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鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星 ネタバレ感想13

めでたくミロスを12回視聴。前売り券も使い切ってしまったよ。
ここから先。金券ショップで前売りを捜して安く視聴すべきか、晴れてネットで座席指定出来るようになった事を喜ぶべきか。

……観にいかないって選択肢は無いのか?(爆)

まだ謎解きが全部終わったって気がしてないし。観そびれた箇所があるし。
前々回観た時。あれ? 今の伊藤エドっぽくね? と思ったカットが一箇所あったのでその確認が取りたいのと。
噂によるとアルのふんどしが透けてる処があるのだとか(笑)。

でも。
前にコメントにも書いたけど、シャンバラのように40回は観れそうもない。多分その気持ちは変わらなくて。

その最大の原因って「萌え」なんだよねぇ。
総じてミロスには萌えが少ない。そこ、笑う処じゃないってばっ。

話せば長くなるけれど。
荒川鋼は、ストーリー展開が気に入っているから好きになったつもりでいた。
  
勿論アルの可愛さにくらくらしたっていうのもあるのだけど。
少年マンガの王道でありながら、少年マンガの枠を飛び越えた、大の大人が楽しめるマンガ。
誰もが絶対譲れない大切なものをそれぞれの胸に抱いて生きている。
それが罪だろと間違っていようと譲れない。譲れないからこそ切ない。
そこへ必死に手を伸ばそうとする様が好きだった。
そして、伏線をきっちり回収させる理知的なストーリー。
本来の対象読者たる少年であっても誤読をさせない、説明に過不足の無い整ったバランス。
  
これがあたしの中での鋼の評価。これがあるから好き、だったはずなのに。
ところが最後がアレ(笑)だったため、それも崩壊してしまった。
 
今放送中のアニメ、「神様ドォルズ」のOPにこんな歌詞がある。

不完全燃焼なんだろう そうなんだろう そうなんだろうって
操縦不可能なんだろう 野放しだろう 終われないだろう
開封されてく感情 いったい なんの前夜祭なんだって
崩壊寸前なんだろう 止まれないんだろう 泣きたいんだろう

もうね、こんな感じなの。荒川鋼に対する私の気持ちって。

そうなるともう。
アルが好きって部分しか私の中に残ってなくて。
もしそれがなかったら、私はとっくに鋼を見限っていたかもしれないの? そう思ったら。

じゃあ今の私にとって荒川鋼の良さって、アルだけ?
単なるキャラ萌えマンガとしてあたしは鋼が好きだって事になるわけ?
あたしは十把ひとからげのキャラ萌えマンガとして好きになった覚えはないのにっ。

それが悔しくてね。

だからミロスを観て。
あたしが大好きだった鋼がそこにあって、すごく嬉しかった。
あたしの好きは間違いじゃなかった。
前にちょっと書いた「○○くんがそんな人だとは思わなかったっ」(笑)的な幻想で鋼を見ていたわけじゃない。
村田監督の目にも、真保さんの目にも、確かに「その鋼」は存在しているんだ。
幻想でも夢でもない。
確かにあった。
でも途中でなくなってしまった。ただそれだけ。

ミロスを観ていると。昔、荒川鋼を初めて読んだ時。1巻だけ買って電車の中で読み終わって、途中下車して当時の最新刊6巻までを買う為にあっちこっちの店を探し回った、そんな楽しかった頃を思いだす。

でも、何回か観ると気づいてしまう。
「大切なものを胸に抱いて」いるのは、ジュリアでありハーシェルであって、エドやアルじゃない。

「貴方達のいる国は強いから」
「言われのない不幸を負わされた痛みが分かるか」
胸を打ち心揺さ振ったのはジュリアやハーシェルのそんな叫びだった。

エドとアルが好きだから。どうしてもそこで物足りなさを感じてしまう。
 
ところが。シャンバラだって変わらないじゃん?
こちらの世界を否定していたエドが、同じくこちらの世界を否定するノーアや、錬金術世界を否定するエッカルトと出会うことで、こちらの世界を受け入れるようになる。
言ってしまえばそんな物語だったのだから。
  
じゃあなんで私はあんなにしつこく何度も観にいったんだろう?
鎧のアルがエドを抱きしめるシーン、アルの「兄さん」5連発、アルの「一緒に成長したいんだ」。
結局そのシーンってどれも。

萌えだよね。

カッコイイ、可愛い、嬉しい、悲しい。
物語の大きなテーマの横で、本当に単純過ぎるくらい単純なシーン観たさに通い詰めた。

ミロスの中で、こうすれば萌えるのになぁと思うシーンがあって。
例えば。
クラッカーの音に驚きひっくり返りそうになった椅子をアルが支えようとしてわたわたしたら萌えただろうなぁ、とか。
アルの「ボクじゃないよ」に、エドが「知ってるっ」って答えてくれたらなぁ、とか。
「入領許可証だって」の手がオカマな手じゃなくて、普通にナイショ話をする手だったら可愛いだろうなぁとか。
「自分達で失ったものは自分達の力で取り戻すって兄さんと二人で決めことなんだ」であの「もう1人の夜は嫌なんだ」のシーンがフラッシュバックで入ってくれたらなぁ、とか。
「機械鎧は泳ぎにくいからね」と下がったあとの2人のやり取りが映り、ジュリアの台詞がOFFで入っていたらなぁ、とか。

もしそんなシーンがあったらそれだけで30回、40回は観にいくよ、きっと(笑)。
  
でもそういうさりげない、いいシーンって今回ジュリアとハーシェルのシーンばかりなんだよねぇ。
イヤリングの回想シーンとか、また一緒に暮らそうと言いながらジュリアが手をもじもじさせているところとか、ハーシェルがジュリアの髪をなでるシーンとか、ジュリアがイヤリングを付けるシーンとか。
しっかり間をとって丁寧に描いてる。
確かにいいシーンだし、好きだけど、好きだけど。そこにあたしの萌えはないんだよぉぉぉぉ・・・・・・orz
  
ストーリー展開が自分の好みであること。
それはすっごく大切でそれ無くして「好きになれる作品」なんて、私の中ではありえないけれど。

何度も飽きず繰り返し繰り返し観るに耐えうる作品っていうのは、結局。
さりげなくてもカッコよかったり、可愛かったり、嬉しかったり、悲しかったり。
そんな風に自分の好きなキャラクターに「萌え」られるシーンがあるってことなんだなぁ。

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コメント

ミロ星☆

>胸を打ち心揺さ振ったのはジュリアやハーシェルのそんな叫びだった。
あー。そうですね。ハーシェルはともかく、私がこの映画で感情移入してたのは完全にジュリアですね。キャラ萌え視点だったかどうかは微妙ですけど。だって彼女が主役ですもんこれ(笑)

「賢者の石を使ってはいけない」というのは兄弟の倫理観の問題なので、ジュリア達が実態を知ってなお罪を背負おうと決めたのなら兄弟にはもう止める術はないんですね。
あの場にいたミロスのおっさん(名前忘れた)は確かFAでマルコーさんが言いかけた「死んだ人もそれを望んでるはず」という理屈を欺瞞と知った上で方便にする大人の狡猾さを見せたという印象を受けたんですが(間違ってたらすいません、うろ覚えなので)、ジュリアはそれを罪と認識した上で、なお使う覚悟を決めましたよね。
で、石を飲み込んだ後もひたすらミロスを救うことに尽力してました。これって「皆を救う為」と賢者の石を使ったアルと何が違うんでしょうかね? そしてその代償として片足を失い(ここでドリームワークスの某アニメ作品を思い出しました)、その罰を甘んじて受けるジュリアの姿に感動したのを覚えてます。あれを観ると、やはり「賢者の石を使うのはなぜいけないのか」という問いを原作で突き詰めてほしかったと思います。

>ぽんずさま

レスが遅くなって済みません。
ミロスのおっさん……バタネンですね(笑)
イシュバール人ではないマルコーがイシュヴァール人の気持ちを代弁するのは自己欺瞞だけど。
ミロスの民であるバタネンがミロスの民の気持ちを代弁するのは正統性がある、という考えがあるのがひとつ。
そして新たなに鮮血の星を作るというのなら、自分達がその為の犠牲になることも辞さない。という意味がひとつ。

多くは後者の意味で言っていたんだろうな、と思っています。
だから、エドはそこでバタネンではなくジュリアを責めます。
バタネン達ミロスの民を犠牲にして鮮血の星を作るとすれば、その錬金術師は間違いなくジュリアになるから。
そう思って見返すと、また違った風に観えてくると思いますよ。

>「賢者の石を使うのはなぜいけないのか」
もうなんか、これに対してはホント愚痴しか出ないんですよね。
なんとかならなかったのかなぁ。

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