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最終話読んだ!(ネタバレあり!)

会社休んでブロガー仲間とカラオケで搬入まで時間潰して。
搬入後速攻で購入出来たのが……あれ? 何時だったけ?
16時前だった気がする(なんだ? そのあやふやさは)。
 
そのあとは、1人で読みたいからって喫茶店行って何度も何度も繰り返し読んでました。
とりあえず、ざっくり感想。あとで詳細感想書きます。
 
「お前達が何より大事なんだ」って言ったシーンに何度も涙ぐんだ。
その言葉は嬉しくて、ずっと聞きたかった言葉で。
だけど、何で今なんだよ。
その愛情がもっと早く二人にちゃんと伝わっていれば、エドもアルもトリシャを蘇らせようなんて思わなかったはずなんだ。
嬉しくて、嬉しくて、でも悲しかった。
  
そして。
荒川先生は腐女子発想が嫌いなんだろうなってのはデビュー前の日記で感じてたから。
敢えてそういうシーンは色濃くしないだろうと思ったけどさ。
 
なんで、最初に生身のアルに触れたのがメイで。
人の温かさを初めて感じたのがホーエンハイムの手で。
初めてハグをしてもらったのがシグなんだ?
 
露骨にエドが避けられた気がしてちょっと。うわーと思ってしまった。
結局エドがアルに触れたのは、ウィンリィが抱きついてきた時、後ろからアルを支えていたその右手だけ。もうそこだけだから。
もう穴があくほどその絵見て、この右手だけはアルのものなんだって涙ぐんで。
嬉しくて悲しくて。

いや、触れないのが悪いわけじゃない。
シャンバラだって、とうとう最後までエドは生身の手でアルに触れなかったんだから。
それでも、二人の間に流れるものは感じられた。
あ、でもそれはこれから二人は一緒っていう終り方だったからで。
 
荒川先生は、そこを別々の道を歩いていくって形にしたからなんだろうか?
 
アルが戻って来てくれたのはすごく嬉しい。
アルの為にエドが錬金術を捨ててくれた事にも感謝してる。
 
いやいや二人は離れていても、また東と西から戻って来たら研究の成果を報告しあったりで別に今生の別れなわけじゃない。

別に二人がべたべたするラストを期待していたわけじゃないんだけど。
わけじゃないんだけど。
この寂しさはなんなんだろう?
 
腐女子脳はそのくらいとして。
 
綺麗にまとまってたな、っていう感じのラストでした。
本当に、私が望んだ「What a Wonderful World」が聞こえそうな、誰もが次の一歩を踏み出す大団円。
いいシーンはたくさんある。大好きだよ。そのあたりはあとでたくさん書く。
 
贅沢言ったらいかんよ。
どう描いたって、賛否両論になっただろ? そう思う。分かってる。
 
だから、今は一か所だけ。
「痛みを伴わない教訓には意義はない 人は何かの犠牲なしに何も得る事などできないのだから しかしそれを乗り越え自分のものにした時、人は何も代えがたい鋼の心を手に入れるだろう」
今さっきアルが、「等価交換を否定する」って言ったのに、地の文が「犠牲なしに何も得る事などできない」って等価交換を肯定しているその意味を、その理由を、説明できる人がいたら教えて欲しい。
 

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コメント

これがあってるかは分かりませんが…。
アルの「等価交換を否定する新しい法則」の「10もらったら、11返す」っていうのを使って言うと、「10を犠牲にすれば、11が得られる」ってことなんじゃないかなと思います。
あっ、でも、「何にも代えがたい鋼の心を手に入れる」のだから、11以上(そんな数字じゃ言い表せないもの)を得られるのかな。
実際、エドやアルたちは色んなものを犠牲にしてきたけど、最終的に、それ以上のものを、それ以上の幸せを得てると思います。

そこの文だけを見れば、等価交換を肯定してると捉えられるかもしれませんが、全体を見れば、上に書いたような感じに捉えることもできるかなと思います。
リアルでも犠牲の大小に関わらず、犠牲なくして、何も得ることはできないと思いますしねww

なんか偉そうなこと言ってすいません。
それと、長文失礼します…。

こんにちは
いつも考察など楽しみにさせてもらっています。

最後のモノローグについてですが、
等価交換の原則は1のものを1のものとしか交換することしかできないというものですが、「等価」であることを否定したのであって、何かを犠牲にして何かを得る交換自体は否定をしていないのだと思います。
否定してしまえば、得る一方、与える一方でもかまわないという怠惰さにもつながりかねません。
例えば、戦いが終った後のやりとりで、エドがホーエンハイムの無償の愛を甘受できなかったのには、受ける一方になることへの抵抗のせいもあったのだと思われます。(ホーエンハイム側では、自分の命と息子の命という交換が成り立てることになりますが)
最後のモノローグはエドたちが一つの痛みによって得たものは同じ一つだけではなく、乗り越えたことで十にも百にもなっているということを表したのだろうかと思いました。

エドとアルは『等価』交換を否定したのですよね。
自分が行動も何もせずに得るもの=痛みを伴わない教訓、に意味はない。
自らの錬金術と引換え=何かの犠牲により、アルを取り戻した。
足はオートメイルのまま、錬金術もなしでこれから何をするのかを考えてまた行動していますよね。
2人の旅自体も様々な苦労や犠牲、大きな出会いもありました。
10もらったら11にして返す。
何かを得るためには自ら動いて苦労して、時には犠牲もあるからこそ得たものはもっともっと大きくなるのだと思います。
その上乗せ分の1は、なにもせずにいたら手に入らない1以上のものだと思います。
犠牲<得たものだから『等価』ではなく、等価交換の肯定ではないと思いますよ。

「犠牲なしに何も得る事などできない」の件については、なにか答えが見つかって、気が向いたら書いてくださいね~
りほさんのことだから、犠牲の大小で等価・不等価って意味でなく、違うことで気になってるんでしょう?(笑)

7月号の掲載頁は、自分的に予測通りでした。
内容も概ね(ホントはかなり)満足。いつもは他の漫画もその日の内に読むのですが、お腹いっぱいで読めなかったので、今日読みました。
次の誌上通販になると思われるチェスもきっと(絶対?)買う!
しかしキングやクイーンは誰にするのが良いのでしょう?(笑)


アニメ
FAのDVDは15巻が4話から5話に変更になって、16巻も5話で・・・・結局全16巻なんですね。(BOXの関係でしょうか?)17巻ちょっと期待したのに残念だわ。



いつも楽しく拝見させていただいております。

最後のモノローグ、私には「何かを犠牲にして、それを乗り越え得たもの(=ある意味等価交換)」に、自らの経験や学んできたこと、そしてその「犠牲にして得たもの」すら「上乗せ」して自分以外の誰かへと返すことで、「等価交換を否定する」。
それが出来るようになるためには、苦しい犠牲も必要となるが、それにより「何にも代えがたい鋼の心を手に入れる」ことが出来る。
だから、人より強く優しくなれ、等価交換で得たと思っていたもの(例えば犠牲による教訓など)を無償で与えることが出来るようになる。

そういった意味でのモノローグだと感じました。
端的に言えば、辛い思いをした人間は、人に優しくなれると言ったところでしょうか。
…私事で恐縮なのですが、現在自分は病を患っておりそのため周りから「貰ってばかり」だと感じています。しかしこれを克服すれば、周りにも恩返しができる上に、誰か、知らない誰かにですら「何も貰わなくても与える」ことが出来るようになる気がするんです。

「無償の愛」じゃないけれど、ニュアンスとしてはそういうことが言いたかったんじゃないかなと、読んでてふと思いました。
自らが苦労したゆえの無償、のような。
だからこそ「得た分のみを返す」という「等価交換」の概念を「否定」出来る、と。


長文乱筆な上、日本語が少々おかしいところがありますが、片目を瞑っていただけると幸いです。
突然失礼いたしました。

>piyoさま
>名無しさま
>こんたまるさま
>名無しのななさま

うわっ、みなさん反応早っ(笑) コメントありがとうございます。
ああ、うん、そうだよなぁ。
うん分かります。納得出来ます。
 
ごめんなさい。コメントレスがあまりに長くなりすぎて書けなくなってしまいました(汗)。
なので、別記事扱いにして書こうと思っています。
下書きは出来てますので、今しばらくお待ちを。

自分が何に引っかかっていたのか分かりました。ありがとうございます。
 
あー、でもその記事読んだら、皆様に怒られそう…。
 
 
>アメショーさま
当たりです。 もしやエルリックテレパシー?(笑)
うん。私自身の中でも、もやもやの意味が分からなかったから、あやふやな書き方しか出来なかったせいなんですけどね。
みなさんからレス貰ってすっきりさっぱり、答えが出ましたよー。

16巻にしたのは、DVD最終巻を11月にしてコミックス最終巻と合わせたかったって事なのかも? ってちょっと思いました。

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