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鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星 ネタバレ感想1

兄弟のいちゃらぶ少ないし、ロイ空気だし。萌えがない。エドの髪は太いし、アルのバランスは悪いし。絵はジブリのオマージュだわ、999へのオマージュだわ、カリ城へのオマージュだわ、横溝へのオマージュだわ。

何? この映画、誰得?

もうね、あげようと思えば、不満はいっぱいあるんです。
だけど。

  
「賢者の石は人の命だから使っちゃダメ」という頭でっかちなエドの信念を。
真っ向から反対する意見が横っツラを引っぱたく。

もうこれだけで私の中では、直球ド真ん中ストライクなんすよっ。

誰得だって? 俺得に決まってるわっ(爆)。

いやいやそれでも、兄弟萌えはもっと補給したかったけどな、ちぇっ。ま、その分、舞台挨拶で補給したけどさっ。


エドが脇に回ってしまうのはしょうがない。
だってこの物語は、強い真っ直ぐな信念の物語だから。
エドの信念にはそれを納得させるバックボーンが薄い。
荒川先生が自分の描きたいエピソードばかりを先行し、描いてきたエピソードの補完をしてこなかったから。

何故、賢者の石を使ったらいけないの? そう問えばエドはこう答えるだろう。
「他人の命だから」
それは単なる薄っぺらな理屈でしかない。

「何故、他人の命を自分たちの為に使ったらいけないの?」

これはさ。この命題は、最終回のエドのあの行動に対し、ずっと私が持ち続けてきた疑問。

他の方法が見つからなかったら助かる方法が目の前にあっても、エドはアルを見殺しにするつもりだったのか。


台詞の詳細はおぼろげなんだけど。ミロスではこんな台詞があったよね。

ジュリアの「あなた達の国は強いから」「私達はいつ殺されるか分からない」
ハーシェルの「ではお前達アメストリスの戦いは何だ」
バタネンの「我々の未来の為に使わせて貰おう」

どれもこれも血の通った台詞だった。

正論なんか知るか。腹の足しにもならない。清廉潔白なんか糞食らえ。

明日朝日を拝めるかも分からない人達の耳にも心にも、エドのお綺麗な言葉は響かない。

「国の境目が命の境目であってはならない」ってポスター見たことない?
生まれた瞬間から人は不平等に出来ている。
それは確かに真実で、それは努力だけではどうにもならない。

朴さんはインタビューで、エドの内面は柔らかくてジュリアの気持ちが分かるからこそ語調が強くなるって言っていたけど。
私の考えは違う。

「あなたは強いから」ではなく、「あなたの国は強いから」。ジュリアはそう言ったんだ。

「俺だって辛い事はあった。それを自分自身の手で、足で乗り越えてきたんだ。あんた達だって自分達で何とかしてみせろよ」そんな反論すら許さない台詞だった。

自分を守ってくれる国を持たない者と持つ者の差だ。
個人の努力だけじゃどうにもならない。

エドだって安穏と生きてきたわけじゃない。人並み以上の苦労をしてここまで来た。それを自負している。それでも、やっぱり。
明日死ぬ心配も、食べものに困る心配もない。
望めば暖かい清潔なベッドで毎日眠る事だってできる。

エドのそれはジュリア達にとって、安全な場所から見下ろした強者の理屈でしかない。
そんな中にあって尚、立ち上がり踏ん張る彼らの行為を受け入れられなくとも、それでも是が非でも止める術をエドは持たなかった。

これなんだよ。
あたしが原作に欲しかったのはこういう話なんだ。
原作では見れなかったもの。それをこんな形で見ることになるなんて思わなかった。

最終話でエドに間違えて欲しかった、そんな事を考察に書いた。

人としてその行為が間違っていると分かっていても、それで自分にとって一番大切なものが守れるなら、選び取ってしまう人の業が見たかった。
正論だけを唱えるには人は無力でしかないってこと。すべての人の幸福を願うには自分の手がちっぽけでしかないってこと。
でも、自分にとって一番大切なものだけは譲れない。
大切なものの為なら、悪魔と罵られようが、針のムシロに座り続ける事になろうが受け入れられる。
そんなエドが、私は見たかった。

原作の最終話がああいう形で終わった以上、そんなエドを見る事はもう不可能だと思っていた。
原作の時間軸もエピソードも変えられない以上、水島版のようにまったく違うエドを構築しない限りそれは不可能だ。

それでもこういう形で見せてくれた。
ジュリアのような考え方もあるという事を、エドが知る事が出来た、見ることが出来た、感じることが出来た。
それが例えエドには認め難いものであったとしても。
正論が必ずしも誰にとっても正しいわけではないのだと、エドは知ることが出来たんだ。


時間軸を戻して、ここからもう一度最終話を迎えたら。
そのときエドはどんな選択をとっただろう。
そんなことを想像してしまう。

ジュリア達の言葉を思い出し、彼らの気持ちを、その時初めて本当の意味で理解するかもしれない。
賢者の石を目の前にして、キツイなぁって息を吐いて。
ジュリアと交わした約束や、結局彼らは復興には賢者の石を使わなかった事を思い出し。
ここで折れたらオレは本当の馬鹿野郎だって拳を握って息を吸って負けてたまるかってそう呟いて。
最後の錬成を行ったかもしれない。

エド達の未来はもう変えられない。どんなに私が気に入らなくとも、荒川先生が提示してしまったものは覆らない。

それでも、ミロスがあれば。
原作のエドの行動はそのままで、ここまでエドの行動原理を覆す事が出来るんだ。
そういう未来が無理矢理の捏造ではなく、あのエピソードがあるからこそ想像する事が出来る。
あのラストシーンの線路のように、うんと世界はひらけて見えた。

それが、ただただあたしは嬉しいんだ。


ちょっと悔しいな。
これを入江監督で大野木さんの脚本で菅野さんの絵で、やっぱり私は観たかったなぁ。
こういった心理劇は大野木さんの十八番だもの。

オリジナルのエピソードをひとつ挿し込む事で、最終的に原作に話が戻って来た時、何でもなかったはずの台詞に、深く重厚で心臓に真っ直ぐ届く何かかがその言葉には加わっていた。そんなマジックをいくつも観てきたから。

特に、「盲目の錬金術師」「シンプルな人々」「それもまた彼の戦場」。
一見原作準拠の顔をしておきながら、あそこまで変えてみせたあの力量には本当に舌を巻いた。

アクションシーンや謎解きについてともかくとして。私が一番気に入ったのはそこだから。
ミロスでの経験を踏まえた彼らが原作のどこかに着地するのか。
大野木さんだったら、この話をどんな風に締めたか、すごく興味がある。

それが観たかったなぁ。


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コメント

りほさま超・ご無沙汰しております!お元気でお過ごしでしょうか?
こちらは昨年末からこの方ばたばたしていたのもやっと少し落ち着き、新たな日常を過ごしている今日この頃です。
ミロスが始まったと聞き、そういえばりほさんは映画をどのようにお感じになったのだろうか?とふと疑問に思ってお邪魔しました。
りほさん、相変わらず素敵な記事を書かれていますねえ。
鋼からすっかり遠ざかっていた私が、ちょっと見に行きたくなってしまったではないですかw
ネタバレ感想のつづきも楽しみにしています!

>さやさま
わぁい、お久しぶりです。お元気ですか? 私は相変わらずこんな感じです。
あー、いかん。
どこらへんから近況をお聞きすればいいのか分からないっ・・・・・・orz。
思わず久々にmixi覗いてきちゃいました(笑)。

ミロスは自分の中でもかなり不思議な作品で。
50面白く思うけれど、50詰まらなく思うんです(笑)

1回目を1人で観て、待ち合わせていたMじさんに会った途端泣きついてしまったぐらい嬉しい作品で。
1回目、2回目と続けて観てもすごく面白かったんですよ。
なのに、シャンバラやFAのように40回も繰り返し見られるかというと、そこは違う、みたいな。
そんな莫迦な見方をする奴は基本いないので問題ないはずなんですが(笑)。
さや様が観られたらどんな感想を持たれるのかな、聞いてみたいです。

書きたい事は山ほどあって、感想、考察入り混じりで下書き中です。
ぼちぼちあげていきたいと思いますので、良かったらまたお時間のある時にお立ち寄りください。

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