてその隙を付いて相手を叩く。
さらに増援。
そこでこの台詞を吐く。
これでもしっくりくるんじゃないかな?
でも出来ませんよね。
リザに駆け寄るシーンを入れないといけませんから。

ストーリーの流れに沿ったら入れられないはずの台詞を、ただこの台詞を言わせたいが為にストーリーを無視して入れてしまった。
だから台詞とシチュエーションがちぐはぐな感じが残る。
そんな風に思えてならないんです。


>「分かった」が全て演技
「演技」は台詞ではなく、ロイの表情の話ですね。
通りすがりです。さまはあのロイの表情から何を受取られましたか?

記事にも書きましたが私は、部下を見殺しにしても勝つ、その覚悟が足りなかった事を身をもって知ったその苦渋、それを感じました。
ところがロイのあの時の心境はいわば、リザの覚悟を全身全霊で受け止め腹を括る覚悟、ですよね。

覚悟が足りていない事が「分かった」のなら、覚悟を決めるのはその後です。
ところが実際の腹積もりではすでに、覚悟を総動員している最中 だった。

これが同じ表情なわけないですよね。

私はあの表情から前者のものしか受け止れなかった。覚悟できずにいるからこその苦悩だと思ったんです。
だから実際の感情とは違う、そうとしか受け取れない。
ならばあれは「演技」だったと。私はそう言わざるを得ないんです。


>で、最後に、マスタングが成長したという点ですが。
「成長」云々の台詞はロイの台詞の後ですものね。
確かにロイがそう言ったわけではない。訂正します。
ロイの気持ち如何に関係なく、物語の進行上ロイは成長した事にされてしまった、ですね。

ところで。
何故、大総統はロイ(=人間)は人体錬成に走るものと思ったのでしょうか?
それはおそらく、人間が、強欲で無知で愚かだから。
だから、人は神ならぬ身でありながら、手に入らないものにさえ手を伸ばそうとする。
その結果が人体錬成です。

では、ロイは、欲がなく知識があり頭がいいから、人体錬成に走らなかったのか?

違いますよね。
ロイは人体錬成しても死者がよみがえらない事をエドから聞いていました。
人体錬成せずとも助かる方法がある事をリザに教えられました。
だから、物理的に人体錬成にすがる必要がなかった。ただそれだけのこと。

ロイが、強欲で無知で愚かではなくなったから、では無い。
それを自覚しているから、ロイもそう答えた。そういうことですね。

なのに何故か、大総統(=荒川先生)はこれを「成長」としてしまった。

来月号以降、ここに何かすっきりした答えが出るといいのですが。

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