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続 最終話読んだ!(ネタバレあり!)

この記事は、ここにあげた質問
 
「痛みを伴わない教訓には意義はない 人は何かの犠牲なしに何も得る事などできないのだから しかしそれを乗り越え自分のものにした時、人は何も代えがたい鋼の心を手に入れるだろう」
今さっきアルが、「等価交換を否定する」って言ったのに、地の文が「犠牲なしに何も得る事などできない」って等価交換を肯定しているその意味を、その理由を、説明できる人がいたら教えて欲しい。
 
にいただいたコメントへのレスを兼ねています。
ただ、直接のレスになっていません。ごめんなさい。
コメントをいただいて、自分なりに納得のいく回答が出たので、その御報告です。
 
自分が何に引っかかっていたのか分かりました。
 
 
  
「痛みを伴わない教訓には意義はない 人は何かの犠牲なしに何も得る事などできないのだから 
しかしそれを乗り越え自分のものにした時、人は何も代えがたい鋼の心を手に入れるのだろう」
 
まずこの言葉をもう少し分かり易く言い換えてみますね。
 
「人は必ず痛い目を見ないと過ちに気づかない。ただしそれを受け入れ乗り越えれば人はどんな教訓を得るより強くなれる」
こんな感じでしょうか? かなり過不足問題ないように要約してみたつもりです。
 
確かに「エド(達)」に関してはそうなんですよね。
  
エドは手足を失い弟の身体を失った、それらの痛みを糧に立ち上がり、過ちを繰り返さない事を心に刻み、たくさんのものを得て成長しました。
そして最後は、自分の錬金術(=これからの生活の不自由さ)を犠牲にして弟を取り戻し、不自由だからこそ自分の手足(機械鎧だけど)で生きていく強さを得ていく。
 
2人の軌跡を端的に表した言葉として矛盾はない。そこは納得するんです。
だから、これがエドとアルの過去と未来を表した言葉だというのなら納得します。

例えばこの見開きページにあるのが未来の写真ではなく、エドとアルの過去の絵姿だったならまさにぴったり。
そしてめくった処にその強さを手に入れたエドの写真がある。
そんな感じの構成だったら間違いなく納得がいったと思うんです。
 
でも。
この文字は色んな人達の未来の写真の上に置かれてしまいました。
何故みんなの未来の写真の上に?
それはこれから先、彼らもまた、エドやアルレベルに取り返しの付かないような痛い目をみる事で、彼らもまた強くなっていく。
そう言いたいんだろうか? 
少なくとも私はそんな風に受取りました。
 
人は犠牲を差し出さなければ、何かを得てはいけないのしょうか?
 
例えば血反吐を吐くようなリハビリの結果、ハボックはいつか歩けるようになるかもしれない。
毎日上層部との闘争にキリキリしながら、ロイはいつか大総統になるかもしれない。
そうやって彼らもまた強くなっていくでしょう。
でもそれは「犠牲」ではなく「努力」と呼ばれるもののはずです。
 
なのにまるで。
強くなる為に犠牲は付きもの、それは仕方がない事。
と言われたようで、その発想が怖かった。
だってロイやリンの場合その「犠牲」は「人」である可能性だってあるのだから。
これが引っ掛かった1点目。
 
  
「僕らが幸せを返す番だ」とアルは言いましたが。
それは犠牲なのでしょうか? 
自分の将来を犠牲にして、ニーナのような子達を助ける為に、エドとアルは旅に出たのでしょうか?
違いますよね。
「何かをしてあげたい」=「犠牲」ではないはずです。
ましてや、元々人から貰った幸せを「返す」のであれば、それを「犠牲」と言ってはいけない。
 
「10もらったら、自分の1を上乗せして11にして次の人へ渡す」というのは、優しい考え方です。
何せ、見方を変えると「トイチ」の事で、1000円借りたら1100円返すという、高利貸しの話なわけで(笑)。
だからこそ、これは、犠牲という気持ちでは成り立ちません。
優しさが伴わなければ成り立たない、意味が無い法則だと思うんです。
私はそこに「ペイ・フォワード(Pay it forward)」(自分が受けた恩を当事者ではなく3人の他の人に返す事で、厚意を先送りし、めぐりめぐって世界中が幸せになる事を望む物語)のようなものを想像しました。
10借りたものを20返すのは大変です。
でも、10借りたものを10返すだけなのだからそこに犠牲はなく、ただ1だけ、負荷にならない自分に出来る範囲の分だけ上乗せをする。
そんな、誰にも出来る、誰もが犠牲にならないシステムだと感じました。
なのに。
このアルのこれからの未来のそういった誰も犠牲にならない話をした後に、犠牲は仕方がないものだよねと書いてしまうそのチグハグさ。
これが引っ掛かった2点目。
 
つまり。

エド達が過去、痛い目を見た事で結果的に強くなった。これは本当の事だから全然構わないんです。
でも、エドとアルが求めたのは犠牲を強いない優しいバトンリレーなのに。
これから先も人々は懲りずに痛い目を見て結果的に強くなっていくんだ。
とラストに書かれてしまっては。
それってどういうこと??? ねえ、ロイの成長はどこへ行ってしまったの? となってしまう。
 
でも本当はそうではなく、多分荒川先生はこんな事が言いたかったかもしれない。
たどりついたのはこんなこと。
 
エドやアルだけじゃない。ロイやリザ、ハボ、リン、それら誰もが、かつて過ちを犯し痛い目を見た(=犠牲を強いられた)。
けれどそれは過去の話であり、そんな過去があるからこそ、今強くいられるという事。
そしてその痛みを知るからこそ、誰にも犠牲を強いない方法でエド達は恩を返していく。
 
多分こんな絵だったら私は納得したんだと思います。
 
「じっとしてる男なんてつまんないじゃない」の後に。
今の彼らが映り、彼らの辛かった過去がオーバーラップし、そこで。
「痛みを伴わない教訓には意義はない 人は何かの犠牲なしに何も得る事などできないのだから」が入る。
そのうえで「しかしそれを乗り越え自分のものにした時、人は何も代えがたい鋼の心を手に入れるだろう」に未来の写真がかぶる。
 
こんな絵を想像して、するっと納得した。
これだったら、私的にはまったく何の問題も無いわ。
(「手に入れるのかもしれない」とかの方が言葉の座りはいいような気がするけど)
 
私の中っで引っ掛かっていたのは、これから先もまだ彼らは、多大な犠牲を強いるのか否か、だったようです。
 
そんな些細なことだったんかい! って怒られそうですけど。
うん、どうも、そんな些細な事だったようです。
何が気になったのか、私的には解消しました。
コメントありがとうございました。
  
コメントをくださった皆様が頭を抱えている様子が目に浮かびます。
ごめんなさーい。

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コメント

答えが見つかって良かったですね~

つまり「犠牲」という言葉に引っかかってしまったと・・・(笑)

私のおつむはとっても単純に出来ておりますよ(笑)
脳みそは豆腐なのかもしれない・・・(豆で腐ってるしね(笑))

はじめまして。よくこちらへは来てたんですが、コメント書くのはたぶん初めてです。

文章書くのがうまくないので、思ったことが言葉になるかわからないけど、私はあの言葉はちょっとお説教っぽいところが気に入らなくはありますが、端的に言ってしまえば「楽して手に入れられるものなんかない」ってことなんだろうって思っています。

リオールの町のレト教。信じるだけで死者が帰ってくる、そんならくちんなことってないですよね。その町でエドが言います。立って歩け、前へ進め。自分で選んで進んでいくってのは、全然らくちんなことじゃなくて、痛い目にあったり辛い目にあったり嫌になっちゃったりするけれど、それがあるからこそ手に入れられるものがある(楽してなんでもかんでも手に入れようって、それこそが、フラスコの中の小人がやろうとしたことで、間違ってることだった。一貫していると思います)

それを「犠牲」と呼ぶのが正しいのかどうかわかりませんが、私の中ではこんな感じです。自分で書いていてよくわからなくなりました、すみません。

あぁ、なるほど!

人によって、捉え方ってホント違うんですね。
私はかなり単純に捉えてましたww

エド達の過去→未来
みたいな感じで。
彼らの辛かった過去があるから、あの未来がある
ってな感じで思っていたので、全く引っかからなかったんですよねww

「犠牲」に関しては、確かに「犠牲」ではなく、「努力」ですよね。
本人は、犠牲と思ってやるんじゃないんですものね!

新たな視点ありがとうございますw

うんうん、と思いながら拝見しました。

犠牲、やっぱり引っ掛かりますね。
「はじめに犠牲ありき」と読めてしまうのが特に。
みんなの輝かしい未来は、各自の犠牲の上に成り立っているわけじゃないですよ。

ウィンリィのセリフとのつなぎを考えると
「行動(=努力)し続ける男たち」というのが
未来写真図のテーマだったのかもしれないなぁと
今更気がつきました。

だとしたら、やっぱりモノローグは練りきれていないんじゃ・・・という気がしてしまう。

犠牲推奨に読めてしまう今の文よりも
何か犠牲があったとしても、
諦めたり挫けたりせずに行動し続けることで
手に入れられるものがある
というような内容ならスッキリするかなぁ・・・。

アルの肉体=エドにとっての犠牲
エドの右手=アルにとっての犠牲
エドの足=傲慢へのしっぺ返し
なのではと思っていて、二人の旅路は犠牲じゃなくて努力だったと思う。

エドの右手はアルのものという感想に
切ないけれど、ドキドキしました。

はじめまして。いつも楽しく拝見させてもらってます。
ありがとうございます。
最終回の興奮と寂しさと爽快感に包まれながら、初コメントさせてください!!

最終話に付け足された一文の中の「鋼の心」ってのが読み込みの浅い私には「経験豊富な図太い心?」と解釈してました。

しかし、鋼という物質の組成や性能の1面だけでは無く、鍛造?生成?作られるまでのプロセス面に重心を置いたとき、
物語の構成の深さに今さらながら気づき、鳥肌が立ちました。

熱くなりすぎてトン・チン・カンな部分があっても、周りの人々に鍛えられていくご兄弟、鋭い刃でもあり、固い鎧でもあった
彼らはまさに「鋼」の錬金術師だと思います。

>アメショーさま
はい、そうだったみたいですね。

>(豆で腐ってるしね(笑))
山田君、座布団一枚(笑)

>うさうささま
はじめまして
うん、うん。
「楽して手に入れられるものなんかない」。そうですよね。
フラスコの中の小人が真理の扉を使って知識を得ようとしたのに対し、
エドとアルは実際に自分の足で知識を得る旅に出る。
その違いですよね。
そう思うとやっぱり、「犠牲」って言葉はどうかなぁ???
なんですよねぇ。

>piyoさま
そうそう。
あのページの写真がエドとアルの過去の絵だったら、
私もすんなり「エド達の過去→未来」についてだけの事なんだろうなって思ったと思うんですよね。
 
ロイの「人体錬成をしない」のシーンの違和感が、
FAでほんのちょっと改変されただけですっと納得がいったような、
本当に些細な事で、ものの見方って変わるんだなぁと思いました。

>piyoさま
そうそう。
あのページの写真がエドとアルの過去の絵だったら、
私もすんなり「エド達の過去→未来」についてだけの事なんだろうなって思ったと思うんですよね。
 
ロイの「人体錬成をしない」のシーンの違和感が、
FAでほんのちょっと改変されただけですっと納得がいったような、
本当に些細な事で、ものの見方って変わるんだなぁと思いました。

>真朱さま
何故に、書き逃げ?(笑)
 
多分「読めてしまう」のであって。
荒川先生自身はそんなつもりは無かったとは思うんですけどね。

物語の冒頭を、最後に持ってくるエンドって実際私も好きですし。
「ポーの一族」とか「ダンバイン」とか。水島版の鋼もそうでしたし。

鋼は、「円」や「循環」をモチーフにしているから特に締めくくるアイテムとしては最適ですし。
そうなると、もともと物語の冒頭で使われていた文章なのだから変えてしまうわけにはいかない。
そこまでは致し方ない、と思うんですけどね。

「でも本当にそうなのか」
という疑問の投げかけにして、アルの等価交換否定の話に持っていくとか。
何か方法は無かったのかなぁとか、色々思っちゃいますけどね。
U猫さん曰く、こういう事を考えるのは「無からひとつの表現を作るより、100万倍らくちん」だそうですが(爆)
 
>未来写真図のテーマ
あ、なるほど。うん、その繋ぎは美しいな。
てことはやっぱり……ページ不足と練り不足かぁ。
 
 
>エドの右手はアルのもの
あはは、ありがとうございます。

>くらけんさま
はじめまして。コメントありがとうございます。
確かにそうですね。

第15話「鋼のこころ」は、鋼の鎧に宿る心という意味と、もっと強くなるという二人の決意を示す、ダブルミーニングとして使われていましたが。

ここでもう一度出す事で、
あの時の決意通り強くなった二人、という意味に加え、
熱くなった処を叩かれて冷やされて、それを繰り返す事で強くなっていった心(いやいや、頓珍漢だったのは恋愛部分だけって事で・笑)
そういう意味で使われているのでしょうね。

こっそりお邪魔いたします。
犠牲って、人によってどう感じるか、程度はわからないのでなんともいえませんが。
犠牲が仕方ないものではなく、何かを失ってもそれを乗り越えていける、転んでもただでは起きないというように自分は思いました。
悪銭身につかず、ともいいますし。
最後の写真は、それぞれ払った犠牲の大小にかかわらず、それらを乗り越えて頑張っているよってな具合に。
立って前へ進んでいる、読者も気になるその後の風景。
コミックスで、いつものオマケ漫画などあるのかが、楽しみです。

>こんたまるさま
お久しぶりです。
すみません。いまわたわたしていて。
コメントレスはまた後ほど書かせていただきます。

>こんたまるさま
>何かを失ってもそれを乗り越えていける、転んでもただでは起きないというように自分は思いました。

うん、多分、荒川先生が言いたかったのはそれなんだと、私も理解はしています。
でも、あの文章で「それくらい分かれよ」と思ってもし書かれたのだとしたら「私、分かんないもん」って脊髄反射で返したくなる(笑)。

本当に、小学生・中学生をメインに描いてる? と言いたくなるのだけど。
逆に小学生・中学生は、きっとその辺りを「意味分からないけど、それっぽい(=ジャンプっぽい?・笑)カッコいい文章」で流すだろうから、別に特に引っかからないのかもな、とか。
まさにうちの甥っ子が中1なんですけど「なんか分からないけどカッコいい」という感想だったので、やっぱりそう思うんだなぁと。

ちょっと色々自分の中でも、ぐだぐだです(笑)

例えばこんな風だったら、というのが浮かんだら、そのあたりも感想に書いていきたいと思います。

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