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我に視点を与えよ

考察4つ目

エドは自分の左脚を通行料に払うことで戻って来れた。
だから、自分の右脚をアルの通行料に払えば、アルは戻って来られると思ったんだよね。
うん、それは分かる。
 
でもエドが思っていたよりアルの通行料はデカかったわけだ。
アルの通行料はアルの身体の全てだった。だからアルは戻ってこれなくなった。
 
脚があれば歩ける、腕があれば這えばいい、胴や頭だけでも残っていれば転がれる。
結局どれも残らなかったから肉体は扉をくぐれず、残った魂だけがエドの錬金術によって引っ張られた。
   
? ちょっと待て。それはおかしいだろう。

エドの二度目の錬成の前に、アルはすでに通行料を払い終えている。そして、アルの魂は通行料じゃない。
なら扉の前にいる義務はない。一度目の錬金術の課程にはエドと同様に「魂はこちらに戻って来る」というプロセスが必要なはずだ。
現にエドは残った肉体と一緒に魂もこちらに戻って来ている。
   
だから、アルの魂はすでに戻って来ていたんだ。
アルも言っていたじゃないか。
母親の代わりに錬成された、あの身体の中に自分はいたと。

あの時のアルの回想シーンを振り返る。
横たわるエドの左脚がないのは見えるが、右腕は?
わからない。わからないとしか言えない。
エドの身体の陰になってしまい、あるようにも、ないようにも見えるから。とりあえず血だまりはない。
   
またあの時のエドの回想シーンを振り返る。
母親を錬成したものが喀血する様子を思い返し「あれは拒絶反応だったのだろう」と言う。

さらに実際にそのシーンが描写されたページを見る。
一度目の錬成のあと、錬成したものがエドの目の前で動き声をあげ動かなくなるまで、エドはおびえた表情でそれを見ている。
逆に二度目の錬成のあと、あれが動く様も声も音も何も描写されずエドがそれを見ているコマもない。

ならばやはりあれは、一度目の錬成のあと、一度真理の扉をくぐったのちアルの魂はあの中に入った。
そう捉えるのが適切だろう。
 
 
あるいはこう考える方もいるだろうか。
そもそも魂は扉をくぐらなかったと。
魂は肉体に引っ張られる。
肉体だけが通行料として引っ張られ、一度分解されたことで丸裸にされた魂は肉体の引力から解放され、魂だけがこの地に残った、とする発想だ。
だから物語の当初、アルが手パン錬成出来なかった。というのもすこぶる論理的に成り立つ。
アルの魂は真理の扉をくぐらず、アルは真理を見ていない。だから手パン出来なかった。道理だろう。
ところが、途中でこれを作者は覆した、あるいは放棄したということになる。
まあ当たり前だよな。この理屈だと、エドは脚のみが分解され、それ以外の肉体も魂も真理の扉をくぐらなかった、としなければこれでは吊り合いがとれない。
やはり、アルは一度扉をくぐらなければならず、この案は棄却しなければならない。

結局、やはりこの案しか残らない。
一度目の錬成のあと一度真理の扉をくぐったのち、アルの魂はあの中に入った。
  
ちなみにFAでは、一度目の錬成のあとであることを明確に示している。横たわるエドの右手は身体の前に出ている。
 
 
さて。
ならば、結局エドが二度目の錬成でやったことって何だったんだ?

一度目の錬成のあとアルの魂はあの中に入り拒絶反応によってはじき出され、肉体を求め浮遊していた。

だからエドはそれを鎧に固定した。

ただそれだけ。

ここまでに何か矛盾はあるだろうか?


ではエドが「アルの魂を錬成した」、「真理の扉から引っ張りだした」と言っていたのは嘘だったのだろうか?
  
錬金術の特徴は、その術が成功したか失敗したか、錬成物をその目で見るまで分からない処にある。
だから、お父様が錬金術を使えなくしたときや、バッカニアに機械鎧破壊が効かなかった時、エドは錬成の課程ではその事に気がつかなかった。
逆にスカーが地中の賢者の石による制御を解放したあと、エドは自分が錬成したものを見て驚いている。
 
この状況を例えるのに、エクセルにも出てくるIF文なんかどうだろうか。
=If(X=A,1,0)
XがAなら1、A以外なら0を返すという式だ。
このXがBからZなら想定範囲だが1や2でも0は返される。
初っぱなにキチンとXがアルファベットならば、という条件が定義されなかったせいだ。
ちょうどそんな感じなんじゃないだろうか?

どこにあるかは分からない。ただ。
「弟アルフォンス・エルリックの魂をこの錬成陣によって定着させる」。
アルの魂の居場所を理解していなくとも、アルという確かなターゲットを理解していたこと。
また、すでに始まっていた混線状態により、エドの血とアルの魂とが術を行使されやすい状態にあった、という想像も成り立つかもしれない。

エドはただ、真理にアルを奪われたのだと思い、錬成の結果アルの魂が定着されたのだから、きっと自分は真理の扉から引っ張って来たのだろうと思いそう言った。
そんな処なのだろう。

だから、墓を掘り返さなければあれが母親では無かった事も分からず、アルの記憶を聞き出すまでは鎧の中の魂が本当にアルなのか確証を持っていなかった事もその補足になるだろう。


さて、魂は錬成されていない。そう結論が出た。

ミステリにおいてよく言われるのだが。
登場人物の台詞は必ずしも正しいとは限らない。
人は嘘を付くし、記憶違いするし、犯人によって誤認される場合があるからだ。
そのため、本当に読者が信用していいのは地の文のみである。

ところがマンガには地の文という奴が存在しない。まれに解説が入ることもあるが、概ね絵と台詞のみで成り立っている。だから読者は登場人物の台詞と登場人物が見たものを信頼するしかない。

しかしこのように、エドが勘違いをしていた。となればたちまち登場人物による説明は信憑性を失うだろう。


錬金術の基本は等価交換である。
そして錬金術は、質量保存の法則であり、自然摂理の法則だという。
質料が1のものからは1のものしか出来ず、水の性質のものからは水属性のものしか錬成出来ないと。
これだって本当に正しいんだろうか?

エドの右腕と、アルの「魂の定着」の質量は同じなのだろうか?
定着とはエネルギーなのか、それも良く分からないが。
目に見えないものと、目に見えるものが同質量とは想像しづらい。

また、エドの右腕と、アルの「魂を定着」は同じ属性と言えるのだろうか?
エドの右腕は、地水火風でいうなら「地」だろう。
「魂の定着」は「風」辺りではないだろうか?

これでも本当に、エドの右腕とアルの魂の定着は本当に等価と言えるのだろうか?

質量保存の法則、自然摂理の法則を唱えながら、エドにとってアルの魂は自分の右腕と引き換えにするくらい大切なものだった、という質量も自然摂理も関係ない、誰かにとっての付加価値、になってしまってはいないだろうか?

本来信用すべきはずの、登場人物の言葉がまったく信用出来ないとなれば。
この世界では何が正しくて何が正しくないのか、読者は迷うばかりだ。

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