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2010年10月

2010/10/26

マルチタスクの必要性、あるいは閉塞からの脱却(ネタバレあり)

当時、會川さんが、小野不由美を天才と言い、なぜ荒川弘を天才と言わないのか、それがとてつもなく不満だった時期がある。
だけど今、それを納得してしまっている自分がいる事は、やっぱりちょっと辛い。 
    
なぜ自分はあの最終話の中でこうも納得出来ない箇所が多いのか。
   
ブログなどで「すごくよかった、感動した、ありがとう」などなど大満足の記事を読むと、純粋にうらやましいなぁと思うし、私もああなりたかったなぁと思う。
     
同じように賛否両論のあった「吼えペン」の最終話が、実は出版社側の圧力によって急遽差し替えられたものだったと知り、そのボツになった幻の最終話を読んだ時あまりの島本節炸裂の面白さに、つい思ってしまった。
    
「鋼も実は上から圧力がかかって総ボツになった幻の最終話がある、とかだったらいいのになぁ」
りほさん、それドリーム入り過ぎですってばっ(爆)。
 
  
いいシーンは確かにある。それは認めている。
だけど、なぜ自分はあの最終話に感動出来なかったのか。
結局ずっとそれを書き散らす形になってしまった。
         
「マンガ夜話」では「すでに出来上がった絵」と言われていた荒川先生の絵。でも。
デビュー前の同人誌を見れば、ペンを持った時から出来上がった絵を描いていた人ではなかった事が分かる。
努力して、描いて描いて描き倒して、今の絵を手に入れた人だ。
 
ならば同じように最終話を、描いて描いて描き倒していれば…。
多少なりとも違っていたのかな?
  
デビューして10年と言えばもう新人とは言えない。
けれど、それだけマンガ家をやっていても、彼女には最終話を描くというスキルが絶望的に足りていない。
荒川作品の中で鋼以外に、1話完結していない作品て、前後編で描いた「上海~」くらいじゃないのか?(「RAIDEN」は読み切り連作。「獣」はストーリーは別の人なので除外)
おそらく同期のマンガ家でここまで物語を畳むこと無く過ごしてきたマンガ家は本当に少いと思う。
    
最初から最後まで一気に描ききるのと、一度大きく開いた物語を閉じるのとでは、そのペース配分や、ページ配分はやっぱり違うだろう。
    
もし鋼の最終話がデビュー初ではなく、短期集中や1年単位の連載を鋼の合間にいくつかこなした後に描かれたものだったなら、多少なりとも違うものになっていたんじゃないだろうか?
 
 
 
どういう最終話だったら自分は納得しただろうか。
テクニカル面、ロジック面について、ひとつひとつ気になった点を検証し。何が自分の中で引っかかっていたのかその問題点、作品内における矛盾点などをより具体的に洗い出してきた。
 
おそらくそれらは、もっと練り込む時間、担当と相談する時間さえあれば多少なりとも改善されたものだったと思ってる(願わくば最終話からコミックス発売までのこの期間が、加筆修正にあてがわれていますように)。
  
でも本当にそれだけなのか。
 
水島版のOPもEDも荒川鋼にそぐわなくなるくらい世界観が変わっていって。
完全に分岐したのだな、と感慨深いものがあって、どう転ぶのかワクワクして。
確かにそれを望んでいたはずなのに。
  
なのに何故、水島版の終わり方は良かったなぁと思ってしまったのか。
FA63話で事実上物語を締め、64話を後日談として扱った事に「よくぞやってくれた」と喝采をあげてしまったのか。
  
107話を読んだとき、確かにみんなの幸せな様子が見たいと思ったはずなのに。
どうして、こんなにも鋼にカタルシスを求めてしまうのか。 
  
今まで、描いてきた外伝を思い返す。
「盲目の錬金術師」
「師匠物語」
「長い夜」
「シンプルな人々」
「それもまた彼の戦場」 
「おまけのエルリック家」
 
ギャグテイストの「師匠物語」は置くとして。
それ以外に共通して言える事は。
物語の終わりは総じてハーフビター、セミスイートなものが多いということ。
「今は暗くともきっとその先には……」そう思わせるものが多い、かな。 
   
「おまけのエルリック家」のように終始ほっこりした物語もあるけれど。その何年後かには…と思ってしまうと、それだけで余韻に重さが生まれた。
  
    
ダークファンタジー。そのキャッチコピーが的を射ていたかどうかは別として。
ギャグテイストはあっても、鋼の根底は後悔や苦悩の物語だった。
母親の笑顔がもう一度見たくて、腕と脚、身体の全てを失った子供が、涙の代わりに血を流す。
いつも眉間に皺を寄せ満面の笑みの少ないエドと、表情の無い鎧のアル。
閉鎖的な依存した絆。
シンが出てきて世界が広がるまでは、特にその傾向は顕著で。
やっぱりその第一印象があるんだと思う。
「鋼の錬金術師」のテイストは、「鋼の錬金術師」という物語は、「そういうものなんだ」って。
そして、私はそこに惚れて、惚れ込んでファンになったんだ。
  
ダークファンタジーというより、むしろGOTHのニュアンスか。
孫引きになるが、GOTHについてこんな風に説明された文がある。
「光より闇が気になる、正統より異端、体制より反体制、反時代、(略) ホラー・怪奇・残酷さなどに強く反応する、自分を異形と感じる」といった傾向にゴスのスピリットがある」(ミステリーズ! 43号 原作と映像の交叉光線 千街晶之)
 
闇、異端、反体制。合致とは言わないけれど頷けるキーワードはあるだろう。
なのに、キャラクターは馬鹿が付くほど熱いのだから笑ってしまう。
そのちぐはぐな危なっかしいアンバランスさに魅了された。
話が進むにつれて、物語は健全さを取り戻していった。
それが頼もしくもあり寂しくもあった。
物語が進むことは、閉塞からの解放を意味した。
主人公には徐々に仲間が増え人として成長し、フィナーレは閉塞からの完全な脱却の瞬間。
そう思っていた。 
  
ところが。それよりも先に「熱さ」が消えた。
そして閉塞から解放された後もまだ物語は終わらず。
大団円という後日談がついた。
そこには、私がはじめて「鋼の錬金術師」を読んだ時に感じいり惚れ込み魅了したものはなかった。
皆無とは言わない。
けれど、やっぱり。
アップルパイも520センズも、一切の伏線を回収するつもりのない後日談を見せられてもなぁ~。
 
 
私を魅了した「鋼の錬金術師」像から想像していたのは、おそらくこんな結末だったんだ。
 
先の見えない暗闇をずっと走り続けてやっと光が見えてくる。
笑いあって光に向かって走り出し闇を抜け出す。
今はまだ幸福とは言えなくとも、その先に幸福は見えている。
幸福になれると思った瞬間、もしかしたら横っ面をひっぱたかれるような何かが起こるかもしれない。それは分からない。
けれど、それすらも今はまだ見えない。
だから今は幸せ。
きっと彼らは幸せになれる。
 
そう信じながら本を閉じ、彼らの未来に思いを馳せる。

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2010/10/25

「ユリイカ」詳細

公式情報が更新されました。
荒川弘 (仮) 少年マンガのアゾット (仮)
定価1,300 円(本体1,238 円)
ISBN978-4-7917-0216-9
 
 ~予定ラインナップ~
【インタビュー】荒川弘 [聞き手=斎藤宣彦]
【論考】 伊藤博明) 原克 早尾貴紀 大田俊寛 佐藤亜紀 藤本由香里 藤津亮太
      岩下朋世 雑賀恵子 中尾麻伊香 八代嘉美 星野太 入江哲朗 ほか
【資料】『鋼の錬金術師』 全巻解題
 
執筆陣のリンクはこちらで付け足しました。
wikipediaとかTwitterとか大学のとか、テキトーにバラけてます。

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yahoo! ニュース

<鋼の錬金術師>シリーズ累計発行部数が5000万部突破 スクエニ初の大台へ
yahoo記事に出たよー。
そして相変わらず、元記事はまんたんWEB

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2010/10/24

やっぱりアルが好き!

FAが終わってからまずしたこと。
くぎみーのお仕事状況チェック(笑)
FAがはじまる前はもう、毎日のようにくぎみーの新情報を調べていたのに。
気が付くと、FAがはじまってからこっち、すっかりそんなことは忘れてました。
ググったり、ニコ動をチェックしたり。
FA前まではあたりまえにやっていたはずの事をしなくなっていたことに、FAが終わった今やっと気付きました。
    
でも出演している番組はチェックしていたし。
と思って気が付いた。
「マリみて 4期」! 私見てたっけ???
ええええ???? 覚えてないっ。
4期といえば、くぎみー演じる瞳子がほぼ準主役級に登場してたはず!
確か4期放送が決まった時点で、すんごく喜んだ覚えもあるのに。
あの告白シーンもデートシーンも、妹になってからのデレっぷりも観た記憶、ない。
  
えええ????? あのあと情報全然入れてなかったんだっけ???
  
あわてて4期を調べましたよっ。
動画なんて、どこもかしこもとっくに消されてる。
あたりまえだ。もう1年以上チェックしていないのだものっ。
それでも何とか一カ所だけ、まだ生きている動画を発見。
さっそく最終話を観ると、やっぱり観た覚えがない。
うわぁぁぁ、ショックだ。
今から全チェックしろってか???
12話をなんとか見つけて、11話、10話、2話。
あれ? このサムネ、なんか記憶ある。
   
うん、観たよ、観た。
文化祭の男女入れ替わりの「取り替えばや物語」。
こりゃサムネ探すより、公式のあらすじ見た方が早い。
公式サイトであらすじ読んで。画像見て。
あれも観た、これも観たってチェックして。
 
とどのつまりが、最後の最後、12話と13話だけ観ていなかった事が発覚。
よりによって、本当によりによって、一番の瞳子の見せ場、瞳子の告白シーンと、デートシーンをこの釘宮病のあたしが観ていなかったなんて!!!! そんなんありかぁぁ???
ちょっと待て、まぁ落ち着け。
い、い、い、いったい、いつごろ放送されったてんだ? 
などと慌てながらも、もう、なんとなーく予想はついてた。
 
 
案の定。wikipediaを調べると12話、13話は、9年の3月末。
    
折しも「FA」の始まる直前。
今聞ける瞳子の声よりも、もうすぐ聞けるアルの声が楽しみで楽しみで、浮かれまくって、浮かれまくって。
すっかり「マリみて」の事を忘れてしまっていたんだ。
  
 
話変わって。先日こんな事があった。
FAを観なかった友達の気持ちも分かるんだよね、という話を、FAを見ていた友達としていて。
伊藤絵が大好き過ぎたSさんに、観て欲しいとは薦められない。
自分の好きな小説がとんでもないキャラデザでアニメ化されてすごいイヤな思いをした事があるから。
 
自分の好きなキャラクターの声が変わってしまったMさんにも、観て欲しいとは薦められない。
私はFAのあの作りが本当に、本当に大好きだから、それなのにアルの声がくぎみーじゃなかったらきっと耐えられない。
観れば自分好みですごく気に入る事は分かっていて。それでもアルから別の声が聞こえたらと思うと観ていられない。
もうその辛さはシャンバラで体験済みだから(笑)。
観たいけど観たくない。そんな事になったら辛くて、苦しくて苦しくて、悲しくて悔しくてたまらなくなるだろうなぁって言おうと思ったら。
想像しただけで本当に泣けてしまって、友人に驚かれてしまった。
その節はごめんよぉ、Mじさん。ってか私自身がよっぽどびっくりだったよ(笑)。
   
やっぱり、私は、くぎみーのアルの声が本当に本当にほんとーにっっ好きなんだなぁっと思った(笑)。

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2010/10/23

「ボンズ」アクションアニメの世界

今年できっと最後、今年できっと最後、と思いながら。
今年もまた、シャンバラが大画面で観れるなんて嬉しい!!!
     
ということで。
もうチケットも完売してしまったのに、今更な情報でごめんなさい。
新文芸坐×アニメスタイル セレクションVol. 12 「ボンズ」アクションアニメの世界(仮)」で「鋼の錬金術師 シャンバラを征く者」も上映されますっ。
    
シャンバラ(とHEROMAN)はずっと「交渉中」が続いていて、もうこりゃあきらめた方がいいんだろか? と思っていたら20日に確定したようですね。その日は帰りが遅くてネット巡回出来なかったものだから、21日に気づいて慌てて予約っ。すでに残部少っ。
ふー、危ない処だった(笑)。
   
間に合わなかった友人のMじさんが、劇場に問い合わせた処、直接劇場に行けば補助席16席と立見は買えると言われたとの事です(今どのくらいあるか不明だけど)。
でもMじさん普通席が買えたんだよね。ラッキーっっ。キャンセルが出たって事なのかな??
  
さーて。久しぶりに、水島版引っ張り出して充分浸ってから観に行こうっ。
  
トークショー は、南Pと、安藤真裕監督(『ストレンヂア~』監督)と、伊藤嘉之さんっ。
ふふふ、楽しみだーっ。
劇場版の新情報は……無理かなぁ。

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2010/10/22

アルケーキっ

お気に入りのエドアルサイト様が、セブンイレブンの期間限定パンプキンケーキがアルっぽいと、ブログで画像入りの記事を書かれていて。
気になって、気になってしょうがないーっ。
セブンのサイトでみても、確かにオフィシャル画像すらアルっぽいっ。
 
http://www.sej.co.jp/sej/html/products/original/2010/89104.html
  
会社のそばにセブンがあることはあるんだけど。
駅と逆方向だからなかなか寄る機会がなぁ・・・。
えーい、明日こそ買ってやるーっ。

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コミックス27巻と、DVD16巻と、原画集と。

コミックス27巻と、DVD16巻と、原画集の表紙がお目見え~。
   

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喧嘩を売る人(ネタバレあり)

友人から、アフィに「百姓貴族」使われたーというメールを貰って。
アフィ? アフィリエイト?? それが何??? なんてクエッションマークいっぱいな状態で、添えられたURLを読んで見ると。すごいすごい。
http://shadow-city.blogzine.jp/net/2010/09/post_0c06.html
「農家は自分の身内にしかいい土地は渡さん」云々。
浅学なもので、それがどこまで正しいのやら正しくないのやら分からないものだから、ふーん、ほー、へー、ってな感じのネタでした。
なもので。
それは違うよねとも、確かにそんな一面もあるかもねとも言い難く。リプライには。
        
「まあ実際農家以外の読者にケンカを売るネタで、全般描かれているようなものだから」
   
自分で書いて驚いた。
そうか、荒川弘はまだ喧嘩を売るマンガを描ける人だったのか。
      
あたしが鋼を好きな理由のひとつは、読者に喧嘩を売ってくれる処、ずっとそう思っていたから。
なんつうか、あたしにとって読書の楽しみのひとつは作者とのガチンコ勝負というか。
常に作者の2手、3手先を読む事が最重要課題?
「さあ、読んでみやがれっ」ときたら手の内を開かされる前に「おうよ、裏まで読み解いてやろうじゃねぇのっ」と思うし、「こんな事許されてたまるかよっ」と書かれれば、自分はどうだろうと考える。
物語を読む事はあたしにとって作者との対話だ。
    
ところが。気がつくと、世界中に喧嘩を売ているみたいだったあのどこか尖った処が鋼から見えなくなってしまった。
喧嘩を売るというのが、しばしば「若書き」と言われるものであることも知っている。
ほとばしりとか、情熱とか、パトスとか。
たぎるような何かを気負っていて、暑苦しくて、ちょっと鬱陶しい(笑)。
でもそれがなんか心地いい。
自分が世界を変えてみせる、そんな気概。
鋼連載開始当時、どうすれば他の作品より目立つか、カラー絵に薄い色使いの作品が多いから自分は厚塗りを、そんな事まで考えていたとインタビューで答えていた。
そういった気持ちが絵から溢れ出ていたんだと思う。
翻って、後半はどうだったろう?
上手い構図、面白い構図、綺麗な絵、それなら思い浮かぶ。
けれど「熱い絵」、と言われるとちょっと戸惑う。
再利用率の問題はあるだろうけれど、後半のカラー絵にそういった印象が薄い気がするのは、あたしの気のせいだろうか?
  
そんな時に。
子供がいる、15歳になった時に自分のマンガを読ませて絶対面白いって言わせる作品が描きたい。そう語る対談記事を読んで、納得してしまった。
 
そりゃそうだよね。誰だって我が子相手に喧嘩は売れない。
 
作品が妙に丸くなってしまったのは、その辺りが理由だったのかな、そう思った。
荒川弘は守りに入ってしまった。そんな風にも。
もう、荒川弘は読者に喧嘩を売れない。
   
対談の中にあった「戦い方も変わってくる」の文字が恨めしかった。
それはきっと、外へ向けた戦闘ではなく、自分の内側に向かう奮闘に変わったって事なんだろうな、と。
      
108話の感想、ぱふの感想と、色々書き連ねて見えてきた、私の目に見えている荒川弘像に、あたしはきっとこう言いたいんだ。
 
あなたは、「立派な大人が描くマンガ」を描こうとしてはいませんか?
我が子が読んで誇らしいと思えるようにと。
  
「聖人君子」これは感想コメントにいただいた言葉なのだけど。
本当に。
いつから鋼は聖人君子なマンガになってしまったんだろう。
     
「人間の内臓は見えないようにはしている」?
内臓がダメでも骨なら問題ないの?
1話のしょっぱな1ページ目から、エドの足の断面を、骨までしっかり描きっていたのはだあれ?
 
そう。少なくとも昔はそのくらいのヤンチャは、やってのけていたんだ。
  
大切な人の笑顔をもう一度見たかった、そのために禁忌を犯した子供。
自分たちにとっては大切な行動が、ヒューズを殺しマリア・ロスを巻き込み、人に被害を与えた。
キメラ化されたニーナに幸福の道があるのか考えもせず、ただ殺したスカーを闇雲に責め立てた。
 
物事の裏表。
自分達にとって正しい行為の裏に苦しむ人がいる。
そんなことは世の中にいくらだってある。
そんな。生きていくうえで当たり前の事。
まずはそれに気付けること。
そのうえで「じゃあ自分はどうすれば良かったのか?」それを問い、同じ事を繰り返さない努力を忘れない。それが鋼だと思っていた。
 
荒川弘は、いつからそこに蓋をしてしまったんだろう。
否、いい方を変える。
鋼は、いつからそれを否定する物語になってしまったんだろう。
   
 
ロイの復讐を止めた事に、本当にこれでいいのかモヤモヤしたというのなら、そのモヤモヤした感情を原稿にありったけ叩きつけて欲しかった。
何故それを飲み込んでしまった?
    
エンヴィーを殺さなかった事をこれで本当に良かったのか悩むロイが見たかった。
それでも一度はアルの為に賢者の石を欲しようと手を伸ばしかけるエドを。
重責ばかりに捕らわれず、もっと純粋に旅を楽しみにするアルを。
権利など無い事も自己満足も全て自覚して尚賢者の石を使うマルコーを、地位向上へ向け暗躍に走るオリヴィエやリンを。
そういったもっと生々しく荒々しい感情が見たかった。
    
霞食って生きてる正義の味方が見たかったわけじゃない。
他の生き物の死の上に自分の「生」が成り立つ事を自覚出来る、当たり前の「人間」が見たかったんだ。
       
一人ひとりは強くなんかなくていい。
弱くて、愚かで、進歩がなくて。それが人間ってものであってもいい。
  
ただ、正念場ってものさえ分かっていれば。
そこさえ「人」として外さないでいられるなら。
 
越えたらいけないもの、耐えなければいけないもの。
踏みとどまらなければいけないもの。
エド達も、スカーも、一度は踏み越えてしまったけれど、だからこそ二度目はない。許されてはいけない。
     
神が人を許すんじゃない、人が人を許すんだ。
ウィンリィがスカーを治療したように、スカーがマルコーに手を貸したように、ロイがエンヴィーを殺さなかったように、エドがプライドの本体を生かしたように。
そして、エドがあきらめない事をみんなに許されたように。
       
こんなにも少年マンガらしくない世界観の物語を、少年マンガたらしめていたのは、そんな風に世界にあらがい、熱苦しく作者自身が叫び続けていたからではなかったのか?
ねじ伏せようとする世界に喧嘩を売るその熱さが、読者を引きつけていたんじゃなかったのか?
 
 
仇を殺したいと思おうが、誰かを犠牲にしてでも取り戻したいと思おうがいいじゃないか。それが人なんだ。
思うことと実行すること。そのボーダーラインを見極め引き留める、そんな誰かがそばにいてくれるから、人は「人」として踏みとどまれるんだろ?
  
そんな風に。
きっと、そんな風に、あたしは荒川弘に最後まで叫び続けて欲しかったんだ。
     
 
今は。
まるで牙を抜かれた虎のようじゃないか。 
   
ウィンリィは一度目は銃を向け、二度目は「理不尽を許したわけではない」と言い切った。
人はすぐに許せるものではない。それでも自分の中で少しずつ昇華させていくしかない。
そんなウィンリィの憤りを、あれほどまで丁寧に描いていたのに。
 
ロイは復讐心にさいなまれることなく、エドは賢者の石を使わない事に決意すら必要としなかった。
あっさりと世界に従容と従ったロイとエドに、その居心地の悪さを拭えない。
リンから賢者の石を差し出され、ホーエンハイムから命を差し出され、畳みかけられる誘惑に喉から手が出るほど欲しながら、母親の事を思い、アルの事を思い、みんなの事を思い、必死であらがい打ち勝つエドが見たかった。うん、本当に。そんなエドが見たかったなぁ。
    
人は成長する生き物かもしれない。けれど。
成長した人間は欲を持たず常に正しく誤ちを犯さない、なんて。
そんな嘘、どうやって信じればいい?
  
   
さて。
 
ところがどっこい。
「百姓貴族」ではまだ元気に喧嘩を売っている、となれば。
こちとら、をいをいそれってどういう事よ、となってしまうわけで(笑)。
  
もちろんその売り方事態はまったく違う。
世界というよりは社会とか政治とかちょっとそっちよりで。だけどその鬱陶しさは今尚ご健勝(笑)。
本人は、百姓の日常を笑ってもらえればと謳っているが。
そうかな。その喧嘩の矛先は俄然シニカルじゃね?
  
自分の子どもに読ませるとしても、もっと分別の付く年齢になってからと思っているのかな。
結構言いたい放題描いてくれる。
   
向いている方向は確かに違う。けれど。
どうやら、その牙は、鷹の爪のように出したり隠したり自在だったらしい。いや、それとも伸びたり縮んだりするのかな? 
個人的には一生出しっぱなしのフルスロットでお願いしたい。
   
果たして。
あたしにとってこれが光明となる、といいなぁ。
  
  

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2010/10/20

ユリイカ!

荒川先生の特集が組まれるようです。
これがでることには何か、新情報出てるかなぁ。
   

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2010/10/17

MUSTANG HOUSE

一部の鋼ファンの間ではちょっと有名ですよね。
  
CafeELRIC
  
コーヒーとカレーとケーキのお店です。
駅からちょっと歩くので、私は2回しか行った事ないんですが。
この名前は鋼からとったわけでも、エルリックサーガから取ったわけでもなく。
飼い猫の名前がエルリックだったからなのだとか、どこかのブログで書かれてたなぁ。
   
んでもって、実は今度こんな店が最近出来ました。
  
MUSTANG HOUSE
 
看板にはしっかり日本語名が「マスタング」ではなく「ムスタング」と書かれているのがちょっと残念なんですが。
ムスタングビールから取ったのかな?
9月に(改装)OPENしたばかりのお店です。
 
そして、何故かこれまたカレー屋さん。
 
鋼とカレーって何か縁があるんだろか?
いや、ハガレーンはまだ食ってないですが。
 
インド・ネパール系なので、いわゆるナンで食べるカレーです(ライスもあるけど)。
この場所、エキナカって言うのかな? 立地が悪いのかしょっちゅう店が入れ替わっているんですが。
(確かカレーだけでも3店舗目?)
今回は意外と美味しくて気に入ってるので続いて欲しいなぁ。
  
 
余談
リンク先の口コミを読んで知ったのだけど。
ムスタングビールが、甘口で女性向け…ってのに大笑いしてしまった。
ビールとしての興味はないけど(基本辛口好き)、一度飲んでみたいなぁ。

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2010/10/16

朝日新聞

私と新聞 荒川弘さん(漫画家)に聞く
    
「新聞とは」がメインのインタビューなので、新聞がどんなことに役立ってきたかとか、そんな話題なんですが。
   
荒川弘「ハガレンは新聞から産まれた。クローン牛がすぐ死ぬのが不思議だった」
   
いや、「新聞から産まれた」なんて一言も言ってないし。
朝日新聞マンセーな人が書いたネタかと思たわ。
妙にそっちのタイトルばっかり拡散されてて、なんかヤダなぁ。
 

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2010/10/10

ガンガン2010年7月号 鋼の錬金術師第108話「旅路の果て」ネタバレ感想 その14

「誰もあきらめろとは言わなかったじゃないか」
あまりこの言葉がすきじゃない。
文頭に、ほんの3文字足してみる。
「だって誰もあきらめろとは言わなかったじゃないか」
これだけで言い訳に早変わりだ。
    
まったくの他人なら逆に「あきらめろ」なんて言わない。
生ぬるーい目や、イタイ子を見るような目できっとこう言う。
「まぁ頑張ってみれば?」
決して「あきらめろ」なんて言わない。
言葉の責任をとりたくいもの。
無茶だろうが無謀だろうがどうでもいい。
あきらめないで痛い目をみようが関係ない。
だって自分には関係ないから。
 
逆にウィンリィみたいな親身に考える身内の存在こそ、元の身体に戻って欲しいけど、それで辛い思いや大怪我を負うような事も嫌だからと。「あきらめろ」とも「あきらめて欲しくない」とも言えなくなってしまう。
 
そんなもんじゃないんだろうか?
「誰もあきらめろとは言わない」。それが、本来の当たり前の図式なんだと思ってる。
そういう意味でも、私はこの言葉があまり適切だとは思っていない。
 
 
次に。
そもそも二人は何があろうとあきらめなかったはず。という私の感想に、「あきらめたと思う」というご意見をいただいた。
うん。わかる。確かにあそこでグレイシアが「元の体に戻るなんて諦めろ」と言ったらね。確かに自分の本意じゃなくとも受け入れて諦めざるを得なかったと思う。
私にとって問題はそこなんだ。
 
「もういやだ、無理だ、辛い、諦める」なんて。一度でもエドは言った事があったか?
全ては外部的要因だ。
賢者の石は人の魂だから。自分達のせいで人が死んだから。
  
二人はあきらめたくてあきらめようとしたわけじゃない。
あきらめたくなくても、あきらめなければいけない事態に陥っただけだ。
    
決して自発的に「面倒くさいもうやーめたっ」と思ってあきらめようとしたわけじゃない。
 
もし。エド達が。
誰にも頼らず、誰にも支えられず。
誰も知らないままたった二人だけで元の身体に戻る方法を探していたなら、人に恨まれようが、罵られようが、唾棄されようが、決してへこたれず、あきらめず旅を続けたと思う。
 
二人を変えたのは人との出会いだ。
ロイが光明を与え、ピナコとウィンリィが手を貸した。炭坑の町やタッカーやドミニクを前に自分の驕りを知り、少佐に情を、ロスとブロッシュには大人に頼ることを、ヒューズやイズミには家族の愛情を。
いろんな人に出会い、学んだ事で、逆に二人の決意は弱くなった。
 
自分達のせいでまた誰かが殺されるような事は嫌だ。
     
人に恨まれようが、罵られようが、唾棄されようが、あきらめないと。
自分達だけが大切。自分達以外どうなろうと構いやしない、と。
そんな風に思える子供ではもういられなくなってしまった。
他人と関わったせいで。
    
全ては。エド達が自分達以外の「人」というものに関わった事ではじめて、「あきらめなければならない事態」という要素は発生したんだ。
 
けれど。その上で誰もがGOサインを出してくれたんだ。
関わった「人」達がエド達の「あきらめたくない気持ちを優先させてくれた」。
二人に関わることで迷惑がかかることを承知でそれを許した。
「あきらめないでいい」と。
だから。あたしは「あきらめろといわなかった」という言葉に違和感を覚える。
 
グレイシアは「あきらめろと言わなかった」んじゃない。「あきらめなくていいと言ってくれた」んだ。
 
 
エドがアルを取り戻す方法を思いついたタイミングは、明確化されていないこと。
つまり、薄々とその方法には気づいていた。けれど本当にそれが通るか分からずすぐに覚悟が決められなかった。
そういうことなんじゃないだろうか?
だから。   
いつだってみんなが「あきらめないでいいだよ」と背中を押してくれたから。
自分に被害が及ぶかもしれなくても「大丈夫、あきらめなてくもいいんだよ」と言ってくれた。
それに気づいたから。
だから今回は、エドがそれを返す番なんだと覚悟を決めた。
自分に被害が及ぶであろうことを含めて、アルに「大丈夫、あきらめなくてもいいんだよ」と。
  
こう考えると話の流れがすっきりするし、しっくりくる。
何より、「いらないものとアルを等価交換」が解消されるし(笑)
   
だから。
だから思う。
エドは何故こう言わなかったんだろう。
「みんなあきらめるなと言ってくれた」。
あるいは。
「みんなあきらめろと言わないでくれた」。
自分たちの為に「してくれた」のだと、何故エドには感謝の念が言葉に出て来なかったのだろう。
 
たったそれだけで、この台詞だけが、どうにもストーリーの中から浮いている気がしてならない。
 
私の読み方が穿っている可能性は高い。
けれどこう読めば、(私にとって)こんなにもすっきり通る話なのになぁ。
 
私が傾倒している作者の小説にこんな言葉がある。
「もしかすると私のようなおかしな読み方も許そうとしたのかもしれませんよ。作者が許さなくても、作品が許している」
   
 
 
補足
FAは逆に、この台詞をカットしたからこそ、方法を思いつた=行動に移すタイミングになっている。
偶然なのか論理的思考なのか、理屈はきちんと通っていたりする。

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ラジオ腐りかけ

朴さんと関(智)さんのネットラジオ「ラジオ腐りかけ」。
今回朴さんがお休みなため、代わりになんとくぎみーがゲスト!!
 
智一&王路美ラジオ腐りかけ!第85回
 
わー、朴さんの代打がくぎみーって。
も、も、もしかして朴さんが個人的に「理恵頼むよっ」ってお願いしたのかなぁ、かなぁ。とか思ったら。
普通に関さんが番組を通しての依頼したらしい。あらら。
 
話題は延々と、くぎみーが昔、彼に二股かけられて振られた話が(笑)。
最近髪を伸ばしている理由とか、関さんの劇団に出たいなんて話とか。
  
滅多に聞けない話が多くて楽しかったですよー。

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2010/10/09

ぱふ2010年9月号 インタビュー 感想2

次は内容にふれる。
「すごくモヤモヤしたまま担当に渡して」 
自分が信じていないものを、人に信じさせようとしても、それは無理というものだろう。
著者自らが納得していないのだから、読み手も納得出来なかったんだ。説得力に欠けていて当然だ。
  
味方は本当に人道的でなければいけないのか?
復讐の連鎖を止める、それはすごく強い意志がなければ出来ない事で、それ事態を否定するつもりはない。
だけど、著者自身がそれを納得していないというのであれば。
  
見たかったよ。
その納得しきっていないロイってやつを。
   
別にエンヴィーを殺すシーンを入れろと言っているのではない。
殺さずエンヴィーが自死したそのあとに。
 
今でも自分の手でなぶり殺してやりたかった気持ちは消えない。
ふとした拍子に思い出しては腹わたが煮えくりかえる。
「あの時、何故止めたんだ。君らがいなければ今頃私は!」
そう八つ当たりしたくてたまらなくなる。
そんなロイが見たかった。
  
「ボケ大佐。あんたが自分の意志で止めたんだろっ。これ以上中尉に心配かけんじゃねえよ」なんてエドに詰られたり。
殺せば良かったのか、殺さなくてよかったのか。
どちらがヒューズの墓の前に立てない自分になるのか、わからなくなるロイ。
「何故仇をとってくれなかったんだっ」胸から血を流し嘆くヒューズと、
「これで良かったんだよ」と昔と変わらない笑顔で答えるヒューズと。
日によって夢に出てくるヒューズは違う。
自分はどうすればいいのか。分からなくて、悩んで悩んで苦しんで。
ずっと苦しんでいればいいんだ。
 
その人の命の重さをずっと抱えていられるなら、彼はきっといい大総統になれる。
そんなロイがあたしは見たかったよ。
 

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ぱふ2010年9月号 インタビュー 感想1

「おもしろくないもの描いちゃったかな」
何よりもその言葉がショックだった。
それは、プロが絶対、外に向けて言ってはいけない言葉だと思ってる。
  
しかも、キャラクターが「勝手に動いた」結果、ロイがエンヴィーを殺さなかった、という結末に対しての言葉だったのだから。
これじゃあ。

面白くないものを描いちゃたかもしれないけど。
これはキャラクターが勝手に動いたせいであって、自分のせいじゃない。
  
そう言っているようなものじゃないか。無責任が過ぎる。
その「詰まらないもの」を商品として売ったのか? 自分達は買わされたのか? 読まされのか?
これほどひどい話はない。何故それが考えられないんだろう。
  
私は開発ソフトのテスターという仕事をしている。
このテストをクリアしたものが市場に出る。つまりこのソフトに不備はありませんでしたよ、と太鼓判を押す役割だ。
バグが残っているかもしれないので商品に不安が残ります、なんて言って提出した事ないぞ?
どれだけタイトなスケジュールでも、あり得ない仕様が組み込まれていたとしても。
内内ではこんなスケジュールで出来るかボケと思ったとしても、お客さんには最高のものとして提供する。
 
プロではないけれどお金を貰ってフラメンコを踊ってる。
その時だって、どんなに内心で下手くそだと思っていても、お客さんの前では絶対そんなそぶりは見せない。見せるなと教わっている。
嘘だろうが何だろうが、自分が一番正しい、自分が一番上手い、そう思って踊っている。
それが来てくれたお客様に対する礼儀だと思っている。
 
だから。この言葉を、読者が読む媒体の中で絶対言って欲しくなかった。
 
別にそんな意味で言ったわけじゃないんだよ? そんな事、作品を読めばわかるでしょ?
 
ええ、分かってます。そうでしょうよ。
話題を面白おかしく提供する為に、ちょっと誇張したり、思ってもいなかった事を言ったりすることが無いとは言わない。
だからこそ、言葉を選んで欲しいと言いたいんだ。
 
先日、ある酪農関係の雑誌でのインタビューで荒川先生はこう答えいてた。
「自分でうまいと思わないものを消費者に出してはならん」と荒川先生のお父様は言われているのだと。
ほら、分かってる。分かってるくせに。ちゃんと分かっているはずなのに。
  
何故こうも、うかつなのか。
  
「無茶ぶりですよね」
これはいったい誰に対して言った言葉なんだろう?
スタッフに向けてなのだとしたら、これもひどい話だ。
それも分かった上で、自分でアニメ化OKを出したんじゃ無かったのか?
あげく、予定より終わるスケジュールがズレ込み、スタッフがどれだけ苦労したことか。
 
まるで、アニメ化の話がなければ、もっと納得のいくいい作品が描けたと責任転嫁とも取れるような言葉の端々。
事実として確かにそうだろう。
1ヵ月休んで、もっと話を練り込んだものが読みたかった。確かにそう思っている。
同じタイミングで終わらせる事が第一目的なんて難しいと思う。
「とらドラ」だって最初は同時終了のはずが原作が間に合わず途中から原作とは話が別れた。
全部分かってるけど。
それでも。
  
それすら承知したうえであなたはGOサインを出していたのではなかったのか?
もしここまで大変だと思わなかったのなら、見通しが甘かったあなたに責任はあるし。
分かったうえでGOサインを出したなら、あなたにそれを言う権利はあるの?
 
良くも悪くもアーティストなんだ。
作品以外への注意力が散漫なんだ。
  
考えてみれば。
水島版の時、ロゼのレイプについて許可するのではなかったの一言が、水島版アンチを増やし。
獣神演武の時は、自分の預かり知らぬ処でマンガを描く事になってしまったと答え、獣神アンチに走らせた。
そして今度は時間が足りなく納得のいくものを描けなかったと、FAアンチを作りたいのか?
 
原作者自らがアンチを先導してどうする?
  
荒川マンセーであればあるほど、「荒川弘の言葉」に敏感に反応することに気づいていない。
気づいていて知っていて尚の発言なのだとしたら?
いや、そこまで巧妙に語れる人なのだとしたら。
上のような、ファンの怒りを買う発言をそもそもしないんじゃないのか?(笑)
それがせめてもの救い。
  
だから。
自分と違う立場の人間が、自分の文章をどう受取るか、それが想像できないうちは、敏腕マネージャーを付けて、インタビューなどにチェックを付けたほうが、いいんじゃないのか?
そう思わずにはいられない。
 
 
 
ぱふ感想続きます。

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2010/10/08

ガンガン2010年7月号 鋼の錬金術師第108話「旅路の果て」ネタバレ感想 その13

鋼の心

感想のその11の中に入れられたらと思ったのだけど。
ちょっと入れるのが難しかったので別立てです。
その11のレトリックで言うなら、これは暗喩のお話。
 
外伝で、ウインリィの台詞が最終話の最後の「鋼の心」の意味するところを補強する形で描かれていて。
やっぱりな、と思ってしまった。
    
最終話の最後でいきなりポンと「鋼の心」と出しても、それはすでに「鋼のこころ」としてサブタイトルで使われ、「鋼の鎧のアルの心」と「簡単には折れない強い心」として描かれてしまっていたし。
何より水島版でのキャラソンのイメージが強い。
何故今更? そう思ってしまったのが本音です。
 
ブログにいただいたコメントで「叩いて強くなるから」と感想をいただき、成る程なと思った。
感想のその11に書いたように、そうやって文章を読み解けば確かに「その文章中で」前振りをしていたのだろうけれど。 
これだけ難解な文章で気づけというのは、やっぱり難しい。
   
ファンの感想やインタビューなどで、その辺りへの言及が、予想していたより少なかったからフォローしたかったのかな? そんな考えが頭をよぎった。
  
「ぱふ」のインタビューでも「鋼にそんな意味が」というような形で書かれ、荒川先生の回答もそれに派生した内容となっており、結局「そんな意味」については書かれていないため、それが何を差すのか微妙なあいまいさを残してしまった。
  
案の定。
友人のブログでも、今回の外伝ではじめて気づいたんだろうなと思わせる感想として、この当たりの事が書かれていて。
レトリックが、こんな処でも弊害になっているんだなぁ、と思いもした。
   
そもそもこの短い文章でこういった掛け言葉が難しかったんじゃないのか? と思っていた処に。
思いもかけない方向から、見事に同じ事をやってのけた例が飛び込んできた。
  
ANAのCM。

「きたえた翼は、強い」が。
叩いて強く仕上げられた鋼の機体=飛行機。
困難を乗り越えてきた叩き上げの双翼=社員達。
あとはJALへの皮肉もあるのかな?(笑)
   
それをガンと伝えてきた。
あー、やられたなぁと思った。
「きたえた」。
その言葉ひとつで、これほど明確に落とし込めるものだったんだ。
鋼にはこの言葉は合わないけれど。でも何か。あったかもしれない。
浮かばないならせめて、あの少し堅苦しい文語表現を緩め。口語で分かりやすく、文章を足し込んで欲しかったなぁ。
  
そして。
CMの冒頭が起業当時の二機のヘリコプターから始まる頃の写真を見て。ほらほら、やっぱりそうじゃん、ベタだろうがやっぱりこうやって過去の映像から入った方が、視聴者には分かりやすいじゃないか、とか自己満足にひたったり(笑)。
   
荒川先生、このCM見てるかなぁ。

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