どうしよう。
イベントの総括も書きたい。でも、ダメやっぱりアニメの感想がかきたくて耐えらんない。
うわー、どうしよう。
すげえ、大野木さん好きだわ。何? この職人気質。
誠実すぎて泣ける。脚本家としての美学? ロマン?
どこの頑固オヤジだよ。まるでドミニクさんだわ。
ミステリ畑に一度来てくんないかなぁ。
この誠実さはミステリ向きだよ。
安楽椅子探偵シリーズに是非一度お招きしたい。
戸田山さんとタッグ組んで欲しいわ。
ということで。
今回は構成を変更してお届けいたします。えっと無茶苦茶語り入ってますんで。
よろしく。
そんなん読みたくないわって人は、どうぞ無理せず回れ右してくださいませ。
視点にブレがない。
リザはエドに話してる。
マルコーはスカーに話している。
だから、リザが、マルコーが知っている事、語るべき事しか語らない。
例えば、マンガのあの流れだと。
エドはリザの背中の事までリザから語られた、ようにも受取れる。
それは勿論、読者側が、そんなわけがないですよね、と作者の気持ちを慮って想像する処なんだけど。
ミステリなら、そんなに安易に作家を信じたりしない。
「だって、リザの背中を知っているのはリザとロイだけ。そして、リザはエドに語っているストーリー展開だ。ならばこのシーンは、リザがエドに語っている出来事でなければおかしい。エドはリザの背中の紋章と火傷を知っている」と疑うのがミステリファンのセオリー。
だからそういった、視聴者が疑問に思ってしまうかもしれない箇所を、丁寧に排除している。
誰が何を知っていて、誰は何を知らないのか。
誤読の余地を残さない努力の後が見える。
ロイがリザの背中を焼くシーンは語られない。
あれはイシュヴァール戦とは直接関係ない。エドが知りたいと言った本質部分から外れている。
だからリザが子供(=エド)にそれを語る必要性なんてない。
ロックベル夫妻の「やらない善よりやる偽善だ」も語られない。
何故ならそれを知っているのはあの場にいた患者だけだから。
バスク・グランが、上官殺しをするシーンは語られない
リザもマルコーも知らない事実だから。
キンブリーの上官殺しも語られない
リザもマルコーもその場にいなかったから。
尺が無いから描かないのではなく、状況的にありえないから描けない。
たとえ原作でそう描かれていようとも。
この視聴者への誠実さっ。惚れるわ。
もちろん、そうじゃない部分が皆無だったとは言わない。
話の流れの都合上どうしても必要な部分は、リザが知らないはずのシーンでも入れてあった。
けれどそれらは、リザの視点ではない事が、明確に描いていたし。
あとから本人に聞いた話、という風に落としこめるものばかりだった。
逆に、リザとマルコーの視点のシーンなのに語られなかったのは。
ノックスとの会話くらいじゃないかな。
あれはノックス側から語られるのかなぁ。
というわけで、イシュバール戦でカットせざるを得なかったシーン達はどうなるんだろう?
またどこかで語れる機会があると信じたい。
カットされたらそりゃ悔しいさ。悔しいんだけど。
今回のこの、してやられた感。ちょっと脱帽。素晴らしく論理的。
仕方ねぇなって思っちゃうかもしれない。
よそ様の感想をあまりまだ読んでいないのだけど(書き上げるまでは!)。
総じて、あっさりしている、という批判が多い、の、かな?
うん。でも、それは当たり前なんだ。
だって、これはリザの主観なのだから。
そもそも、ぶっちゃけ、荒川先生はイシュヴァール戦を描くにあたりちょっと冷静さを欠いてしまっていたのだと個人的には思っている。
あれもこれも描きたい。伝えたい。その気持ちが強くて、視点が定まらなくなってしまった。
「マンガ」が、こと視点のブレには慣用な媒体なだけにそれが許されてしまったのも、運が良かったのか悪かったのか。
だから、リザとマルコーが語っている過去回想として導入しているにも関わらず、ロイの主観や、一兵卒の主観、果てはまったく接点の無いスカーの主観や、ロックベル夫妻の主観までもが語られてしまい、群像劇になってしまった。
今回、それら枝葉を全て削ぎ、リザとマルコーの主観でしか語れない物語にしたことで、色んなものが見えやすくなっていた。
ここではリザについて語る。
リザはヒューズのように部隊に所属し、戦友と共に行動していたわけじゃない。
だから、今、会話していた友が1秒後死体になる、その「当たり前」を経験していない。
死んだばかりの仲間の血の匂いを知らない。
「死にたくない」と呟き逝く戦友を目の当たりにしていない。
背負った負傷兵が自分の背で肉の塊になった瞬間も、
友の死体を引き摺りベースに戻るような事も、
死体で自分の身を覆い隠し、窮地を逃れるようなそんな経験も、きっとリザにはない。
リザに必要なのは「殺す覚悟」であり、「殺される覚悟」の比率は低い。
狙撃主なら、敵の死角を捜す事さえ能力のひとつだろう。
彼女の知る戦争はいつだって俯瞰だ。彼女が身を隠すその狙撃場所と同じように。
戦場から一歩退き、敵と味方双方の兵士を見下ろしているが、自分に銃を向けるものはいない。
殺される恐怖は薄い。
だからリザは「何故、人を殺さなければいけないのか」を問える、気持ちにその余裕があるからだ。
けれど。ヒューズは特別な能力を持たない兵士のうちの1人だ。
だから彼は「死にたくないから」と答る。
自分は死ねない。待っている人がいる。
ぐだぐだ悩んでいる暇なんかあるか。
死にたくなければ、殺されたくないなら、目の前の敵を殺せ。
「これで、明日まで生きていられるんだ」。そういって愛しそうに封筒を見るヒューズの表情がいい。

封筒には、検閲済みのスタンプがあり、原作通り年の初めに国家錬金術師が投入されたのだとすれば、11月のスタンプが押されたこの封筒はいったいどれだけさ迷い、他人に止められていたのだろう。

自分にとって宝物のように大切なものが、他人の手垢にまみれた末に自分の手元に届く。
最初の頃は憤懣もあっただろう。けれど。
それにもいつしか慣れ、怒る気力も失せてしまったのか。
それほどまでに刹那的だ。
縋れるものひとつで、明日一日を生きられる。
リザは、そしてロイもその感覚があまりに希薄だ。
「普通の兵士なら弾を乱射してその一発が偶然人を殺すこともある。でも狙撃は違う。引き金を引けば必ず人が死ぬ。原因と結果がこれほど明確に結びついてるのは、狙撃兵と国家錬金術師だけだわ」
普通の兵士はそんなに殺していないが、自分達は確実に敵を殺してきたと?
それは一体どんな自慢なんだ?
同じ戦場に立ちながら、一兵卒の罪は軽く、自分達の背負った十字架こそが重いのだと?
どんだけ不幸自慢がしたいんだ?
本当は違うかもしれないじゃないか。
命令だからだけじゃない、死にたくないという自分のエゴで人を犠牲にしてまで生き延びてきたヒューズ達と。
命令だからという理由だけで人を殺し続けたリザ達と。
本当に罪深いのはどちらなのか。
自分の意思を伴わない殺人だと言い切るリザやロイ達が、ヒューズにはどこか純粋に見えたのかもしれない。
だから青臭い事を言っても、こいつならそう言うだろうと受け入れたのかもしれない。
それが彼女達の戦争なんだ。
敵の死も味方の死も遠くから見下ろしていたリザと。
敵の姿も見ず、大量殺人を犯し続けたロイと。
確実に殺せる力を持て余し。
人を1人簡単に殺せるのに、一瞬では戦争を終わらせられない無力さを抱え。
明日食べるパンに困っているのに、1年後の実りの為に麦の種を人々に配り大量収穫を望むべきだと論じるような滑稽さは、馬鹿馬鹿しくも、その真っ当さにヒューズは夢を見たかったのかもしれない。
U猫さんが書かれた感想の中で怒ってらしたんだけど。
今回、メイン以外のキャラクターが動いていないのだそうだ。見返して確認した。
思わず唸った。
私としては、してやったりだ。
まさに、リザの主観で、過去のリザの記憶を頼りに、リザが語る物語なんだ。
これが「ウテナ」や「空中ブランコ」あたりなら、横にすればペラペラな1枚の紙とか、立て看板にして表現したかもしれない。
過去を語る時、言葉ひとつ発しなかった人間の事など誰が覚えているものか。
リザにとって、ロイとヒューズとキンブリー。それ以外は記号でしかない。
リザはその時、彼らがどのように動いていたかなんて記憶にない。
だから、彼らは動かない。
アイキャッチも上手かったなぁ。
Bパートのあのポーズは、どこのグラビアよ、それはねぇだろうとは思うけど。
過去、ショートカットの頃の彼女の背には綺麗な錬成陣があった。
けれど、今の彼女の背は火傷でただれ、錬成陣は一部欠けている。
今回、もしロイに焼いて欲しいと頼むシーンが入るなら、こういう構成は選ばなかったと思う。
入れないからこそ「じゃあ、いつ火傷を負ったんだろう?」と未読者向けに謎を分かり易く提供している。
このエドの表情がいい。

耳の垂れた犬っころみたい。
まだ全てが飲み込めない。
自分が、イシュヴァール戦について何も知らなかった、今まで知ろうとしなかった事に打ちのめされている。
「うん。絶対戻ってみせる、アルと一緒に」。
このセリフは覚悟なんかじゃない。
元の身体に戻る事が自分達だけの望みなわけじゃないんだと。
リザやロイが次世代の自分達に望んでいる事でもあるんだと。
色んな覚悟を抱えた彼らが望むのだから、叶えてあげたいと思う。
多分、そんな気持ちからこぼれた言葉なんだと思う。
そして最後に挿入された、アルとメイ・チャンの会話。
「早く元の体に戻れるといいですね」「うん そうだね」。
この台詞に泣きたくなった。
さっき言ってたリザのセリフがよみがえる。
「元の身体に戻ること、たくさんの人達がその日が来るのを待ってくれているはずよ」
リザよりも年下の、次世代の子供達が、無邪気に笑って、夢を見て、希望に満ち、明るい未来を語る。
それらはきっと、全てリザ達が望む「美しい未来」の姿なんだ。
エドやアルが幸せである事が、彼らの幸せな様子を見る事が、彼女達の幸せなんだ。
EDの歌詞の「君がいれば幸せ」が胸にしみた。
さて。あとは細かいチェックポイント。
・リザっちのシャワーシーン。意外と色気のないシーンだったなぁ。エドなんてあんなにギリギリラインだったのに。リザっち、胸もお尻も隠れすぎやん。

・暖房器具! 原作の石油ストーブが、ガスストーブになってたっ! 時代背景的な問題? それとも、直火だと、気化したメンテナンスオイルが引火する恐れがあるからかしら?? うーん、上手く調べられんかったわ。

・ダンボール! リザの台詞にはなかったけど、やっぱり部屋の中はまだダンボールでいっぱい。よしよし、ちゃんと原作チェック入ってるな。

・ブラハの表情が可愛いー!! 何度見返してもついエドよりブラハに見入ってしまう。そして、おもいっきり対角線上に逃げてるし(笑)。

・指先に力が入ってる。ちょっとした違いなんだけど。こういうところにエドの気持ちが出る。

・ちょっとこの顔はないよなぁ。男の人みたいだよ。海外に出したのか? と思ったらそんな事もないようなので。うーむ、精進すべし。

・「小さい錬金術師」つっても、いやそこまで小さくは……。

・「失敬なっ!」 って、それアルの方がよっぽど失敬だから(笑)。いやもう、可愛いなぁ。アル。しゃべり方とかすっごい子供っぽい。何故そこまでムキに??? そんなにエド否定ですか? 全否定ですか??? 兄さんが影で泣いてるぞっ(笑)。
・ノックスの立ち位置が気になるっ。やっぱり原作通りアルに過去話したのかな? ガキ相手につまんねぇ事話しちまったってちょっと後悔して顔を出せないでいるのかな? かな? わくわくっ。

そして。
・ガンガンCM!!! オリヴィエ様ネタは他の人にまかせたっ。
アルーーーーーー!!!!!!!!! 表紙絵があの生アルでしてよ!!!!! ちょっ、これってば、これってば、これってば、やっぱり???? やっぱりそうなのか??????????

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