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いまさらだけど ユリイカ2月号 ネタ

あの書き方は編集さんが悪いのか、荒川先生の言葉が足りなかったのか、実際の意味とは誤謬があるのだろうなと思っていた事なのだけど。
 
「ユリイカ 2010年 2月号」。
まるで「死は大した事じゃない。心を痛める必要なんていない。何故それをドラマチックに描こうとするんだろう」と受け取れるような文章になっているのはいかがなものかと。
 
だってそう受け取ると「鋼の錬金術師」の世界そのものが崩壊しちゃうじゃん。
人の死が大したものじゃないのなら、エドの「殺さず」すら無意味って事になってしまう。
藤田先生が怒った理由だって意味不明。
 
 
あれは「確かに、死はただそこにあるだけで人の心を揺さぶる。けれど、人の死は本来どこにでもある当たり前の事象だ。何故それをすわ「感動的なもの」として描こうとするのだろう」という意味だと思うんだよね。
つまり、人を殺してお涙頂戴感動悲話をお手軽にでっちあげるなって事。
 
だから藤田先生がニーナの話に怒ったのは、そういったお手軽に読者を泣かせる物語を作った事に怒ったのであり。
ニーナの事をエドとアルがいつまでも引っ張るから、あれは単なるお涙ものじゃなかったんだと、納得したのだろうし。

荒川先生が納得いかなかったのは、プロや評論家の目から見て、そのお涙頂戴話を見て、感動的なものと評価されたことに不満だったのだと思う。人死にの物語は差こそあれ誰が描いても感動するものだから。それを評価対象とした事に、本当に自分の作品は優れているのか疑問視した。そういう事だと思う。
 
同人誌だってそうでしょ? ジャンルの最後は、パラレル、死にネタ、記憶喪失が来るって奴。
普段から小説や漫画を読みなれている人達の集まりだもの。
簡単に感動出来る話がどうやったら作れるかきっと肌で分かってる。
 
素人が出す小説やノンフィクションで、余命幾ばくの娘や息子、恋人を題材にした作品が受けるのもそう。
多少文章が下手であっても人が死ねば読者は泣き、感動したと言う。
 
あれはそういった事を差していると思うんだけどなぁ。

だから、私が一番鋼に期待したい最後は嬉し泣き。
 
ある芝居のラストシーンで、嬉しさのあまり涙が止まらなかった事がある。
人は、自分の身に起きた事じゃなくとも、虚構の人間の幸せに対して泣けるものなんだなと思った。
それが一度目。
二度目はシャンバラ。
二人のこれからの不安に泣き、二人がもう一度一緒にいられる事に嬉し泣きした。
 
人死の話を評価されたことに納得がいかないなら、是非最終話は読者を嬉し泣きさせて欲しい。
 

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