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マクガフィンには多すぎる

7つ目、おそらくこれが最後?


とどのつまり、各設定に対する詳細なバックボーンを決めていなかったということだろう。
 
詳細な設定を決めておかないということは、その設定をケースバイケースで自由に使えるということだ。何をやっても融通が利く。
物語の幅を狭めるからという理由で誕生日や身長を決めないといつかのインタビューで答えていたが、おそらくそれと同様の感覚でそれらの設定をまったく詰めずにいたのだろう。

そして1つエピソードを作るごとに必要な設定を、その空っぽのキャラクターやアイテムなどの中に次々と注ぎ込んでいった。
「エルリック兄弟と言えば有名」「捜し物の旅の途中」「アルの中身は空っぽ」「エドは手パンで錬成出来る」「錬成したものは母さんの姿をしていなかった」「賢者の石には偽物がありそれは消滅する」「例え人の道に反していてもお互いの身体を元に戻したいと思っている」。
1・2話で定めた設定はおよそこのくらいか。

「錬金術師よ大衆のためにあれ」「国家錬金術師は嫌われ者」「針のムシロの上に座り続ける」「家を焼いた」「金を作ってはならない」「軍の地位は金で買えるほど腐敗」
3話ではこんなものだろうか。

エピソードがひとつ増える度に設定は積み重なり、あたかもミルクレープのようにに層を作っていった。
 
しかしミルクレープはどう作ってもミルクレープであり、間にクリームがありクレープ同士が混ざり合う事は無い。
1ページで起承転結を作ると本人が語る通り、荒川弘にとってエピソードは起承転結を持った4コママンガのようなものなのだろう。
そして、4コママンガのオチであるキャラクターが仲間に殺されようが、次の4コマではまた仲間と仲良くしていても、それを矛盾だ不自然だと怒る読者はいないように。
同様の考えのもと、荒川弘はエピソードを描き続けていたのかもしれない。

3話の時点ですでにもう単純な矛盾は出ていたがスルーしている。

エルリック兄弟が有名ということはつまり、エドは国家錬金術師として有名、という事だ。
そして、国家錬金術師は軍の狗として嫌われている事を知っている。
ならば、エルリック兄弟は嫌われ者として有名という事になる。
そうでありながら、エドは1話で「エルリック兄弟といやぁ結構名が通ってる」と得意顔で言う。
もう何年も旅しているのに。
下手すりゃ、石を投げられるような事を自慢気に語る奴はいないでしょ(笑)。

(余談だが、ここを水島版は上手く処理し、国家錬金術師なのに大衆の味方の錬金術師がいる、という流れを冒頭の過去編(4話~12話)で作っている)

しかし、この作法そのものを否定するつもりはない。
あらかじめ大きな流れを決めておかない事で予定調和を逸脱し、佐藤亜紀がユリイカで述べていた通り俄然立体的なキャラクターへと仕上がっていった事は確かだ。
多少の不自然さは個性や多面性という言葉に置き換える事も出来た。
また「この設定は他の設定と較べて不自然だ。きっと何か伏線に使われるのだろう」と、読者はそれらを享受し考察し自分達で想像して埋めていく楽しさがあった。

しかし物語は長過ぎた。
次第に「多少の不自然さ」では収まりが付かなくなっていった。


最初は空っぽだからこそ設定は何でも入っていった。徐々にその隙間は埋り約束事も出来て来る。
しかし作者は振り返る事をしなかった。

例えば、イシュヴァール殲滅戦の話の際に、第五研究所でマルコーがイシュヴァール人を使って賢者の石を錬成する際、第五研究所の番人たるスライサーとバリー・ザ・チョッパーを登場させている。
ところが実際には、スライサーの死刑執行は1912年、バリーは1910年まで殺害を続けている。1908年に終結したイシュヴァール殲滅戦の時はまだ留置すらされていないだろう。
第五研究所に番人が何故どのような意図でいつから配置されるようになったのか。その辺りのバックボーンを考えていなかったゆえの典型的な例だろう(コミックスでは修正)。

こうやって「思わせぶり」なのか「ミス」なのか、置き去りにされた謎は次々増えていったのは見ての通り。
作者が過去を振り返らないから、キャラクターも過去を振り返らない。
だから「ここで言わせたい言葉」が過去のエピソードと矛盾していても、キャラクターは何も言わない。何も思わない。
 
解消されなかった謎や齟齬、矛盾ばかりが、層を積み上げていった。

新たな設定が、その器に入るか入らないか、きちんと淘汰すべきだった。
しかし作者にとって過去のエピソードはもう消化した出来事でしかなく。
だから今描いたエピソードを無造作に積み重ねていった。

また逆に。先の記事や洗い出し項目にも書いた事だが。
「この設定をこのエピソードでも生かせばあの台詞の裏づけになり、物語が重厚になったのに何故使わなかったのだろう?」
素人の読者視点から見ても、そう思った事が一度ならず無かっただろうか?

過去を振り返らないから。約束事を理解していないから。
作者には目の前の自分が描きたいエピソードしか見えず、物語全体の今までの流れとこれからの流れを俯瞰で見る事が出来なかったのだろう。

そこへさらに。回収しはじめていたはずの伏線を途中で放棄する振る舞いが見え始め、余計に物語は混乱を極めはじめた。
  
前に、鋼はマクガフィンが多いという感想を読み、いたく共感したのだが。
「鋼の錬金術師」が終わって・裏 「真理」と引き換えにした「それ」はなぜ「正解」だったのかという話

おそらく鋼のマクガフィンの実態とはこんなものなのではないだろうか?

その全てが最初はマクガフィンのようなものだった。
作者が描きたいエピソードに必要であれば新たな設定が与えられ、差し替えの効かないものが出来てゆき、それらはマクガフィンから外れていった。
結局描きたいものには偏りが出来、最終的に描きたいエピソードが無かったものだけが、いつまでもマクガフィンとして多数残ってしまった。

そんな感じなのではないだろうか?


マクガフィン

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