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ガンガン2010年7月号 鋼の錬金術師第108話「旅路の果て」ネタバレ感想 その10

バトンリレーではなく

物事の裏を読もうとしているわけではないのだけど。
最終回を全体的に褒めているブログ様方が「この台詞が良かったっ」と書かれている台詞が、よりにもよって自分の中で思い切り引っかかてしまった台詞だったりすると、思い切り凹みます。
FAではカットされて、とりあえず不要と思ったのは自分だけじゃないんだな、と分かってほっとしたり。
さて。  
 
「みんなあきらめろって言わなかったじゃないか」
じゃあ、みんながあきらめろと言ったらあきらめたのか?
 
なんだか全てココに来てしまう。
 
みんなに言われなかったから、エドはあきらめなかった。
マルコーが言ったから、ロイはイシュヴァール政策の必要性に気づいた。
ランファンに言われたから、リンは無血でのシン国統一に動いた。
マイルズに言われたから、スカーはイシュヴァール復興の為に動いた。
みんな、みーんなっ、誰かに何か言われたから動いた。
 
それってそんなにイイ事なのかなぁ?
   
ガイドブック4の、朴さんが荒川先生から貰ったメールの話を読むまでも無く、まるでバトンを渡していくリレーのようだなって、思ってた。
新井素子の「星へ行く船」シリーズの最終巻「そして、星へ行く船」のイメージアルバムにある「Flower─愛の花束」の歌詞が過ぎった。
♪愛のリレーをしましょう 花束を渡すように
ごめん、古過ぎて前後の歌詞が思い出せないや。ググっても出てきやしない(笑)。
  
多分、そういうイメージを描きたかったんだろうな、そう思ってる。分かってる。   
でもそれは。「今、言われて自分の至らなさに気づく」という行為に固定する必要は無かったんじゃないかな。
 
誰かに言われたから動く、ということは、言われなかったら動かなかったという事になってしまう。
そんなにこいつらは莫迦だったのか?
誰かに言われたから動く、ということは、その責任を全てその誰かに押し付ける事が出来てしまう。
そんなにこいつらは卑怯者なのか?
   
そしてもうひとつ。何故それは常に一方通行じゃないといけないんだ?
 
エドはあきらめろと言われたらあきらめたのか?
あきらめろと言ったところで奴らがそう簡単にあきらめるもんか。
そんなエドとアルだから。
ロイやリザは、こんな子供達が生きていく為にもロイを大総統にと望み、ザンパノとジェルソは元の身体に戻る為に動き、マルコーは二人に希望を託し。
だからエド達もここまで頑張って来れたんじゃないのか?
    
戦争で自ら手に掛けたイシュヴァール人たち。
「恨みます」と最期の言葉を残した老人。戦渦に巻き込まれ命を落とした子供の墓。投降すら認めなかった粛正という名の皆殺し。それらが生み出したスカーの復讐心。
だからこそ、軍が国民を殺さない国をロイは望み、ヒューズがそれに乗り、リザ達が彼を押し上げ、スカーは復讐の手を止めた。
ならば、軍は何をすべきか。自分は何をすべきか。ロイには見えていたはずだ。
マルコーに言われずとも、ロイの頭にはイシュヴァール政策に乗り出す事も計画としてあったんじゃないのか?
 
不老不死の身体を以てしても民は救えない。
謀らずも自らの身でそれを証明してしまったリンに、賢者の石を望む現国王の意は余りにも愚かに見えただろう。
クセルクセスの愚王の話もホーエンハイムから聞かされた。その末路からリンは学ぶ事があったはずだ。
アメストリスという国は、リンにとって格好の学習の場だったはずだ。
国民を消耗品として扱う大総統。それは王位継承争いで民を犠牲にするであろう自分の姿に重なったかもしれない。
自分達のために他人の命は使えないと言い切ったエド。
リンは自分の兄弟を粛正したあと、そのエドの目を見る事が出来るのか?
相手がホムンクルスであっても分かり合う事は出来たのに、一緒に戦った半分血のつながる妹と分かりあうことが何故できない?
ランファンに言われずとも無血での継承をリンは望んだのではないのか?
  
スカーは……逆転の国土錬成陣を発動させた際もまだ悩んでいたようだから、ま、まだまだ人の言葉で気づく事があってもしょうがないか(爆)。
 
彼らはみな成長して最終回を迎えた。私はそう思っていた。
だから。「何を今更?」と思わずにはいられない。
 
「本当に言いたい事は絵だけでは無く、多少うざくとも言葉にして表現すべきだと思った」前にそんなことを水島監督が言っていた。あれ? 會川さんだったかな?
それは確かに分かるんだ。水島版のあの長ったらしい説明台詞に辟易しながらも。
そうすることでエドの行動にはブレがなかった。分かり安くなった。
 
それとも違う。
 
なんて言えばいいんだろ?
キャラクターはもう10まで成長していると思っていたのに、まるで5までしか成長していないキャラクターに必要なエピソードをあてがわれたような感覚、と言えば伝わるだろうか?
 
もう雛鳥はすっかり巣立つ準備を終えてあとは飛び立つ為の風を待つばかりのつもりでいたのに。まだお前たちは何も分かっちゃいないと、巣箱に戻されたような。
 
今まで自由に動いていたキャラクター達が、ここにきてひょいっと持ち上げられ、作者の決めたレールの上に立たされてしまったような違和感。
 
なんなんだだろう? この感覚は。
こちらが見上げているキャラクターを、作者はえらく下に見下ろしている? 
荒川先生がキャラターを操る糸がはっきり見えてしまったような気分だった。
 
エドもロイもリンもスカーも、もう充分成長していた。
こいつら頑張ったよな。そう思っている。
思惑はそれぞれ違かろうが、互いを理解し、手をつなぐことは出来る。
支えあう事、影響しあえる事は出来るんだ。
それらはもう107話まででこちらに充分伝わっていたのに。
 
だからこんな事を想像してしまう。
彼らの未来の、その結果だけを示してくれた、どうなったかな、と。
ロイも、マルコーも、シンも、メイも、スカーも、ランファンも、エピソードは全っ部無しっ。
最後の写真だけでいい。
その代わり仕込みだけはたっぷりに。
 
ロイの肩章が大将になっているだけではなく、2人の背後にイシュヴァール人の暮らしている様子が映っていたらどうだろう。
さらにその隅っこにスカーとマイルズが映っていたら?
 
逆に、スカーとマイルズをメインに捉えた写真の、その背後にロイとリザの背中が見えていたらどう思う?
 
そして遠くの彼方の屋根の上に赤十字の旗が揺れるのが見えたらどうだろう。
それがマルコーの写る写真の背後の病院の屋根とよく似ていたとしたら?
 
王位を継承したリンの片腕のようにメイが隣りにいたら、それだけでリンの奴国を変えやがったなと思えただろう。
ランファンは。お庭番が写真に写ったらまずいよな。リンの背後から飛び去った後の何か影が写っている写真ばかりが数枚。 何これ???? みたいなのがあったら面白かったかも。
 
マスタング組ももう彼らだけじゃない。ハボックやブレダ、チャーリー達の部下の更に下にも部下がいて。
昔ロイがヒューズに語った夢が「現実に成り下が」った絵が見られたらどれだけ胸の詰まる思いがしただろう。
 
ここまで辿り着く為に、奴らはどんな風に過ごしてきただろうと、想像するだけでワクワクしただろう。
あーでもない、こーでもないとブログに書いたり、友人と語りあったり楽しかっただろうなぁ。
そういったものが、きっと私は見たかったんだ。
 
だけど未来は固定されてしまった。
「彼らはこれから、この方向に向かって進んでいきますよ」と提示され、ほら、間違いなくその方向に進んでいるでしょ? と結果までもが提示されてしまった。
来し方行く末すべてをさらけだしこちらの妄想の隙を与えてくれない。
 
何も身に付けず、さあ妄想してくださいと言われてもね(笑)。困る。
着物の襟を抜いたり、裾からふくらはぎがちらっと見えたり、そんな風に。
実際には知りたい情報は何も与えてくれなくていい。
そこをこちらで勝手に想像する楽しみを味わわせてほしかったなぁ。
 
物語が終わったその先の、未来は全て読者のものだ。
例え作者であっても縛りつけて欲しくなかった。
あーだ、こーだと、想像し、妄想して楽しめたら・・・・・・そう思ってしまう。
どのようにその道を辿ったのかその正確さは伝わりきらなくとも。
 
彼らは、今、立って歩いて前へ進んでいる。それだけは絶対に伝わっただろうから。

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コメント

こんにちは

私的な意見ですが、あきらめろと言われたら、エドたちはあきらめていたと思います。
例えば、ヒューズが死んだ時。実際にエドは一度は「あきらめる」といったことをグレイシアさんに伝えようとしていました。
でも、グレイシアさんが「あきらめるな」と言ってくれたからエドもアルも再び前に進めました。
二人とも、他人が犠牲になるという事柄においては弱い部分があります。
もしもグレイシアさんが「夫が死んだのはお前たちのせい。自分たちの勝手で体を失ったくせに、また他人を巻き込む旅を続けるつもりなのか」とでもなじっていれば、二人はヒューズの死を乗り越えられず、リゼンブールに戻っていたかもしれません。
あるいは、ウィンリィがエドに泣いてすがっていれば、アルはせめてエドの旅だけはやめさせようとしていたかもしれません。
アニメの旧作では、アルにまでその声は届きませんでしたが、ウィンリィは実際にそういった言動をし、エドが何も返せず戸惑う描写がありました。
エドとアルの旅や、旅を続ける意思は二人だけで完結するものではなく、やはり「あきらめるな」という周囲の支えあってのものだと思います。

>名無しさま
こんにちは

そうですね。「あきらめろ」と言わなかったからではなく「あきらめるな」と言ってくれたから、なんですよね。
そこが私には重要なんですっ。

美味しいネタ提供ありがとうございます(笑)
感想の続きでそのあたり是非書かせていただきます。

しつこくコメントを続けるぽんずです。

私は最終回を「あーきれいに終わってよかったなー」という感じで結構軽く読んでいたので、りほさんが抱いている色々な疑問を読むと改めて考えるきっかけになっていいです。

まずはリン。彼はランファンに言われる前から決意を固めていたはず。そうじゃなければあんなに速く、しかも当然のように了承したりはできないでしょう。
あそこのシーンはリンではなくランファンの心情の変化を書きたかったのかもしれません。まあアニメみたく削ってもいいシーンではありますが。(でも「帰ろう、じい様」は欲しかった……)
ロイについては前に色々書いたので割愛。スカーについても特に付け加えることはありません。

で、エドですが名無しさん(?)が言うとおり言う人が言えば彼はあきらめたでしょう(最終回のあの場で、という意味ならもちろんNOですが)。
兄弟のやったことは自業自得ですし、前にオリヴィエが言った「自分勝手な理由で騒ぎを広げる」も半分当たっています。グレイシアを始め、周りに迷惑をかけた人達がたくさんいます。負い目がある彼らがあきらめろと言ったら、果たして兄弟は旅を続けたでしょうか?
それでも彼らは背中を押してくれた。だからエドはあの場に立っっていた。
その場面で「誰もあきらめろと言わなかった」と後ろを振り返ることが弱さなのでしょうか?
人々の支えられていることを改めて自覚する。それは見方を変えれば後で他人のせいにできてしまう行為かもしれません。
でも、責任を押し付けることができると実際にそれを行なうことには大きな隔たりがあります。
実際になすりつけを行なってない段階から卑怯者と呼ぶのはちょっと飛躍しすぎではないでしょうか?

とまあ、色々書きましたが「誰かに言われる→決意する」がパターン化してしまっているのは確かですね。

後日談に関しては、私は想像の余地は残っていると思いましたね。
ロイもリンも、当初から目的は明確でしたから描写がなくても多分大方の人は最終回と同じ様な想像をしたでしょう。良くも悪くも予定調和ですから結果的には大差ないはずです。その結果を想像したかったということなんでしょうが。
しかし、結果が示されていても、その過程を想像することはできるのではないでしょうか?
まあ、後日談なんてものは人によって余計だったり物足りなかったりするものなのでしょう(適当)。

>ぽんずさま
あはは、そのしつこさ嫌いじゃないですよっ。
前のコメントレスと同じ事しかまだ言えなくてすみません。

きちんとしたレスはもう少し遅くなりそうです。
色々反論やらなにやらしたくてうずうずしてはいるのですが(笑)
いましばらくお待ちください。

>ぽんずさま
名無しさまのコメでネタ投下いただいて。ぽんずさまのコメでさらに肉付けして。
どう考えてもコメントレスの長さじゃないなぁ、ということで記事一本書いたのがこちらです。
 
ガンガン2010年7月号 鋼の錬金術師第108話「旅路の果て」ネタバレ感想 その14
http://arisugawa.cocolog-nifty.com/alice/2010/10/2010710814-c2-1.html
 
「あきらめろと言わなかったじゃないか」の台詞を最初読んだ時。
「あたりまえじゃん。んな事誰も言わんよ、所詮他人事だもの」と即効思ってしまったんですよねぇ(笑)。
その14の記事にも書きましたが。
他人に意見すれば、あとあとまでその言葉に責任を負わなければいけなくなる。
所詮他人に対してそんな面倒なこと言いません。
それこそ「だってあんたが、あきらめろ(orあきらめるな)って言ったからそうしたのにっ」って言われたら面倒ですから。それが大人な第三者の対応ってものです(笑)。
でも彼らはそうじゃない。
そこを誤認識されるような言葉はまず避けるべきだよなぁと思ったのが1点。
 
>負い目がある彼らがあきらめろと言ったら、果たして兄弟は旅を続けたでしょうか?
私にとって「あきらめる」とは、エド達が自ら心折れてあきらめることであって。
「他人を犠牲にするくらいなら」と自分の意志に反してあきらめる事を差して言ったわけではないんです。
その辺りもみっちり書かせていただきましたので、URL先をご参照いただければ幸いです。

>それでも彼らは背中を押してくれた。
うん。ほら、ぽんずさまもだっ(笑)。
彼らはエドの為にあきらめろと言わないで「くれた」んです。
「あきらめろと言わなかった」のではなく、「あきらめろと言わないでくれた」。
エド達があきらめたくないと思っていて。だから彼らはあきらめろと言わないでくれた。
エド達があきらめますと言ってもそれが二人の本意ではないと察し、あきらめろと言わないでくれた。
そこが私にとっては重要なんです。
   
後日談ついては、ごめんなさい今、記事、書いてますぅぅぅぅ。
もう少々お待ちを。
  

初めまして。コミックス派で最近完結までを読みました。こちらの主に最終回の感想をよませていただきました。

マスタングの場合については、マルコーとの会話前後で次のように変わったのだと私は解釈してました。

会話前: イシュバールのような悲劇を防ぐためにはまず自分が大総統になるべき
会話後: 大総統にはならずイシュバールに戻り償う

会話前でもイシュバール政策自体は当然だったと思います。

エドが手足等(大雑把ですみません)と引き換えに得た錬金術能力を返却したのと同様、イシュバールの傷と引き換えに得た野望を返却したと読めるので、まあまあ気に入ってます。

また忙しくなるぞという伝言のところで、大総統への野望のために集めたイシュバールに関係ない部下ともそのままつるんでいくように見えるのが、ちょっと解釈として弱いところですけど。(その辺は最後の写真ではつるんでいなかったということで。)

生半可なことを書いてしまったみたいですみません。

FA64話 先にこれだけ 有栖川探偵小説事務所出張所
の方を読んで納得しました。

FAを見ていなかったので、そちらの記事を読んでなかったのですが、ぽんずさんのコメントが気になって探しました。


マスタングの野望はそんな弱くないですね。どうも、鋼キャラは強すぎて私には見えづらい。

あとイシュバールじゃなくてイシュヴァール。恥ずかしい。

今やっと最終巻を読み終わりました。こちらのブログは何年も読ませていただいております…
あの…「みんなあきらめろと言わなかったじゃないか」というエドのセリフは私には違和感は無かったです。魂までも扉の中に行ってしまったアルをエドが取り戻そうとしている時、エドが自分自身に言い聞かせて自分を奮い立たせている言葉ですよね?あれって。
あの場で、賢者の石や、父親の命や、自分の命などを使わずにすむ方法について必死に考えながら、「みんなも諦めろとは言わなかったんだからきっと何か解決法があるはず」と言う意味で独り言を言ったんではないかなぁ?

>うのめさま
初めまして
雑誌のインタビュー記事でも荒川先生自身がグラマンの次の大総統はロイだと答えてましたし。
「「また」忙しくなる」とあるので、やはりロイはもう一度大総統を目指すのだと私は思いましたが。
でもそれはそれとして、うのめさんのおっしゃる流れも面白いですね。
エドとの対比が面白いなぁ。
うのめさんがおっしゃられていることとずれるかもしれませんが。
ずっとロイはエドの真逆に対比させた存在だった思うんです。
子供と大人、敵を殺せないか殺せるか、誰かの手下と誰かの上司。
だから最後に、エドとロイがそれぞれどんな立ち位置で終わったのか、それを対比させて見せるのに、うのめさんが言われたような、そんな見せ場が欲しかったなぁとちょっと思っちゃいました。
  
>イシュバール
ぶっちゃけ、コミックスでも何巻だったかのサブタイトルに「イシュバール」と「イシュヴァール」とが並んでいる巻がありますからねぇ。二刷以降直ったのかなぁ。
出典がそうなのだから、読者が間違えてもしょうがないということで(笑)。

>名無し二人目さま
うっかりの入力モレなら追加コメントって手もあります。上の名無しさまとは別の方ですよね。IPアドレス確認済みです、もみじさま。
 
>魂までも扉の中に行ってしまったアルをエドが取り戻そうとしている時、エドが自分自身に言い聞かせて自分を奮い立たせている言葉ですよね?あれって。

YES
 
>あの場で、賢者の石や、父親の命や、自分の命などを使わずにすむ方法について必死に考えながら
   
そこまでは私も同じ考えです、が。
 
>「みんなも諦めろとは言わなかったんだからきっと何か解決法があるはず」と言う意味で独り言を言ったんではないかなぁ?

んーーーーーーーーーーっ。ごめんなさいっ。ちょっと、理解出来ませんでした。
何故「だから」になるのかが分からないので教えていただけますか?
 
みんなが諦めろと言わなかったのは、「みんなはその解決方法を知っているから諦めろと言わなかった」とおっしゃられているように受取れるのですが。
だったら誰かエドに教えてやれよっ(笑)て話ですよね。
そうじゃないとするとエドの希望的観測という事でしょうか?
  
私は「みんな諦めろと言わないでいてくれた。自分達に火の粉がかかるかもしれないのに応援してくれた。みんなにそこまでして貰っていながら、ここでそれに報いなくてどうするっ。さぁ腹をくくれ、覚悟を決めろ」という自分への叱咤だと思っているのですが。
いかがでしょう?
  

そうです、真理=DNA説をコメントさせていただいたもみじです。最近のコメントはそれだけです、はい。コメレスをお送りせぬままでごめんなさいね、せっかくお返事いただいていましたのに…

では、まず過去の記事から…
おっしゃる通り、エドのDNAから錬金術能力が削除されたという解釈も有りだし、以前書かれていたように術の実践回路みたいな奴にアクセス出来なくなった(でよろしかったでしょうか?)という解釈も有りだし、他の可能性だって有りだなあとも思いました。作者自身がどういう設定にしたのか詳しくは語っていないのなら、好きなように解釈して良しだな!みたいな、感じです。

そして、この記事について。
エドは壊れてしまったアルの鎧を見下ろしながら「…そうだ」と呟いております。このセリフは、この時この場所でいい方法を見つけようとしてなかなか見つからない苦悩から一転させた「ひらめき」を表しているのでは?
色々な人が旅を助けてくれた事を回想していくうちに、共通するのは「兄弟が身体を取り戻すことへの希望」を持ってくれていたという事だった…と判った。みんなが希望も持っているのなら、それは根拠のない事では無くて叶える方法があるはずだよ、と確信したんではないだろうか?あるいは、もう方法は思いついたんだけど、失敗したら命が無いから怖い、そう思って踏みきれないんだけど、「きっと大丈夫。みんなが『兄弟の夢はかなう』と希望を持ってくれているんだから」とひらめいた。

父親が自分の命を使えと言ったときに、りほ様はエドに「もっと迷ってほしかった」と、以前書いておられましたが、115頁最後のエドの顔は、私にはすごく迷っている顔だと思えました。そうしたい誘惑に一瞬駆られた表情に見えるんですね。つまり、エドは十分迷った。きっとページが足りなくて十分コマを割けなかったんですよ(笑)
兄さんはすぐに誘惑を振り切ったけどね。
かなり切羽詰まっていたんでしょうね、血印が消えたからアルのライフラインが断たれてしまって早く迎えに行かないとアルは死んでしまうから。
そう言う状況で、追い詰められつつ、兄は決意した…りほさまのおっしゃる通りに希望的観測に頼ったともいえる…みんなの希望に励まされて、「大丈夫、出来る」って最後の錬成に踏み切ったんだと思います。

>もみじさま
名乗り出ありがとうございます。
普段は名無しでもあまり気にしないんですが(荒らす為に名乗らないなんてのは勿論言語道断ですが・笑)。
コメントで名前のない方がひとつの記事にお二人いらっしゃると同一人物か否か、こちらもレスポンスに困りますので、ご配慮いただけると助かります。
 
  
>作者自身がどういう設定にしたのか詳しくは語っていないのなら、好きなように解釈して良しだな!みたいな、感じです。
 
結局、そこにたどり着くんですよね。
それを作者が読者に想像の余地を残した捉えるか、設定を詰めずに丸投げした取るかで、かなり作品の印象が変わると思うのですが。
私としては、作者の腹の内でしっかりこうという答えが定まっていさえすれば詳細は描かずとも、自ずと物語の端々から匂いたつものだと思っているので、どうも丸投げされてしまったような気がしているのですが。
 
  
>なかなか見つからない苦悩から一転させた「ひらめき」を表しているのでは?

うっ。そ、それはちょっと無茶ぶりではないかと。
エドのせりふは、「……そうだ」ですよね。
ひらめきととるなら少なくとも「そうだっ」くらいは欲しい処です。
   
FAはまさに、ひらめきでしたね。
「国家錬金術師だろ、錬成陣無しで錬成出来るんだろ」と自分を叱咤して。
そしてアルを見て、自分の手を見て。自分が差し出せる等価を見いだす。
「いい事を思いついた」と言わんばかりの口元の笑みが印象的でした。
そういう表現だったら分かるんです。
ひらめいたから即動く。「あきらめろと言わなかったじゃないか」なんて自分を叱咤する必要すらない。
だから、FAでこの台詞はカットされていました。
 
逆説的に、荒川鋼だとひらめきながらも「あきらめろといわなかったじゃないか」と強く自分を叱咤しないとエドはアルを助ける行動がとれなかった事になってしまいます。エドってそんな子かなぁ、という気持ちもあります。
  
  
>みんなが希望も持っているのなら、それは根拠のない事では無くて叶える方法があるはずだよ、と確信したんではないだろうか?
   
27巻の描き下ろしでホーエンハイムは「俺の予想外の方法で」と言っていましたね。
勿論、ホーエンハイムが予想していたのは自分の賢者の石を使う事だった。
成る程。
大人たちの考えとして、二人が信念を曲げて何が何でも元の身体に戻りたいと願うなら、切り札(賢者の石)はある、とは思っていたかもしれません。
そういう意味では全く根拠なく応援していたわけでは無かったかもしれませんね。
でも、エドは最後の最後までそれを拒絶した。
ならばそこから先はもう誰も手を貸せません。伸ばされた手を払ったのはエドなのだからエド自身が考えるしかない。
誰も頼ってはいけない。自分で答えを見つけなければいけない。
 
ここまで筋、通っていますよね。故意にねじ曲げていないつもりです。
で、ですね。エドが拒絶したとなると。
真理の扉の前の「みんながいるさ」に繋がらなくなってしまうんです。
 
    
>「きっと大丈夫。みんなが『兄弟の夢はかなう』と希望を持ってくれているんだから」とひらめいた。
 
うーん。「ひらめいた」ってことは、いままで気がつかなかったって事ですよね。
再三書いていることの繰り返しになるんですが。
そこが、私はひっかかるんです。
今までエドがそんな事に気づきもしなかった薄情な子とは思っていないので。
 
というわけでダメ出しのようなレスでごめんなさい。
  
なので、やはりみんな根拠があったわけではなく、ただ彼らが動きやすいよう、彼らが心折れたりしないよう大人たちは励まし見守る事しか出来なかった。否、見守る事だけが彼らにできる事だった。
私は、そんな風に捉えています。
 
思いついていたのに動けなかったり、仲間を拒絶したり、薄情だったり。
そんなエドを私が見たくないという私情もありますが(笑)。
「そうだ」は、「おまえは分かっているはずだ」というこれまた自分への叱咤じゃないかなぁと。
 
   
>私にはすごく迷っている顔だと思えました。
 
勿論、迷っていなかったとは言いませんともっ。
でも、表情だけじゃ足りないんです。自分の中で処理できてしまうレベルでは物足りない。歯がゆいんです。
ダメだと頭では分かっているのに、気持ちが負けて身体が動いてしまう(浮気の心理?・笑)。そのギリギリラインまで「墜ちて」欲しかったんですっ。
  
さやさまあてのレスを書いていて気づいたんですが。
私は多分、登場人物達が高尚でいられなくなる、俗な思考に陥る様をすごく見たかったんだと思います。
  

レスありがとうございます♪

りほさまとの対話をさせていただきとても楽しいです。実は自分自身「ひらめいた」と書きながら、いや、突然ひらめくってのも可笑しいかな?、もっと他にエドの気持ちを表す表現が無いかなあと思ったりしていまして。では、「決意した」と言い変えさせていただきましょうか、すみません(笑
りほさまの考察に対しまして、まず自身の考えを述べますと、
>大人たちの考えとして「切り札(賢者の石)がある」とは思っていたかもしれません。
そうですね、ただ「賢者の石は人間の犠牲の上に成り立つものなので兄弟は使いたがっていない」ということも、大人たちは知っていたと思うのです…従って、彼らは「石を使わない方法で元に戻る手段というのも何かあるはずだ、あるといいな、いつか兄弟なら見つけ出すのではないか」という期待と願いを抱いていたと思えるんですね。

エドのあのセリフは、大人たちとのふれあいを回想し、彼らの願いのこもった応援を今更のように噛みしめて、決意を固めたというセリフだと思うんですよ~
 重要ポインツは、扉を真理にあげちゃったら、自分は術が使えなくなるばかりか、(前にも書きこませていただいたように)扉と一緒に大事な情報まで持っていかれるんじゃないかという恐れを、エドは抱いていなかったとは限らないことです。自身の命をかけた真理との勝負です←そんな事は原作にも一言も書かれていないんで、やはり憶測なのですが(汗)
 もみじ心理としての、萌えどころは「命をかけた真理との勝負に、負けるわけにはいかないけど勝つ保証も無いなあ…」というエドの心の揺らぎなのです。
 りほさまは、「俗な思考に『堕ちて』しまうさま」が見たかったと言われますね。「聖と俗」の対比の妙ですね、これもいわば或る意味美しい「萌えポインツ」(もし気に障ったらすみません)の一つですね。
もみじのそれは「強さと弱さ」の対比でございます(笑)
兄さんのように強くて誰にも頼りたく無い子が、己の弱さを自覚してみんなの応援に励まされて一歩を踏み出すそこがいいなあと。

「賢者の石は使わないとアルと約束した」部分も、父の体を使う事に対する躊躇も、あっさりしすぎなのですね?何かもっと身体的リアクションがあれば説得力があったですよね、確かに。
「アルフォンス・エルリック…」と少佐が涙を流すシーンが「約束」の次にありますが、アルの人柄に対して思いを寄せるこのシーンが私はとても好きなので、短いながらも悪くないなあと感じます。また、エドがアルの気持ちを汲んでいるところも良いです。エドだけで方法を決めるとすれば、この子は手段を選ばなさそうですから。アルのためなら賢者の石を使うこともいとわないくらいに。自分のためには使いはしないでしょうけどね。

作者の、詳しい設定詰め丸投げ疑惑☆ですが、インタビューなどで設定について原作を補うようなコメントが為される事って有るかなあどうですかね?丸投げは…こまりますよね。
 

>もみじさま
レスありがとうございます。
順当にレスが遅れてしまいました。すみませんっ。
  
>「決意した」
  
了解しました。なるほど、うん。それなら分かりやすいですね。
  
>彼らは「石を使わない方法で元に戻る手段というのも何かあるはずだ、あるといいな、いつか兄弟なら見つけ出すのではないか」という期待と願いを抱いていたと思えるんですね。
 
うん。そうですよね。まだ脳みその柔らかい子供だから自分達が思いつかないような発想が浮かぶかもしれないし。
何しろあの年で国家錬金術師になれるほどの理解力も技術もある。
    
でもそれを願うのは、良くも悪くもそれがありえないと知っている大人だからなんだと思うんです。
こんなに頑張ってる子達なんだから叶わないはずがない、叶って欲しい。世界はそういうものなんだって。そんな夢を自分達も見たい。そう思っていたんだと思っています。
実際にはこの願いさえ叶うなら死んでもいいと思うような事だって、世の中そう簡単に叶ったりしやしない。
死んだ友人は戻らないし、もう子供をその手に抱くことはできないし、血に汚れた手が綺麗になることもない。
錬金術師であっても、何を等価にすればいいのか見つけ出せなかった事が、きっと彼らの人生の中にたくさんあったはずです。
あきらめること。それを受け入れる事がどんなに苦しくて辛いか。それでもいつかそれを乗り越えなければならない日がいつかきっと2人にも来る。
でもこの子供達のそんな姿は出来れば見たくない。
それならいっそ妥協して欲しい。誰が許さなくても自分達が許すから賢者の石で元の身体に戻ってくれ。
そう思っているんじゃないかな、と思うんです。
というか、私が思っていたってのが正しいか(爆)。
 
もちろんそこまでエドが気づいていたわけじゃなく、もみじさんの言われる通り、回りの応援に決意を固めたというのは、うん確かにそうですよね。
すみません、いらぬ妄想で思い切り遠回りが(笑)。
でもそこは大人達とエド達の間に少なからずズレがあるっていうのが私は理想だなぁ。というかコレも萌えなのか?(笑)
FAの話になっちゃいますけど。
イシュヴァール殲滅戦のあと、リザが自分達は新しい世代の為に血の河を渡るとロイに言った過去シーンの後に、メイがアルに「早く元の身体に戻れるといいですね」というシーンがあったのが、すごく好きだったんです。
親の心子知らずじゃないですけど。
大人が子供の代わりに何かをこっそり背負うことで子供が無邪気に笑える様という悲哀と喜びの混濁というか。
  
>もみじ心理としての、萌えどころは「命をかけた真理との勝負に、負けるわけにはいかないけど勝つ保証も無いなあ…」というエドの心の揺らぎなのです。
 
なるほど。エドにはあの方法で本当にアルを取り戻せるという保証が無かったと。
だから大人達があきらめろと言わなかった事を自分の論理が正しい事への拠り処にした。
彼らの言葉を自分の理論が正しいと納得する為の道具、というと言葉悪いか、盾、根拠、やっぱり拠り処かな? にしたわけですね。
ならば確かに「くれた」でなくとも通りますね。

てことは、あああ。

感謝の念が足りないどころか、感謝の念なんてはなから無かった事になってしまって。
結局はなからアルの事しか頭に無かったって事じゃん、という辺りは非情に好みです(え?・爆)。
そして。そのひと押しがあって、エドの「大丈夫だ いける」で自分の理論の正しさを自分自身に言い聞かせたと。
最初の人体錬成が、自分達の理論は正しいと信じていたのに失敗したからこそ、そこは殊更余計に用心深くなったという対比にもなって面白いですね。
納得、納得っ。
  
んでも、それだったら「代価ならここにあるだろ」の処で一呼吸欲しいかなぁ。
吉と出るか凶と出るかを決める台詞を、さぁ今から吐くぞ、というエドの最後の覚悟を。
拳を握るとか、唾を飲み込むとか、深呼吸をするとか。
とまあ、それは個人的な好みとしましても。
 
「みんながいるさ」の意味がやっぱりちょっと私の理解とは変わってきますね。
いつだって自分達の側にいてくれたと気付いたからこそ「みんながそばにいてくれるさ」という意味合いでの台詞だと受け取っていたのですが。
もみじさんの解釈からの流れだと「みんながまた後押ししてくれるさ」と言っているようで、他力本願な感じになってしまうのがちょっと気になるんですが。
そこのあたりは、もみじさんの解釈だとまた違うのかしら?(まだ引っ張るか・笑)
 
 
>アルの人柄に対して思いを寄せるこのシーンが私はとても好きなので、短いながらも悪くないなあと感じます。
 
うん、私も好きです。
約束を守ろうとするエドの強さに対してではなく、約束させたアルの強さに対して思いを馳せるのがいいですよね。
 
>インタビューなどで設定について原作を補うようなコメントが為される事って有るかなあどうですかね?

今のところそういったコメントを読んだ記憶がないんですよねぇ。ここまで来て無いとなると無理かなぁ。
はい、丸投げは困りますね(笑)。
  

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