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ガンガン2010年7月号 鋼の錬金術師第108話「旅路の果て」ネタバレ感想 その12

にんげんのこども
 
今まで、エドはオレ、アルはボク だったのが。
2年後には、エドは俺、アルは僕になっていた。
  
幼かったからかな? そんな風にも思った。
でも二人より年下の、カヤルは俺だし、セリムは僕だし、クセルクセスの遺跡で出会ったイシュヴァールの少年も僕だった。
年齢は関係ないっぽい(セリムに関しては年齢って言われると微妙だけどね)。
 
エドとアルだけが、オレでボクだった。
外伝でもまだ、オレでボク。
「ただいま」って帰ってきてもまだ足りない。
    
でも、2年後には俺と僕になる。
 
オレとボクになくて、俺と僕にあるものってなんだろう?
うーん「にんべん」? とか。
 
そんなことを考えてみる。
懐かしの有る無しクイズみたいに。
  
「にんべん」つまり「人」。
エドとアルが人間じゃなかった、とは言わないけど。
旅から旅の根無し草で、人らしい暮らしをしていなかったのは確か。
旅の最中に帰る家ではあったけど。
あくまでそれは一時的に羽を休める場であって。住む為の家じゃなかった。
 
どこか地に足の着いていない浮き世離れした子供たち。
それがいつ変わるんだろう。
  
出掛ける時「行ってきます」って出ていって、「ただいま」って帰ってきて。
帰ってくれば客用のベッドじゃなく自分用のベッドがあって、ダイニングには客用のじゃない自分用の椅子がある。自分用のお皿、自分用のグラス。
それがどれだけ大切なものなのか気づけるようになった時。
エドは俺、アルは僕になるのかもしれない。 
  
だからいつだって自分達の帰って来る場所、ロックベル家を拠点にお礼に回るようになった時には、俺と僕になっていた。
のだとしたらいいなぁ。
  

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