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FA64話 先にこれだけ

やっぱり入江監督好きだ。大野木さん好きだぁ。
FA1話を見た時の感想にこんな事、書いてた。
 
多分、入江監督は私なんかが思ってるよりずっと鋼世界の全体を見てる人だったんだ。すごく大きい。そして緻密に計算しつくしてる。
 
鋼 FA第1話「鋼の錬金術師」感想2 ネタばれあり(原作ネタばれ含む)
 
実際にその記事に書いた、予想していたストーリー展開とは違ったけれど。
でも、これだけは間違いじゃなかった。
 
間違いなく、入江監督は、大野木さんは、スタッフは、鋼世界の全体が見えていた。
原作者が陥りやすいミスに丁寧に手当をして、さらに鋼世界を深めてくれた。
 
今回の追加エピソードは、本当に本当に嬉しかった。
 
これらは、原作108話の早読みオフの時、友人がすごく気にしていた部分だった。
 
マルコーが賢者の石を使った事。
ロイが、マルコーに言われて、イシュヴァール対策に臨む事に決めた事。
マルコーがイシュヴァールの地で医師になる許可をロイに取った事。
ランファンがリンに進言した事。
 
「何故、マルコーはまるで自分のもののように賢者の石を使うんだ? ロイは人に言われたから動くのか? 言われなければ何もやらない気だったのか? マルコーはロイが許可しなかったらイシュヴァールに赴かないのか? ランファンは主人に進言出来るような立場じゃないだろ?」
 
それらは全て改修された。
 
ロイは、マルコーに言われるまでもなく自分からイシュヴァールの民の為に動き始めていた。
マルコーは自分が賢者の石を使う事に戸惑いをみせ、自分の傲慢である事を知ったうえで動いた。
ロイも自分が賢者の石を使う事に戸惑い、それでも全て腹をくくったうえで使う事に決めた。
マルコーのイシュヴァールで医師云々の台詞はカット。
ランファンのリンへの進言もカット。
 
すごい。ここまでくると本当にすごい。
気が付いたらモニターの前で拍手してたよ(笑)。
 
あと、スカーがマイルズの進言で軍門に下った事についても友人は納得が言ってなかったのだけど。
ここはわたし的にはOKだな。
FAではあらかじめ、まだスカーは自分がどう動くべきか道を見定めていないエピソードが入っていたから。
彼はまだ、人に言われてその通りに動くレベルなんだと思う。またそうすることで何が見えるのかそれを彼自身が見定めたいと思っているのだろうし。
 
 
さらにわたし的にも。
「元の身体に戻る時は兄さんも一緒だよ」と言っていたアルが、エドの左足に対して負い目も悲しみも感じないのが気になったし。
エドも機械鎧のままではアルが負い目に思うのなんて分かっているだろうに(そのうえでわざとならそれは萌えだけど・笑)、戻さなかった理由が理解出来なかった。
(「取り戻す気は無かった様です」=取り戻す気があれば取り戻せたっという事だと私は理解しています)
 
FAではそもそも元に戻せなかったと取れるよう改修され、アルの台詞として「自分だけが戻って、ごめん」ではなく、「ありがとう」って台詞を持ってきてくれたのが嬉しかった。
負い目ではなく、感謝を。
 
 
兄弟シーン増量も嬉しかった。
分かったんだ。何故原作のエドとアルのエピに不満があったのか。
二人の間の絆が見えなかったからなんだ。
 
屋根の上で怒りだしたエドを簡単に諌められるのはやっぱりアルだってこと。
「僕も兄さんもそれだけじゃないんだよ」。こんな台詞も嬉しい。
きちんと分かりあっているから、離れても大丈夫。
まさにメインテーマ通り「兄弟の絆」がちゃんとFAでは見えたんだ。
それさえあれば、ウィンリィの事だってちゃんと祝福出来た。
そういうものなんです。
 
 
最後のナレーションの改修。
あれは、エドとアルについては確かにそうであっても、他の人には関係ないはずなのにみんなの未来写真の上だったから、違和感があったってのは原作の感想で書いた。
続 最終話読んだ!(ネタバレあり!)
  
だから絵はエド1人に絞られた。 GJ!
(あ、このシーンについては丸っとOKではないので、そのあたりはまた感想に書くけどね)
 
 
なんだよ、入江監督も大野木さんも分かってるじゃないか。バシって背中を叩きたい気分です(笑)。
祝杯をあげたい気分。
 
前に、オフで言った時、痛い子でも見るような生ぬるーい目で見られてムカついたのだけど。
今だってきっぱり言える。
  
FAを最初から最後まで見続けた私は、間違いなく勝ち組ですともっ。
  
本当に、ほんとーにっ。FAの監督が入江監督で良かった。シリーズ構成が大野木さんで良かった。
心から感謝してます。ありがとうございました。

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コメント

鋼FA最終回、まだ仕事で見られてないのですが、りほさんの感想読んで見られるの今から楽しみです!
しかし、劇場版!!
入江監督のツイートご覧になりましたか?劇場版はスタッフが異なり、監督は入江さんではないようです!
「鋼FAはこれにて完結」と書かれてたので、おや?と思ってましたが…これはますます劇場版の謎が深まりましたね。
FAが良かっただけに個人的には多少、劇場版が不安になってしまいます…。

話は変わりますが、鋼FAを最後まで楽しめたのは、りほさんの感想があったからでした。有難うございます!
最終回の感想も楽しみにしております!

最終回を見て、思ったこと・・・・

あっ!りほさんが気にしてたトコ改変されてる!でした(笑)
おめでとうございます♪♪
残念なのは、一部、アルフォンスさんがおっさんになってたことでしょうか・・・後半は格好良かったけど。

そして、増田のひげ・・・・誰ですか落書きしたのは!!
感動が吹っ飛ぶじゃないですか!!!(一部方面ではエドの落書きとかなんとか(笑))
サントラ3のジャケ画もアレだし、なんか色々吹っ切れたんでしょうか??

こんにちは。署名活動の件、私も参加したかったのですがこちらの事情につきできませんでした。
でも気持ちは応援しています。

りほ様の友人様のblogのファンでもありますので、病室での改変を見た時はまっさきにその方を思い出しました。
毎回りほ様たちのblogを拝見させていただいては、FAの注目ポイントとしていました(笑)

鋼FA放映にあたり、いろいろな意見もありましたが私は情報が出た時も毎週放映も楽しみにしていました。

基本的に原作に準拠しつつも色々改変があったのも興味深く見てました。
原作でおかしかったところの改変も、原作者本来の意図が視聴者に伝わりやすくなるように変えていて、
本当に原作への熱意・敬意・愛が伝わってきました。これこそ「理解→分解→再構築」だと思いました。
最後までさりげなくそれを続けて、ましてや時間も足りないのに最終回でもちゃんとやってくれるなんて!
これは以前りほ様の書いた考察のおかげで気づくことができました。
私の中では原作と鋼FAは別作品という位置づけのつもりでしたが、気づいたら相互補完的なところもある位置づけになってました。

限られた期間やプレッシャーの中でひとつの作品をきちんとアニメとして完結させることができた
入江監督と大野木さん、その他スタッフにありがとう、お疲れ様という気持ちでいっぱいです。

そしてりほ様のおかげで鋼の錬金術師という作品をより深く楽しむことができました。ありがとうございます!

残念といえば劇場版に入江監督が参加されないことです。


>秋生さま
情報ありがとうございました。
入江監督じゃないんですね。
ここまでFAを盛り上げてくれた功労者なんだから、やっぱり入江監督にやって欲しかったなぁ。残念です。
 
水島監督も、入江監督ではない事を知らなかったっぽいので違うようですし。
京田監督(エウレカ)が何かまるで劇場版の事を知っていたかのようなつぶやきなのが気になっているんですが。入江監督と繋がりがあるなら知っていて当然なのかなぁと思ったり。
三間音響監督の元にも依頼のお話はいっていないようですし。

また去年の春のような、そわそわする日が続きそうです。

>アメショーさま
ありがとうございますっ♪♪
  
頬がこけてるとどうしてもね。
でもグレイシアさんの処に行った時のアルは、13歳アルみたいに、頬の線が入ってて可愛かったです。
 
増田のヒゲは、あれはエドの子供が落書きしたんですよ。
でエドが抱えあげた処で撮影だったんですよ、きっと(笑)。
サントラ3のアレもねぇ。
吹っ切れたって、エドがですか?(爆)

>雉人さま
こちらこそ、拙ブログに通っていただきありがとうございました。
水島版は、理解→分解→再構築を賢者の石でもって行っていたような気がします。
だから、縦横無尽に、一の質量から二の質量、三の質量を繰り出して周囲を驚かせました。
FAは、同じ理解→分解→再構築でも、一の質量から一の質量のものを錬成することで、時には補修し、時には見栄え良く、時には強調し、そうやって作りあげた作品でしたね。
水島版のような派手さはありませんでしたが、地味は滋味に通じるというのが私の持論です。
噛めば噛むほど味がでる、その味わい深さが大好きでした。

劇場版、入江監督にお願いしたかったですね。

私も先にこれだけ(笑)
ザンパノさん達とのランチの後で「兄貴はシンに行かねーのか?」と聞かれて機械鎧だから砂漠越えは云々と言う台詞が抜けてますよね。別に入ってても支障無いように思うんだけど何故何でしょうね? …もしかしたら劇場版の為の…だったらよいなぁ~( ̄∀ ̄)

はじめまして、ぽんずです。
確かにマルコーさんの件はアニメの方が良かったですね。

でも、個人的にロイの描写は原作の方が好きです。
ロイはあの時点ではイシュヴァールから目を背けていた面があったんだと思います。キンブリーの「死から目を背けるな、忘れるな」という言葉に反してイシュ戦直後のロイは死んでいった部下も、イシュヴァール人も何一つ覚えていないと言っていました。
ロイの失明もそれの比喩なんじゃないかなぁと。
だからこそあの場面で再びキンブリーの言葉を思い出し、初めて正面から見据えることができたんだと思います。
そしてそれが視力の回復に繋がると考えて、上手い構成だなぁと思いました。

アニメはアニメでいいんですけど、私はやっぱり原作の方が好きですね。

>丙午さま
うーん、入江監督は劇場版に関わらないそうですからねぇ。
大野木さんは分からないけど。
そもそもが別行動の予定だから、無くても支障無しってことで切られたんじゃないのかなぁ。と夢を砕くような事を言ってみる(笑)。

>ぽんずさま
はじめまして レスが遅くなってすみません。
うん、その流れは確かに綺麗ですね。
 
でも、私はアニメの方が好き(笑)。
イシュヴァール戦の反省から、ロイは己れ1人で全ての人を守る事なんて出来ない事を自覚し、ヒューズとネズミ算の話(笑)をしましたよね。
だからロイは腹心の部下を集めて大総統を目指した。
いつだってそこからブレた行動を取って来なかった。それは目を背けていなかったって事になるんじゃないかなぁ、と思っています。
だからキンブリーのあの台詞も私の中では蛇足っぽいな、と思っていたくらいですし。
 
ぽんずさまが、ロイが目を背けたと思われたのはどのシーンでしょうか? もし良かったら教えてください。

りほ様こんにちは。試験前にも関わらずロイに気を奪われてしまったぽんずです。
ロイがイシュヴァールから目を背けていたと感じたのは何故か。ぐだぐだと考えてみたことを綴ります。
まず、先日も書いたようにイシュヴァール戦直後に死んでいった者達の名前を憶えていないと苦悩するシーンですね。もちろんそれがネズミ算の件の決心に繋がることに疑問の余地はないのですが、同時に今後に大きく響くようなトラウマになったのも事実でしょう。目を背けていた、という考えとは矛盾するかもしれませんが、最終話までイシュヴァールの事をどうするかについて言及がなかった(国を変えるとは言ってましたが)ので、あえてイシュヴァールの事は避けていると感じたのかもしれません。
考えてみればはっきりとそういう印象を抱いたのは最終話のシーンが初めてなようです。あれでイシュヴァールの事を忘れてはいないが、具体的に何をどうするかのビジョンを打ち立てていなかった、あそこで初めて過去と向き合うことができたんだという感想を持ちました。
そんな彼の姿をすんなり受け入れることができたのは私が持つロイの印象が「情けない男」(もちろんいい意味で)だったからだと思います。
や、別に無能のイメージを引きずってるわけじゃないですよ(笑) 彼はそんなに強い人間じゃないというのが私の考えです。そしてそれを自覚してるのが彼の強さなんだと。だから一人じゃ大総統の地位に辿り着くことはできないと豪語するし、「俺がこの国を変えてやる!」じゃなくて「皆でこの国を変えてみせよう」と周りを頼ることを前提としてるんですね。
彼の大総統を目指す意志はとても強固なものです。しかしエンヴィー戦で一時復讐心に囚われてしまったように絶対ではない。周りの説得がなければ道を踏み外していた。その姿は情けないけれども一回り成長することができた。
最終話でもまた、彼は成長したんだと思います。そしてそれも、周りの人間(この場合はマルコーさん)によってもたらされました。
私にとってロイは、周りの人間の助けを借りて大総統への階段を昇っていくキャラなんですね。人と人の繋がりが作品のテーマの一つのようですし、人という字は互いに支えあってできているそうですから(笑) 
確か荒川先生のインタビューで「ロイは大総統にはまだ早い」とあったので、まだまだ成長の余地を残したキャラクターだと思っています。だから、イシュヴァール政策を自発的にではなく他者の力を借りて決意するというシーンに納得ができたんだと思います。
もちろん、あの時点でのロイはそんなに弱くないという意見も分かりますよ。この辺の境界は好き好きですね。

長い上にまとまりのない文章ですいません。考察は好きでも普段文字に起こすことがないので(汗)
漫画は色々読んでますがこれほど考察し甲斐のある漫画はそうそうありませんよ。次回作も想像の余地を残したテーマ性溢れる作品になることは必至でしょうね。
このままいくと際限なく続いてしまいそうなのでここらで止めにします(笑) それでは。

>ぽんずさま
さっそくのお返事ありがとうございます。レスが遅れて申し訳ありません。
 
>あえてイシュヴァールの事は避けていると感じたのかもしれません。
ぽんずさまが「避けている」と感じた処を、私は「意識する必要すらない当たり前の事」と感じていました。

わはは、もうそこからして捉え方違うんですねー。面白い。
面白ついでに、自分の意見はこんなんです。ぽんずさまのコメントへのレスを含めながら。
 
確かにイシュヴァールについてどこにも「言及」してませんでしたね。
初期の頃、国家錬金術師に復讐するスカーに対し、ロイはそれを甘んじて受け入れはしないが、イシュヴァール人にとってそれは当然の権利である、という立場をとっていました。
ロイの口から、イシュヴァール人について話題が出たのって、多分このくらいかも。
以降、ロイがイシュヴァール人に接触する機会はスカー以外まったく無かったので、殊更意識する機会も無かったとは思うのですが。
 
ただ、ロイの面白い処は、彼の中にイシュヴァール人への差別意識がまるで無い処だと思うんです。
だからこそ彼は率直に「国民を守るはずの国軍が、国民を殺している」事に疑問を感じました。
そう。ロイにとってイシュヴァール人は、アメストリス国民なんです。 
この国の礎のひとつとなって、と思えるほど愛国心溢れ(この理由が知りたい処ですが)、国の為、国民の為を考える彼にとってイシュヴァール人であれ、生粋のアメストリス人であれ、アメストリスの国に生まれ育った人間であれば、それはもうアメストリス人として、この国に守られなければいけない存在だと思っている彼が、不遇にあるイシュヴァール人に対し何も考えていないなんて事がありえるものなのか。
 
彼が大総統の座を狙うのは大総統に成りたいからではなく、大総統になってやりたい事のビジョンが見えているからです。
そしてそのきっかけがイシュヴァール殲滅戦であるにも関わらず、そのやりたい事にイシュヴァール対策が入っていないとは、どうにも納得がいかない。
 
ぽんずさまがおっしゃるように、ロイが「周りの人間の助けを借りて大総統への階段を昇っていくキャラ」という点について勿論異論はありませんともっ。
ですが、彼の甘さは、「世界の大きさ」に対し「自分の手の小ささ」を把握出来ていない点であり、「世界の大きさ」を知らない事ではないと思うんです。いや、思いたいのかな?(笑)
だからこそ彼は、「世界」を包む為に「自分の手」だけではなく「人の手」を必要とする道を選んだ。そう思っています。

なので、アニメのようにマルコーがロイの意志に手を貸すのなら納得がいくのだけれど、原作のようにマルコーに言われてロイが気づくとなると「あれ?」と思ってしまう。今までのロイの行動言動から矛盾しないか? と。
 
「人と人の繋がりが作品のテーマの一つ」という事も承知していますし、そのテーマそのものも悪くない。
「自分には無かった他人の意見に触れる」「人に言われて、新しい道に気づく」「目からウロコが落ちる」それもいいです。
「みんながいるから頑張れる」のシーンはカッコ良かった。
 
でも、それらはまず自分の意志ありきだから素敵なのではないでしょうか。
 
「誰かが言った(あるいは言わなかった)から行動する」は上手くいかなかった場合その責任を「誰か」に転嫁出来てしまう呪文です。
「目が見えんなりに私にできる事を考えようと思う」のロイの台詞が莫莫としたものではなく、もっと、しっかり意志のある、次の展開を自分なりの踏まえた上での台詞であれば違ったと思います。
例えば単純に、その台詞のあとにキンブリーのあの台詞をつなげる、それだけで、おそらく私の印象は違ったと思うんです。
 
その辺りがどうも、自分の中でぐだぐだとなってしまった原因のようです。
  

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