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鋼の錬金術師FA 第63話「扉の向こう側」Aパート感想 ネタばれあり(原作ネタばれ含む)

ネタバレ回避文です。なんか時間かかり過ぎてます。ってか長過ぎ。
Aパートの感想だけで、普段の1話分の感想になっちまいやがりました。
なのに、まだ終わりません。
とりあえずAパート分だけアップしちゃいます。

・グリード
リンが命をもって行かれかけて動くっていうのが、いいなぁ。
ラース戦の時、ランファンが機械鎧が壊れるのも省みず泣きながら自分を(というかリンを)助けてくれた。
今回で2度目。グリードも思う処があったんだと思う。
 
  
 
・「俺様の最初で最後の嘘よ」
この台詞残したんだ。
実はこの台詞意味分かんないんだよなぁ。
そんな大層な意味のある台詞でもないよねぇ?
この台詞でどうしてリンがあそこまで驚愕したのかが理解出来ない。
「嘘を付かない」っていう言葉自体が「フェイク」だったって言いたいのか? とか色々勘ぐってみたんだけど、未だわからず。
  
  
 
・「来い、ランファン!」
え? これグリードだったの??
最初、びっくりして、それから納得した。
だから原作は違和感あったんだ。
リンだと思って読むと、リンの立ち位置が、中、外、中、外 ってぐるぐるして混乱したの。
この台詞がグリードなら至極もっとも。確かにすっと納得した。
リンはずっと中にいただけって事になる。
 
感想を読むとこれ、意外と、というかやっぱりというかリンだと思っていた人が多いみたい。
だからFAでも、原作に色々手を加えてフォローしている。
原作でリンと見誤った原因は、心象でリンがグリードに付き放された後にリン本体がうつむくタメから目を見開き「来いランファン」の台詞へと繋がっていったから。
リンが覚悟を決めた、そんな風に見えた。
  
だからFAでは、リンの「待てグリード」に一呼吸置かず「来いランファン」の台詞を出している。
 
主導権が今誰にあるのか、誰によってリンの肉体が動かされているか、たったこれだけで明確になる。
例え音声が無くとも、これならグリードの台詞だって納得する。
ほんとに微妙なさじ加減だったんだなぁ。
 
 
 
・餅グリード
笑いを誘いましたわなぁ。流石に。
ありゃ、ある意味しょうがない。
フルモードは本人も嫌がってる通りブオトコだもん。
 
そこを原作は、作品内ルールを曲げて敢えて心象グリードで描いてた。
それが更にリンの立ち位置を混乱させているのだけど、だからといって餅グリードで良かったかというと。
むむーっ。

グリードの絵をOFFにして、ずっとグリードが空から見下ろしている絵で最期の散るところだけ見せるとか、もう少し何とかしようがあったとは思うのだがなぁ。
 
 
  
・崩れるリンと走るエド
グリードが消えたことで膝を付いたままのリンと、即座にフラスコの中の小人にとどめを差したエド。
動くべき時には動く。
この切り替えの早さがカッコ良かった。
 
つきあいの長さの違い? 
でもエドだってアルが真理の扉の向こうに行ってしまったのに動いてる。
 
単純に話の進行上の事なのかもしれないけれど。
リンはシンにいたころ、他の一族のものに毒を盛られたり、襲われたり、それが日常茶飯事の暮らしだった。
それがアメストリスに来て手に入れた相棒は、ひとつの身体を共有することで、自分を傷つけるなんて事は物理的に絶対ありえない相手だった。
だから安心仕切っていたんだろうな。
グリードは自分を傷つけたりしないって。
だからその死を以て心を傷つけたグリードに、リンのショックは大きかったのかもしれない。
  
 
 
・クセルクセス人の魂
あ、ちゃんと解放された、良かった。
 
 
 
・フラスコの中の小人
どうしても思い出せない。
どこかで、やっぱりこんな風に、身体に開けられた穴に、身体を押し込まれて消滅するっていうアニメだかマンガを見たことがあるような気がするんだけどーっ。
 
絵がグロテスクだった事だけ覚えてて、あんな感じかなあと思いながら見てたら。
最後は真理の扉の腕が邪魔で、最期の最期のお父様の表情とか、あらがいとか見せなかったなぁ。
まあ、それを見たかったか、と言われると微妙なのだけど。
 
 
 
・真理の扉
開けた時もそうだったけど、今回も扉のモチーフは無し。
エドは生命の木、アルは三位一体? ロイは焔の錬成陣。
扉のモチーフ=本人を象徴するものって感じなのかな。
だから、フラスコの中の小人には何もない。
彼は何者でもないから。
 
 
 
・黒マリモ
せいむーぶで、「音速丸」とか言われてた(笑)
やだよ、いきなり声が若本さんだったら笑っちゃうじゃないか。
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・「私はどうすれば良かったんだ」
うん。ずっと私も思ってた。
 
なら分相応に、フラスコの中で一生を終えれば良かったのか?
何も見えなければ、知らなければそれでも良かったかもしれない。
 
でもフラスコの中の小人は知識があって。
人と己の生活を比較できる目があった。
「アルジャーノンに花束を」を思い出す。
知識がなければ、人に馬鹿にされても気づかず笑っていられたかもしれない。
 
それでも幸せになりたかった。本当に最初はそれだけだったかもしれないのに。
人間に近づき、嫉妬し、憤り、欲深くなった。
それを、私は分不相応だったなんて言えない。
 
真理がここで、どんなに正しく「おまえはこうすべきだったんだ」と答えを明かしたとしても、きっと私は脊髄反応で反対する。
分かる、理解するのと、それが自分に出来るかはまったく別の問題だから。

そして。真理はきっと、自分の写し鏡だから。
己に分からない事はきっと真理もおそらく知らないのだろう。
 
だから、原作でもFAでも、ここで真理は黙っている。この演出が好き。
 
 
  
・「おまえはその答えを見ていただろうに」
その分、この台詞にゾクっとした。
フラスコの中の小人は、この触手の一部だったんだ。
 
彼もかつて、ただの有機物だったころ。
何の感情も無くあるいは蔑みながら、強い意志でもってあるいは無意識に、愚かな人々を真理の扉の向こうへ引きづり込む。その役目を果たしていた。
それこそ、そんな触手の中の一部でしかなかった。
 
そのまま何も知らないままでいられれば、彼は幸せだったのかもしれない。
荒川先生がインタビューで、彼は対話をせずに一方的に奪う存在だったとあったけど。
赤ん坊が生まれて最初に対話を交わす母親という存在のなかった彼に。
対話よりも知識の提供を人間に求められた彼に。
それを求めるのは酷な事のように思う。
 
どこまでいっても彼は、人間の驕りの象徴に見えてならない。 
 
そしてひとつ。疑問に思う事がある。
   
彼はすでに、フラスコの中の小人であり、人ではない。
なのに、何故彼には真理の扉があったのだろうか。
考えのひとつとして。
人の形を取っていた時の人体錬成がまだ完結していなかったからという考えは成り立つ。
アメストリス人の命、という通行料が空手形になってしまった為、不払いのカタとしてその肉体を持っていかれた。
でも。
それでもやっぱり。
人体錬成をしたのは「お父様」であって「人」ではないのになぁ。
  
これはたぶん、荒川先生の考えとは違うのかもしれないけど。
  
フラスコの中の小人はホーエンハイムの血から生まれた。
そして、それが元居た場所に帰ったというのなら。
それは、ホーエンハイムの真理の扉の中に戻ったという事じゃないのかな。
 
ならば何故、ホーエンハイムの真理の扉なのに、真理はフラスコの中の小人と同じ形をし、真理の扉はまっさらだったのか?
それは、真理が写し鏡だから。
鏡をのぞき込めば、見えるのはいつだって自分自身。
そんな事なのかもしれない。
 
 
 
・「考えろ、考えるんだ」
実は初見は、このあたりからでした。
ブロガー仲間とお茶していたので、家に帰ってからじっくり見ればいいやと思っていたんだけど。
別れたあと、帰りの電車の中で、今ちょうどやってるんだよなぁと思ったら我慢できず、携帯から音声無しで観ちゃいました。
もうしょっぱなから、涙目になっちゃってかなり怪しい人状態だったなんて、そ、そ、そんなことは……。
 
 
 
・「ちょうど一人分残ってる」
ここで睨みつける目が好き。本当に本気で怒ってる。
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憎しみすらわいてるんじゃなかって思わせるキツイ目。 
苛立ちが伝わってくる。 
 
 
 
・「バカ言ってんじゃねぇよ。クソ親父 二度とそんな事言うな はったおすぞっ」
ここの台詞が好き、というか気持ちが同調してしまう。
一緒になって叫んでる気分になって身体が動いちゃう(笑)。すごく感情移入してしまう。
 
このまるで捨てられた犬みたいな表情がね、いいんだ。
6303
「またオレたちを置いて行く気なのかよっ」って全身で叫んでる。
 
オリヴィエとイズミの会話を思い出す。
「これ以上何があっても大切なものを失うまいとする」「聞き分けの無い子供の目」。
まさにそんな目、そんな表情。
成長した、成長したと言っても変わらないものはある。
「返せよ たった一人の弟なんだ」。そう叫んだあの時から、身内に甘い根っこの部分は変わってない。
置いていかれるのは嫌。一人になりたくない。
「愚直なまでの思いが果たしてこの戦いで活路を開くのか、あるいは仇となるか」
オリヴィエの台詞がまるでこの事を予言していたよう。
原作で先を知っていたはずなのに、ことここに来るまで気がつかなかった。
  
  
 
・「すまない エドワード」
ホーエンハイムが、ちゃんと空気読める奴で良かったよ。うん。
 
 
 
・「真理を見たおかげで錬成陣無しに錬金術が使えるんだろ」
ここから、エドが真理の扉を代価にする事を何故思いついたのか。その思考のプロセスをさりげなく説明してくれる。
大野木さんのこういう姿勢が、私は好きなんだと思う。
 
 
 
・「方法はあるはずだ 必ず」
ここで一度堪えきれず目を閉じてしまうこの表情がいいのっ。
まるで小さな子供のよう。
ホントこのあたりのエドの表情の揺れが、まんま感情の揺れになっていて、こっちの気持ちが揺さぶられる。
台詞では「必ず」って強気な事を言ってるのに。
表情が全てを裏切ってる。
「考えろ 考えろ」と言い続けるのは、ともすれば思考が停止してしまうから。
考えていなければ、最悪の自体が頭を過ぎるから。
何も思いつかず、気持ちばかりがあせって。もう空回りしはじめてる。
「どうしよう。どうしよう」って不安ばかりが大きくなり、心細くなり。
一度拭ったはずの涙が、耐えきれずまた溢れてる。
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これはアルのために浮かべた涙。
 
 
 
・リザとロイを見るエド  
10歳で人体錬成に失敗した時、母親に助けを求めた。
だけど今、振り向いた先がリザとロイっていうのが興味深い。
ホーエンハイムでもイズミでもない。
父親も師匠もエドにとって身内であり守る存在であって、もう助けを求める存在じゃないんだなぁ。
    
リザとロイは、最初に自分達を外に連れ出してくれた人達。
一方的に庇護してくれるわけではない、利用し利用される存在。
それでも親身に自分達の事を考えてくれた。
 
だからこそ、ホーエンハイムのように身を差し出すのではない、冷静な判断による何かを彼らから引き出せるんじゃないかと期待したのかもしれない。
 
 
 
・「アルのためにそんなに泣いてくれるのか」 
いいシーンなんだけど、いいシーンなんだけど。
ごめん、にやにやしちゃう。
だってエドってば「くれるのか」なんて、まるで自分の事のように言っててさ。
それってば、それってば、アルはオレのもの前提発言って事じゃんっ。
さらに、考えるのに必死過ぎて、方法が思いつくまで、メイがずっと向かいで泣いていた事にすら気づかなかったこのアルの為の集中力とか。
やっぱり嬉しくなっちゃう。
 
そして、方法を思いついた後だからこそ、周りの仲間達を見回す。そして腹をくくる。
この方法が成功するかどうかの心配じゃない、自分が後悔しない覚悟を持ってるかどうかを自分自身に尋ね、そして決める。
エドは、いらないものと交換するわけじゃない。
その様を、きっちり見せてくれた。
  
  
 
・錬成陣
だからこそ、錬成陣を描くエドの顔はあれほどまでにすっきりしてるんだ。 
錬成陣を描く最中の、笑っている表情が好き。
やれるとか、大丈夫だとか、そんな確信はもうすっとばしてる。
アルを連れ戻しに行けるんだ、そのことにだけ気持ちが集中してる。 
アルが自分の魂と引き替えに、エドの右腕を取り戻せると気づいた時の嬉しそうな声と重なる。
ああもぉぉぉぉ、こいつらホント、相手の事が大切なだよなぁぁぁぁってにやにやしちゃう。
   
  
  
・「鋼の錬金術師最後の錬成にな」
おもしろい偶然だなぁと思ったのは。
水島版の最終回Aパートの最後も、アルを取り戻す為のエドの人体錬成で終わってるってこと。
実質最終回のこの63話もまた同じ。
 
そして、その代償も本質の部分では変わらない。
代償は、エドの錬金術と、「鋼の錬金術師 エドワード・エルリック」として過ごした4年間。
 
水島版は前者も後者も全て引き替えにしてエドはこちらの1921年に来た。
FAは前者と、後者を半分ほど。
「鋼の錬金術師」としての4年間のみを差し出し、
「エドワード・エルリック」が4年間に得たものだけが手元に残る。

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